004 リターンマッチ vs.「風」の四天王 児島草平

 それでも神崎龍斗はおれの【威圧】に胆を冷やしたようだ。

「な、な何のつもりだ! こんなところでいきなり……お、おい鍾子ドーラ、僕を守れ!」

 取り乱して余裕が無くなり鍾子ドーラを盾にする。何だ、剣闘士グラディエーターも見かけ倒しだな。用心棒頼みの小悪党、一揆の筵旗に怯える悪代官か。まあおれはただの百姓じゃなく鬼百キヒャクだがな。


 鍾子ドーラが神崎の前に出ておれと対峙する。手にしているのは連節鞭か。それが一振りすると刺突剣に変わる。間合いが変化する特殊武器だ。蛇腹剣ガ○アンソードかよ!

 やむなくおれ鉄格子アイアングリットを出して構える。しかしできるならここでは能力(スキル)を使いたくない。錬金術が使えない『協力者』と思ってくれるならそれに乗っかったほうが後々やりやすいからな。


 しかし突然ここで教室に乱入してくる奴がいる。

「ヒャッハー! ここからは狂聖堕Sクルセイダーズの四天王の一人、「風」の笑われ屋クラウンが相手をしてやるぜ。覚悟しろよ、クソ雑魚が!」

 ん? お前は……児島草平か? 茶坊主に何が出来るんだ? 狂聖堕Sクルセイダーズは人材不足なのか? 

「誰が茶坊主だ! なめた口をきけるのも今のうちだぞ。オレは生まれ変わったんだ」

「児島! ちょうどいいところに来てくれた! 頼んだぞ」

 言いながら神崎が鍾子ドーラに守られ教室を出て行く。

「任せてくださいよ。『ファナティック』で強化されたオレは無敵! まさに最強! ヒャッハー!」

 そういうことか。悪魔のドーピングに手を出したのか、バカ野郎が!


 ここは一旦仕切り直しか。まあそれもいいと思い直す。

 おれ鍾子ドーラと闘うのを避けて、どうにかして神崎との直接対決に持ち込みたい。できれば自我を取り戻させて、ソロール・カルドンから解放してやりたい。今はその対策の時間を稼ぐための遠回りだと思うことにしよう。

 ただしその間にも鍾子ドーラが神崎・ド・変態サド玩具オモチャにされているかと思うと、はらわたが煮えくり返る思いだが。いや、羨ましいとかそういうんじゃないから!


 児島草平が左右の手にシックルを【現出】させる。クエスチョンマークのように湾曲した鎌状のナイフだ。

「どうした? びびってんじゃねぇぞ? 来なけりゃこっちから行くぜ、ヒャッハー!」

 児島がシックルを打ち鳴らして威嚇する。手長ザル改め殺人カマキリ男といったところか? しかしヒャッハーを安売りするのはどうかと思うぞ。言う度に小物感が増してくるのが分からないか。

「う、うるせぇよ! これでも食らえ!」

 児島がシックルを投げる。弧を描いておれに向かってくる。それを躱すタイミングを見計らって児島がもう一方のシックルを投げてくる。それを鉄格子アイアングリットで叩き落とすと児島の手には別のシックルが【現出】していた。

「ぼさっとしてんじゃねぇぞ! どんどん行くぜ!」

 言いながら児島は更にシックルを投げてくる。お前は野球部とかバレー部にいる熱血コーチか。


 物陰から飛んでくるシックルなら脅威だが、堂々と正面から投げてくる児島草平の頭が残念すぎる。投擲武器は初手で致命傷を与えるか、それを目くらましにして別の武器で飛び込んで戦うしか活路はない。それができない時間稼ぎのヘタレは隙を見て逃げるべきだったな。

 加えてスピードが無い上に、投げ方が一本調子で軌道が全部同じだ。バッティングセンターかよ。しかも右手でしか投げられない。これでどうやっておれに勝つつもりだったんだ? あわてふためいて無様に逃げ回るとでも思ったのか?


 おれは飛んでくるシックルを払い落としながら前に出る。それに応じて児島が一歩退がる。それを繰り返すうちに児島の手には1丁だけシックルが残った。打ち止めか。30丁、それがお前の【収納】のリミットか。

「か、数えていただと? 雑魚のくせに舐めやがって!」

 舐めたつもりはないぞ。一般戦闘員・・・・・を相手ににそういう感情は不要だろう?

「い、一般戦闘員だと? これを見てもそのふざけた口がきけるか! てめえも道連れにしてやるぜ! ヒャッハー!」

 児島が白い仮面を【現出】させて顔に被る。両目に十字が描かれ口は笑った厚い唇の形にくり抜かれている。それが笑われ屋クラウン道化面ハーレクインか。ならばここからが本番ということか?

 おそらく『ファナティック』であろうバイアル瓶を児島が一息に飲み干す。「ごあっ!」と叫んで身体を硬直させたあと一転、弛緩して泥酔したようにヘラヘラ、ゲラゲラと笑い出す。これが人が『ラフィン』になる過程プロセスなのか。


 笑われ屋クラウン道化面ハーレクインからはモスキート音が漏れている。それに呼応するように児島草平の魔子マミが濁って禍々しく膨れあがっていく。それならその面を叩き割ればおれの勝ちでいいな? そうは言っても一度狂ってしまった児島はもう元には戻れないのだろうか? できれば知ってる奴を殺したくはないんだがな。そこまで恨みがあるわけじゃない。


 『ラフィン』となった児島がガクンガクンと大きく体を揺らし、笑いながらおれに近づいてくる。時折倒れそうになっても身体が地面と水平になったところで持ち直し、そこから反動を利用してブワッと一気に間合いを詰めようとしてくる! 抱きつこうとする腕を避けて退がると、今度は逆立ちになって上から蹴りを浴びせてくる。まるで酔拳ドランクモンキーだな。


 さて、今度はこっちから攻めるか。おれ鉄格子アイアングリットを【収納】して、児島がゆらゆら動くのを真似て身体を揺らしはじめる。その動きの主導権が徐々におれに移っていく。【遠隔】と【同調】の応用技だ。そろそろ頃合いか?

 おれは児島にぴったりと張り付くような接近戦を挑む。その間合いでの手技足技の応酬。それは激しいダンスのジルバやジャイブを思わせるが、児島は【同調】を振りほどこうとする度に足をすくわれ転ばされ、立ち関節を極められ寸勁を食らわされることになる。

「ぎっ! がは……あじゅぼぁ!」

 みぞおちへの肘打ちが決まり児島草平が何度目かの透明な胃液を吐いて体を折り曲げる。そこからの回し蹴りが道化面ハーレクインをぶち割った。

 勝負ありだな、児島。お前の負けだ、ワン・ツー・スリー。

 ふっ飛ばされ動けない児島はもがき苦しみながらも、それでも『ファナティック』のせいで笑うのをやめられない。その声が静けさを取り戻した教室に虚ろに響く。


 おれは児島に近づいていく。蛾眉丸純兵のような換重合人間グラビットならばここから回復することもあるだろうが、ただの人間には無理だろう。仮に体は治せても精神がどうなるかは分からない。

 ならばせめてもの手向けだ。 【収納】してやれば苦しまずに死ねるだろう。

 しかし児島がおれのズボンの裾を掴む。割れた道化面ハーレクインの下から涙を溜めた目でおれを見つめ笑いながら・・・・・何度も首を横に振る。

 ……分かったよ。やれるだけはやってみるか。何の保証も無いけどな。


 おれは児島の体を担ぎ上げて地下室ラボへと短距離転移ジャンプした。短距離転移ジャンプは修復のあと使えるようになった『クラポー』の機能のひとつだ。頻繁には使えないが特定したいくつかの場所と地下室ラボを魔法陣で繋いでいる。

 地下室ラボ秘密基地ガレージがサニーデイ・カンパニーの相手で手狭になったこともあって新たに作った。武器の開発や『ガンダルヴァの実』の解析もここでやっている。


 児島草平にはナノマシンで【最適化】処置を施した。その間は拘束することになるがこれはしょうがない。麻薬中毒でも回復の兆しが見えるには数日かかるだろうしな。飯も当然だが下の世話もおれがすることになる。こんなときにも錬金術は便利で助かるな。横着とか言うなよ。

 おれがガッコウを休んでいることと児島が行方不明なこととはそれほど関連づけられてはいないようだ。上の秘密基地ガレージに様子を見に来た晴子たちからそう聞いた。神崎龍斗も隠すだろうしな。もし訊かれたら『つるみや食堂』で見かけたがひどい風邪でとでもアリバイを作っておいてくれ。

 児島から『ファナティック』が抜けるのには3日かかった。その日の第一声が「どら焼きが食いてぇ」だった。タバコより先に甘いものかよ。不良らしくないな。

「食いてぇもんはしょうがねえだろ」

 二人でどちらからともなく笑い合った。ごく普通の友達のように。


 結果から言うと児島は『ラフィン』にはなっていなかった。育ちきっていなかったというべきか。『ファナティック』を飲んだのはあれが3回目だったらしい。前の日にただの笑われ屋クラウンから四天王に格上げされて気が大きくなったせいだと白状した。銀バッジを貰ったばかりの下っ端構成員かよ。

 それならば四天王の残りはやはり花札トリオの3人か。よかろう、リターンマッチ希望なら受けて立つ。

「でもよ、あいつらはオレとは全然違うんだ。凶暴さもだが、もう笑うとこを取り越しちまったみてえだし……キメ過ぎると感情が抜けちまうんじゃねえのか?」

 それが『ラフィン』の最終形態か。そうなってしまえば後戻りできない人外の怪物になるということか。


 児島草平は狂聖堕Sクルセイダーズの仕組みの重要なことは知らなかった。見ていた限りでは剣闘士グラディエーターの神崎龍斗にソロール・カルドンから指示が伝えられ、四天王はただそれに黙々と従うという構図だった。あの神崎ビビりに本当にリーダーが務まるのかは大いに疑問だったが、ただの中間管理職かよ。むしろそういう役だから疑問も持たず簡単に人を殺せるのかもな。選ばれた自分は人とは違う。『ラフィン』は家畜だと割り切って。


 四天王の仕事は『ファナティック』の流通の際の護衛と、それを配った地域と量を鍾子ドーラを通じてソロール・カルドンに報告するといった割と地味なものだった。『ファナティック』を投与して育てた『ラフィン』の管理や刈り取りの時期を決める決定権は無いようだ。

 しかし考えるほどにソロール・カルドンにどうして神崎らが必要なのか理解できない。そもそも鍾子ドーラがいれば事足りるんじゃないのか? 神崎だけが『ラフィン』になっていないのもどうなんだ? そのせいでUFOとか超能力とか、人と違う力にだまされているピュアすぎる子供にしか見えないんだが。ん? それで合ってるのか?

  現地でのいつ切ってもいいダミー要員とかなのか。 ワークシェア? ホワイト? 未来の悪の組織はいろいろと大変なんだな。


 しかし後日、おれは生徒指導室に呼び出されて神崎の本当の恐ろしさを思い知る。清廉潔白な優等生という信用かめんこそが神崎の本当の武器だったのだ。

「日妹ぉ~、コラお前、神崎に裏で何かつまらん真似をしてるらしいな。正直に言ったらどうなんだぁ~コラ、あ?」

 そう言って体育教師の針生宣吉はりゅうせんきち、通称ハリセンが竹刀をおれに向ける。

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