011 bonus01, bark at the moon/月に吠える
その気持ちは、恋なのでしょうか。
私は、ブリャチスラヴィチ家の次女として、五人兄妹の末の子として生を受けました。
いわゆるライカンスロープと云われる一族の家系です。
大きな特徴は耳の形と柔毛、身体強化魔法の強さ、そして聴覚・嗅覚が人より鋭いことでしょうか。
体毛も濃い傾向にあります。
400年ほど前にルスカーヤ帝国首都のモスカウ周辺で誕生した血筋で、その勇猛果敢さから狼と讃え、畏怖されたことに由来します。
残念ながら月夜の晩に変身したり、狼人間になるわけではありません。
我が家は特に特徴が出やすいようです。
現在ではイウロパ大陸に無数の傍流があり、その一つとしてブリャチスラヴィチ家がフルヴァツカ王国に根付いたのは100年ほど前でしょうか。
曾祖母の生まれた頃に三重帝国が成立し、その頃からイストリアの統治を始めました。
祖母は存命ですが、母は私の命と引き換えに天に召され、顔を見たことはありません。
父も職務上多忙の身であまり地元へ帰ってこなかったため、私は特に曾祖母が大好きでした。
昔旅先で転移者(当時は渡り人といったそうです)から譲っていただいたギターを弾き、いつも一緒に遊んでくれました。
父母がいないことで淋しい思いもしましたが、それでも皆に愛されていたと思います。
感謝の気持ちでいっぱいです。
――――――――――
小さなころは父の方針で、地元イストリアの教育学校へ通いました。
5歳から10歳までは義務で文字の読み書きや基礎的な計算・歴史などを習いに教育学校へ、11歳から16歳は任意で商売や社会の常識を教える一般教養学校へ通うのがフルヴァツカ王国の定めです。
教育学校は託児施設の一面もあり、国民の殆どは子供を学校へ通わせ、良く働きます。
一般教養学校は諸外国語の習得や交渉を通じて国民の質を高める意図もあるのでしょう、一般以上の家庭は通わせることが多いようです。
地元の人が通う学校に行くことで、父は領内の実情を肌で知ってほしかったのかもしれません。
でも、私にとって学校は楽しいところではありませんでした。
諸外国との交易港を持つイストリアであってもライカンスロープは珍しいようで、学校の教室ではいつもからかわれてばかり。
「毛もじゃ」「変な耳」「犬っころーワンワン」「今日満月じゃん噛みつかれるぞー」など云われ、男の子には足を掛けられたりあちこち引っ張られ、女の子には近づくと逃げられたり遠巻きにヒソヒソ話をされ…
教育学校に、良い思い出はありません。
学習内容も直ぐに覚えてしまい、家に迷惑を掛けたくなかったので誰にも打ち明けられず、楽しみは自宅で曾祖母から習うギターだけでした。
事件は11歳のころ、入りたての一般教養学校で訪れました。
普段から付きまとい嫌がらせの酷い男子の一人が教室に入るなり近づいてきて、「調子に乗るんじゃねーぞこの犬っころが!」と私の髪を掴んで揺さぶった時です。
自宅ではギターのほかに警備隊のおじ様方から護身術を習っていましたが、怖くて咄嗟に動けません。
「イヤーッ!」と悲鳴交じりに右手を振り上げるのが精一杯、けれどパーンという軽い音が響きました。
痛かった頭は解放されましたが、教室は静かなままです。
恐る恐る立ち上り髪を掻き分けると…そこには痙攣して見上げるように変形した頬や顎、力なく垂れ下がった右腕もそのままに立ち竦む男子生徒が居ました。
状況を理解できず右往左往する男子達、いち早く気が付き叫び声を上げる女子達、一瞬にして教室は混乱のるつぼと化しました。
教師達や他教室の生徒が駆けまわり、もはや学校中に恐怖は伝染しパニック状態でした。
その後私は様子を見に来たお迎えの御者に抱えられ下校したので、詳しくは知りません。
私に怪我はなかったものの、男子生徒の返り血を浴びて呆然と立っていたそうです。
この事件は大きな騒ぎになり、大規模な調査が入りました。
一般教養学校は全校で7日間お休み、自宅にも事情聴取の警備隊がひっきりなしに訪れて、父も予定外に帰宅して対応していました。
――――――――――
後で聞いた話です。
私が怪我をさせてしまった男子生徒は地元で大きな商売を営む商会の息子さんで、私に振り向いてほしくていつも意地悪をし、一般教養学校に上がることで新たなクラスメイトたちへのけん制目的で私に強く出たかった、とのことでした。
普段から「やめて」と云っても伝わらなかったから嫌いでしたが、怪我をさせるほどでは…。
一命はとりとめたものの、腕は右肩と肘が脱臼、手首から先と上下顎、眼窩は複雑骨折、歯は上下で10本ほど抜けたようです。
治療院へ数ヶ月入院して治りそうですが、怪我をする前と同じ生活は営めないでしょう。
そして捜査に当たっていた警備隊長からは、事の顛末を聞きました。
「あの学校の男子達は、皆キミのことが好きだったみたいだね。
だけど遠巻きにけん制しあって、結局仲良く出来ずにいたそうだ。
あの男子生徒は特にキミに好意を持っていて、以前から彼のお父さんを通じて伯爵へ婚約を打診していたよ。
伯爵は、今回の件で激怒してむしろ商会に厳密な査察を計画しているようだけどね。
それから女子生徒たち、彼女ら本当はキミと仲良くしたかったと口々に言っていたよ。
先の男子生徒に好意を持つボスみたいな娘が怖くて、直接は動けなかったようだけど。
彼女らの証言があったからこそ今回の顛末は詳細に調査できたし、少しは赦してあげて欲しいな。」
みんな誰を好きとか嫌いとか怖いとか仲良しとか、バカみたい。
その気持ちは、恋なのでしょうか?
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