007 私(おれ)と鍾子(ドーラ)とラーメンと

 北斗ラーメンは『賢獅楼』の特別メニューで、本格中華の具材である小龍包・海老餃子・金華ハム・フカヒレ・豚角煮・烏骨鶏卵・乾貨ホタテが大きめの丼を覆い尽くすように盛られている。定価3,800円なり。本来なら誕生日会や歓送迎会など節目のイベントで家族や仲間数人と分け合って食べるものだ。おれも母さんが生きていたときに一度食べたきりだ。

 だから本来なら中学生カップルなんぞが気安く注文するようなものではないのだが、それに臆する様子も無く鍾子ドーラの箸は止まらず動き続ける。

「どうしたの……冷めるわよ」

 冷ましてるんだよ。しかしあいかわらずよく食べるな。本当に今は村瀬鍾子・・・・になっているんだな。


「久しぶりと言ったほうがいいのかしら……ナッシー」

 鍾子ドーラはオオトリデパートの屋上にいたおれにそう声をかけてきた。ナッシーというのはおれ小学校時代むかしのあだ名だ。0に1をかけても0。何も持っていない能なしだからナッシー。

 ああ、そうだな。だがおれを避けてたんじゃなかったのか? それよりお前は今はドーラじゃ無いってことか? だったらおれも昔のあだ名で呼ぼうか、もっちー。

「懐かしいわね……でも、やっぱり恥ずかしい」

 もっちーというあだ名は小学生のころ鍾子がやや太めの体型だったせいだ。太っているじゃないぞ? 星の王子様をもじってもちの王女様、それがもち姫になって最終的にもっちー。今は背が伸びてすっかり痩せているからピンとこないあだ名だ。あるとすれば色白でもち肌なところぐらいか?


「丁字を殺してほしいの。それであいつに拘束されてるモストーを取り返すのよ。それができるのは今はたぶん零一あなただけ」

 食べ終えて鍾子ドーラは私(おれ)にそう切り出した。いきなり物騒な話だな。

 モストー? 知らない名前が出てきたぞ。それはソロール・カルドンとどういう関係の人間なんだ? フラターの名前持ちじゃないなら格下、『無名』の錬金術師か。

「ソロール・カルドンなんていないのよ。彼女を殺したモストーと手を組んだ丁字が好き勝手に名前を使っているだけよ」

 しかしそれが本当なら別の疑問が出てくる。それは神崎龍斗の役割だ。狂聖堕Sクルセイダーズのリーダーはあの神崎バカじゃなかったのか?

「龍斗さ……あのバカはそう思っているでしょうね。丁字がそういうふうに仕立てているんだし」

 言い直したよ。お前までバカとか言ってやるなよ。恋人いやご主人様だろう?

「からかわないで。好きでやっているわけがないでしょう? 元々は私は零一あなたのために……」

 おれのため? それはどういうことだ。

「ああ、だったら順を追って話すわね。長くなるけれど……」

 そう言ながら鍾子ドーラはフルーツパフェを頼んだ。まだ食うのかとは言わないぞ。本当の村瀬鍾子ならここからが本番・・・・・・・だからな。

 

「最初に丁字についての話をしましょうか。そのほうが分かりやすいでしょう?」

 遡れば全ては丁字の支配欲から始まっていると鍾子ドーラは言う。丁字信伍は両親が公務員だったこともあって、幼いころから彼らの正しい生活マニュアルに沿って生きることを強要されてきた。まあその反動でブチキレて中学校からは正反対の生き方をする不良ことになったわけだが。

 そして丁字は暴力で人を支配することに快感を覚えドラッグで人の欲を見せられ、得られるパワーに執着するようになる。

 そこから丁字の欲望は加速する。そして次のターゲットに選んだが上倉晴子と神崎龍斗だったわけだ。晴子のことはどうせ没落する家の娘ならオモチャにして好きなように弄んで、むしれるだけむしってやろうという腹づもりだったらしい。

 神崎龍斗に近づいたのもその仕込みのためだった。同時に優等生を堕落させて壊してやりたいという歪んだ欲望もあったのだろう。丁字は神崎の裏にある変態的な気質を見抜いて、品行方正を演じるストレスの気分転換・・・・にと悪所に誘い、ドラッグ漬けの女を好きにさせたりして取り入り悪友しんゆうになった。それにのめり込み共犯の関係になってしまえば、神崎は丁字の頼み事を断れないようになる。

 そうしておいて丁字は神崎を使って遠回しに晴子をA組から孤立させ、心が弱ったところに甘い言葉で近づいていったのだろう。誰かにちやほやされていたいお姫さまの晴子はあっさりそれに絡め取られたというところか。


 村瀬鍾子のことも丁字は晴子を孤立させる手段と考えていたようだが、神崎の奴隷のような扱いになったのはと神崎がそうしたかったからだった。知的な女を屈服させてはじめから自分好みに調教してみたいというエロい欲望の所業だ。

 ……つまりはおれのことは鍾子を手に入れるための手段に過ぎなかったということか。激化していくいじめはもののついでだったと?

 日増しにひどくなっていくおれへのいじめを見かねた鍾子に「ぼくなら何とかしてあげられるよ。君がぼくのものになってくれるならね」と交換条件を持ちかけたのだという。マッチポンプだから取り引きですら無いんだがな。

 神崎の裏の顔を知らなかった鍾子は「それで零一が救われるなら」と神崎を信じてしまった。そうして夏休み前のあの日に繋がっていく……。

 ふざけんなよ神崎ィィ! テメーはいつか硫酸風呂で煮て殺す!


「だけどそのあと丁字の計画はうまくいかなくなった……零一あなたが邪魔をしたから」

 晴子に関わって彼女を立ち直らせたことは結果的にそうなるんだろう。そんな気は無かったにせよ丁字の金張りのヨロイをぶっ壊したからな。そして最終兵器の蛾眉丸純兵もおれに返り討ちにされて手詰まりになった。

 ……まあそこまではいい。しかしその先が分からない。いつからソロール・カルドンもといモストーが絡んでいたのか? 狂聖堕Sクルセイダーズが『ファナティック』をばらまいて『ラフィン』を作り出したのは夏休みの後半になってのこと、つい最近の話だ。そしてお前はいつどういう経緯で、ドーラと【同化】してしまったんだ?

「その前に、零一あなたに内緒にしていたことがあるの。それを先に話しておかないとね……」

 追加の白玉あんみつを口に運ぶ手を止めて、鍾子ドーラは一瞬迷うように視線を漂わせたあと決心したようにおれを見た。

「私も蛾眉丸と同じなのよ。星見ほしみと呼ばれた一族の血を引いている換重合人間グラビットなの」

 本当かよ? ヒューッ、こいつはおれも想定外だったぜ。スルメも逆立ちだ!


 かつて日本にも狩猟や採取で山々を巡り、あるいは芸事や手業、占いなどで生計を立てる流浪の人々がいた。地球での換重合人間グラビットもそうした中に紛れて暮らしていたのだろう。それが星見ほしみ一族ということか。

 これは『はじまりの5人』の誰かが換重合人間グラビットを作ったということなのか? 自然に生まれたとは考えにくい。そして種としての短命を克服し子孫を残すことにも成功していることについてはゼロワンも驚きを隠せない。


 戦後定住して市井に紛れるようになって血が薄まっても、何人かに一人は蛾眉丸や鍾子のように換重合人間グラビットの性質を持って生まれる人間が出るという。 鍾子ドーラの話ではやはり双子が多いらしいが、同時にその一方が死産だったり生まれても早死にだったりすることも多いらしい。それが二人分の能力を得る引き金トリガーになっているのか?

「星見の人間は精神面での特化した能力者が多いわ。瞬間記憶とか多角思考とか……中にはもう一人の人格が同居した人間、人格具有者もいるわ。そのせいで私も完全にはドーラに乗っ取られなかったの……」

 鍾子もまたひとつの体に二人分の意識が同居している人格具有タイプの換重合人間グラビットだったのか。生まれながらにおれとゼロワンのような関係だったのか。

柊子しゅうこというのが早死にして半身になっていた私の妹よ。そしてドーラとの【同化】で柊子だけが消え去って、今は柊子の代わりにドーラが私の中に一緒にいるというわけ」

 ドーラは正式にはドーラ9、<両輪>の錬金術師ソロール・カルドンがマンドラゴラから作った9人目の助手だ。そしてドーラもまた<植物>の錬金術師なのだという。そんなところもゼロワンと似ているな。


「夏休みに入ると、私はあいつの別荘に連れて行かれて、何日もずっとオモチャにされたわ。裸にされて縛られたり、昼間にトイレじゃなくて外の畑で用を足させられたり……下着を着けずに薄着で電車に乗せられたりも……」

 もういい、もうそんなこと詳しく説明しなくてていい!


「だけどある日突然、私は別荘を襲った半グレどもに攫われて監禁されたの。どこか知らない郊外のパチンコ屋だったわ。そこで犬のように繋がれて、そこでもまた何人もの男の相手をさせられて……」

 その後神崎がパチンコ屋に顔を見せたが、それは彼女を助けるためではなかった。実は攫った半グレと神崎は裏でつながっていて、自分は裏ビデオの撮影に売られたのだと知った。同時に自分が犠牲になったことは何らおれを救うことになっていなかったことも。家庭用カメラで撮影する神崎や押さえつけ覆い被さってくる男達に弄ばれながら、鍾子は歯を食いしばり必ず復讐してやると誓ったのだという……。


「次の日の明け方に全員が疲れて寝静まるのを待って、私はそこを抜け出したの。裸の上に側にあったコスプレのチャイナドレスだけを着てね。ナイフも見つけて持ったけど、ナイフは武器というよりもこれ以上恥ずかしい目に遭うくらいなら死んでしまおうと思って……そんなやぶれかぶれだったけど、私は途中でドーラと出会ったのよ……」

 監禁されていたアジトのパチンコ屋は町には遠かったという。公衆電話を探しながら歩くうちに鍾子はしかし追っ手に見つかってしまったのだという。逃げて追い詰められた廃工場で鍾子は死ぬ覚悟を決めてナイフを首に当てた。しかしそこはたまたま偶然にも、モストーを探していたドーラの隠れ家だったのだという。





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