003 バカなの? 優等生なのにバカなの?

 体育祭が終わり制服が冬服に替わってから、おれは神崎龍斗に呼び出された。そしてその隣には村瀬鍾子が並んで立っていた。奇しくも夏休み前のあの日に土下座させられた空き教室だった。

「君も黒天寺を目指してるんだって? だったら僕たちの仲間にならないか」

 神崎がいつものニコニコ顔でおれに言った。誰からも一目置かれる文武両道の優等生。しかしおれはその目が冷ややかで他人を見下しているのに気づいていた。だからおれは奴が仲間という言葉を口にしても髪の毛ほども信用していなかった。利用できるときに利用して必要がないときははなも引っ掛けない。神崎という男はそういうタイプだ。

 実際鍾子のことも本気で付き合ってるとは思えない。二人が楽しそうに話してる絵が想像できない。不良どものスタイルを褒めそやしながら裏で点数稼ぎで平気で先生にチクるような奴だ。クレバー? 小狡いだけだろ?


 おれの断りの返事にも神崎は表情を変えない。

「そうかい……残念だよ。だったらせめて邪魔だけはしないでくれよ、カカシくん。いや鬼百キヒャクだったっけ」

 何だと? どうしてここでその名前が神崎から出てくる?

 蛾眉丸純兵と戦ったときにいたのは道化面ハーレクインの女だ。ならばここに村瀬鍾子がいるのはやはりそういうこと・・・・・・なのか? そして彼女と神崎が情報を共有しているということは……

「そうだよ。僕が狂聖堕Sクルセイダーズのリーダー笑い仮面ジョーカーで、彼女が泣き仮面ピエロだ」

 ちょ、こいつ自分からあっさり正体をバラしたぞ? そんなことをして何の得があるんだ?


「君にも笑われ屋クラウンになってもらおうと思ったが、人数は足りてるからまあいいよ。外硫児架ゲルニカの連中よりは使えるかもと期待したんだけどね。後で悔やんでも知らないよ」

 さすがに秀才はまともだな。しかし今の話で大分内情が分かった。

 少なくても狂聖堕Sクルセイダーズには神崎と鍾子の2人の錬金術師が関わっている。錬金術師になった経緯は分からないが。

 そしてその目的がおれの想像通りなら『ラフィン』を作り出すことで合っているはずだ。そのために外硫児架ゲルニカを使って『ファナティック』をばらまいた。ただしヤンキーどもを使えないクズとも思っている。そしておれが蛾眉丸を倒したのを知って、狂聖堕Sクルセイダーズにスカウトしようとしたということだよな? 

 

 問題はそこから先の部分だ。おれ鬼百キヒャクだということは知っているようだが、そこから・・・・はどうなんだ?

「隠しても無駄だ。もう分かっているんだからね。君が錬金術師……」

 神崎がおれの考えを読んだように先回りする。これはやばいかもしれん。

「……を匿っている『協力者』だということはね。そのおかげで君も力を手に入れたんだろう?」

 は? 何を言っているんだこいつは?


「君が恩恵を受けていると言ってもせいぜい【肉体強化】程度なんだろう? それじゃあ『正統』な錬金術師、ソロール・カルドンから直に剣を授かって剣闘士グラディエーターとなった僕とは勝負にならないと思うよ」

 そう言って神崎龍斗はおれを鼻で嗤う。いやいやちょっと待て。お前は錬金術師じゃないってことか? 剣闘士グラディエーターとは? 

 おれの驚いた顔を絶望と思ったのか神崎はさらに失言を重ねる。

「まあそんなに怖がらなくてもいいよ。邪魔をしないならソロール・カルドンは『無名』の錬金術師程度は放置していいと言っていたし。それよりも今は神酒ソーマを再現することのほうが大事だからね」 

 ぺらぺらとよく喋ってくれるな。しかしこれで神崎という人間が改めてよーく知ることができた。

 こいつは頭はいいかもしれないがそれだけだ。賞状やトロフィーを自慢して壁を額で飾りたいだけ、ただのコレクターだ。パーティで蘊蓄をひけらかして人を論破して注目されたいだけのクズだ!

 ついでに言うと駆け引きを知らない、情報をさらけ出して右手を差し出せば相手も握手してくれると思っている純粋培養の馬鹿おぼっちゃまだ。力でゴリ押ししてぶっちぎりで勝つことにしか興味が無い直線番長だ! ……まあ、これぐらいにしておいてやるか。

 そもそも正統な錬金術師とは何だ、ゼロワン? 結社や教団に所属してフラターまたはソロールの同胞名を持つものを言う? 偉大な錬金術師アレックス=クロウディも当然持っているが助手であるゼロワンは持っていない? ああ派閥のくだらない格付けのことか。


 おれはソロール・カルドンという同胞名から、背後にいるのが女で<植物>の錬金術師だと予想する。カルドンというのはアザミの一種だ。

 そして同胞名は錬金術師としての信条モットーが隠されていることが多いという。アザミの花言葉には復讐や孤高といったものもある。思わずヒス持ちで引きこもりの魔女を想像してしまった。

 しかし錬金術師も『正統』と『無名』とでは天と地の開きがあるという認識だことか。例えるなら医者と医大生のような明確な差が存在する、言い換えればそれが神崎とおれの差なのだとでも言いたいのだろう。

 そして神崎の能力スキルはソロール・カルドンによって付与されたものだ。おそらく道化面ハーレクインがその媒体なのだろうか? 逆説的に捉えれば神崎が錬金術を使えない以上、それより劣るおれが錬金術を使えるはずが無いという奢りが目を曇らせているのだろう。思い込みが激しいやつだしな。


 ここでおれは村瀬鍾子が一言も口をきかないでいることが気になった。伏し目がちのままぼんやりと前を見ている。

「ああ、その女はもう別人だよ。ほら、もと恋人に挨拶ぐらいしろよ!」

 おれの視線に気付いた神崎が乱暴に鍾子の髪を掴んで顔を上げさせる。感情の無い目でおれを見たまま鍾子が言葉を発する。

「ワタシはドーラ……ソロール・カルドン様に作られた助手、神崎龍斗の……」

「おい、僕のことは『龍斗さま』だろ? 忘れるなよ!」

 神崎が鍾子の髪を掴んで頭を乱暴に揺さぶる。苦痛に顔をゆがませるがしかし鍾子は抵抗しない。

「もうしわけありません……ワタシは龍斗様の忠実なしもべです」

「錬金術が使えてもこうなったらどうしようもないな。こいつはもう人じゃない。中身はマンドラゴラから作られた人工生命体らしいよ」


 なんとなく想像はついたが鍾子もおれと同じ状況になっていたのか。ただし支配の主導権はドーラにあるということなんだろう。そしてこれもまた神崎の誤解を助長した原因になったのだと想像できる。

 現時点で地球人がそのまま錬金術師にはなれない。あるとすれば鍾子ドーラのように人外の存在、上位の錬金術師の傀儡になるしかないと神崎龍斗は思っているのだろう。そしておれが自我を失っていないなら錬金術師ではないという論法か。一方的な主観に頼った危険な思い込みだが、それがおれを下に見る理由と分かる。

 更にその勘違いと自分が『正統』な錬金術師、ソロール・カルドンに選ばれた剣闘士グラディエーターだというはき違えの選民意識が、神崎自身が錬金術師に準じた存在であり自分もまた鍾子ドーラを奴隷として好きに使っていいのだという考えにすり替わったのだろう。虎の威を借る狐とはこのことだ。片腹痛い。


 それにしたって鍾子ドーラの扱いが悪すぎるだろう。好きでつき合っていた女にそこまでするのか?

「ああ、もう興味が失せたんだよ。従順な女だから好きに調教できると思って楽しみだったんだけど、これじゃもう人形ダッチワイフと同じだよ。人前で胸を揉まれたって声も上げない、ミニスカメイドのコスプレでエロ本を買いに行かせたって恥ずかしがりもしない……」

 調教? 胸を揉む? コスプレでエロ本? ……そうか、あの日のチャイナドレスもお前の趣味だな。うんうん……この変態野郎が! てめえはいつか八つ裂きにして犬に食わす!


 ……まあ落ち着こう。そうは言ってもここで神崎をぶちのめしても事態は何も変わらない。後ろにいるソロール・カルドンを倒さなければ次の剣闘士グラディエーターが生まれるだけだ。『ファナティック』の流通も止まらないし、神酒ソーマの実験で人が『ラフィン』に変えられて次々に殺されていくことに変わりは無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る