006 愚者は街にこっそりとやってくる

 気付けば文化祭も過ぎて、ガッコウでの生活は淡々と過ぎていく。華々しい活躍はサニーデイ・カンパニーに譲っておれが前に出なかったのもある。クソ雑魚オタクの本領発揮だ。まあ帰る場所に日常・・は残しておきたいしな。

 あれから神崎龍斗との接触はなかった。花札トリオも絡んでこない。ガッコウを戦場にしたくないのは向こうも一緒なのだろう。神崎が人でなしの本性をいつ見せてくるかは分からないが今はそう思いたい。


 ハリセンもおれに釘を刺したことでとりあえず満足したのだろう。時折見られている感じはあるがそれを気にしても始まらない。こちらも身辺を探っているからお互い様だ。白雪姫を脅すネタが何なのか、遊茶公大と児島草平に調べてもらっている。情報屋でも公大が表なら児島は裏だ。

 児島草平もガッコウに復帰した。ヘラヘラした茶坊主さやおれに対する物言いは変わらないが、半分は演技でそういうふうに見せている。サニーデイ・カンパニーと距離を置くのもそれに徹するためだ。密かにトレーニングしているから今の強さはカップラブラザースよりも上だ。


 村瀬鍾子はまたガッコウに来なくなった。できれば話をして今の『状態』を確かめたかったが……そう思って給食の時にため息をつくと上倉晴子がウザ絡みしてくる。

「何よもう、零一にはあたしがいるじゃない」

 そういうのはいいって言っているだろう? もう生きる世界が違うんだ(小声)。

「いちゃいちゃし過ぎだ。静かに食えよ、ハルベルト」

「だからそれ誰なのよ!」「調べろっての!」

 人じゃなくて中世の斧槍と呼ばれる武器だな。仲良くやってくれ。


 夜は児島草平とおれとで担当するルートを決め、2台の『ナイトゥジャー』でパトロールだ。児島の記憶を元にアジトや流通ルートを割り出し、あるいは水上錦次と無線で連絡を取り合って魔騎士魔武とも連携する。目的は『ファナティック』の強奪と『ラフィン』の拘束・確保だ。おれと児島はナノマシンの【同調】を応用した腕時計型無線機、ナノクロシーバーを着けている。趣味全開? 作りたかったんだよ。何か?

 水上のおっさんが「何ケ所かで同時に鬼百(キヒャク)を見たっていう奴がいるぞ。どうなってんだ?」とおれに訊いてくる。実質2人なんだが『ナイトゥジャー』の移動速度のせいでそう見えるんだろう。百鬼夜行ヒャッキヤギョウは神出鬼没なんだよとからかったら「何? マジでチーム組んだのか? 何人いるんだ?」と気色ばむ。百鬼夜行ヒャッキヤギョウなんだから百人だと言うと「冗談にしても笑えねーよ!」キレられた。


 その後の狂聖堕Sクルセイダーズへの対策だが、『ファナティック』の強奪は次第に頭打ちになっていく。作る場所を変えて潜伏されたらそれまでだ。

 そのかわりに『ラフィン』への対応が日ごとに増加していく。『ラフィン』が暴れて人を襲ったり、バイクや車で人をはねたり繁華街で銃を乱射したりする事件が新聞やニュースで取り上げられるようになる。


 その対策で道化面ハーレクインをつけた鬼百キヒャクが『ラフィン』を制圧して無力化し魔騎士魔武が拘束、ワゴン車に確保して現場を去っていくという流れができる。愚者フールはまだ隠しておきたいから鬼百キヒャクが二人だ。もちろん同時に出て重ならないようにはしている。

 最初は何でカカシが? 何で暴走族が? と頭に疑問符をつけていた人達もそのうち馴れてきて遠巻きに静観するようになる。それはいいんだが焼き鳥とかビール片手にとかは違うだろうオッサン。プロレス観戦か! 魔騎士魔武の連中も子供に「がんばれー!」「ありがとー!」とか言われて手を振るんじゃない!

 捕まえた『ラフィン』は山奥に監禁して『ファナティック』が抜けるのを見届けて解放する。それでもおれも解析サンプルは欲しいから一石二鳥というところか。扱いが野戦病院並みに悪いのは人手不足だから多少は目をつぶって欲しい。


 その中でいろいろ分かったこともある。一番驚いたのは『ファナティック』は『ガンダルヴァの実』を真似ただけの合成ドラッグだということだ。つまり集めても実そのものは作れない。向こうには鍾子ドーラという<植物>の錬金術師がいるのにこれは少しおかしな話だ。実際におれの手許に完成品があるにも関わらずだ。

 だったら奴らは何のために『ファナティック』をばらまいているのか? ソロール・カルドンが『ラフィン』を集めて作ろうとしているのは神酒ソーマではないということか?

 ホムンクルス、神酒ソーマ、そして賢者の石。これらを生成することは錬金術師が先人に認められるためのテストだ。日本で言えば国家試験のようなものだ。それを目指す人間なら他の何より優先すべきもの、例えどんな犠牲を払っても叶えたい夢のはずだ。

 あるいはソロール・カルドンの知識が間違っていて、『ガンダルヴァの実』のことを知らないという可能性もある。その場合は鍾子ドーラがソロール・カルドンを騙していることもあり得る。むこうも一枚岩じゃないということなのか?

 そうだとすれば鍾子ドーラは『ガンダルヴァの実』の存在を隠してソロール・カルドンを妨害しているのだろうか? それならおれに本物を預けておくのは一種のカムフラージュということでもある。おれが敵対しないと知っているならば。それはつまり鍾子ドーラが完全に乗っ取られてはいないという証拠でもある。神崎龍斗に服従しているのは演技なのか?

 あるいは向こうに別の第3の錬金術師が存在して、お互いが神酒ソーマ作りを争っている可能性はどうだ? それなら鍾子ドーラはそちらに協力していて、『ファナティック』をダミーにして抜け駆けで神酒ソーマを作ろうとしている可能性もある。

 その場合も鍾子ドーラが創造主であるソロール・カルドンの支配下に無いということの証拠であり、第3の錬金術師がおれに協力を求めてくることも考えられる。そのときおれはどう動くべきなのか……くそっ、厄介だな。複雑な状況に頭が痛い。


 しかしおれのそうした疑問は突然予期しなかった形で答えを得ることになる。

 ある日曜日の昼どき、おれはオオトリデパートの最上階のレストラン『賢獅楼』で鍾子ドーラと向かい合っていた。一杯の北斗ラーメンを分け合ってすすりながら。

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