002 笑う道化面と狂聖堕S(クルセイダーズ)

 水上錦次が『ラフィン』と遭遇したのは外硫児架ゲルニカの抗争の最中だった。夜にアジトを襲撃したときに現場の兵隊から「何だかおかしい奴に殺されそうになった」という一報からはじまったのだという。

 それは外硫児架ゲルニカのアジトに監禁されてオモチャにされていた女だったのだが、外に連れ出した途端に女は狂ったように笑い出し、救出した味方のはずの兵隊の首にいきなり噛みついたらしい。それを見て他の兵隊が女を引き剥がして羽交い締めにしたがその力は二人がかりでようやく押さえ込めるほどだったという。

 そして女はその間も笑い続け、喉が裂け血を吐きながら最後は突然電池切れのように気絶したという。その後の女は入院先で死んだらしい。狂った原因は分からなかった。


「それでな、もう一つ気になるのは突然現れた仮面の男のことなんだよ」

 その後も『ラフィン』は度々現れた。拉致された人間からだけで無く、外硫児架ゲルニカの幹部や兵隊の中にも『ラフィン』はいたという。

 そして水上錦次がある襲撃に同行したときに『ラフィン』を直接見る機会があった。そこで仮面の男とも遭遇したのだという。 

 その夜に水上錦次が見た『ラフィン』は外硫児架ゲルニカの幹部を逃がすための殿しんがりの兵隊二人だった。見た目は違うがそのタフさや怪力は蛾眉丸を連想させたという。

 奮闘したもののその兵隊どもはついには魔騎士魔武マキシマムに囲まれて満身創痍で倒れたのだが、決着かと思われたそのとき突然二人が『ラフィン』に変貌したのだ。

「ありゃあ人の形をした別の何かだった。映画のゾンビみてえなのとかよ」

 荒い呼吸に「ひっ……ひひっ……」としゃくり上げるような笑い声が混じり、ついにはゲタゲタと笑い出す。それと同時に二人は吊られた操り人形のようにギクシャクと立ち上がり再び向かって来たのだという。


 その『ラフィン』どもはさらに身体の強度が上がったらしく木刀や鉄パイプで何度も殴られても倒れないで迫ってくる。そこで水上錦次は兵隊に抑え込むように指示をした。バッテリー切れになるのを待つ作戦だ。

 動き自体は緩慢だったため拘束するのは簡単だったようだ。しかしこのときの『ラフィン』どもはそこからありえない行動に出た。


 うつ伏せにされたスキンヘッドは人間の可動域を越えて上半身を半転・・させ、上に乗った魔騎士魔武マキシマムの兵隊に噛みついた。壁際に追い込まれ鉄パイプを口に突っ込まれたリーゼントは頬が裂けるのも構わず刺し貫かれたまま鉄パイプを握った兵隊の手に噛みついたのだという。

 それを見て「こいつは普通まともじゃねえ!」と判断した水上錦次は、側近に預けていた日本刀を抜いて『ラフィン』どもの脚の腱を切ったのだという。そうすることでようやく二人は立てなくなった。それでも狂った笑い声は止まず魔騎士魔武マキシマムのメンバーを更にいらつかせた。

 そのとき視線を感じて振り返った水上錦次の後ろ、10メートルほどのところにその仮面の男はいたのだという。


 仮面の男は牧師や道士を思わせるような黒装束で幽霊のようにそこに立っていたらしい。仮面だけが夜の闇に白く浮かび、細く裂けた笑う口が赤い月を思わせたという。思い出してか水上錦次が身震いする。

 男の道化面ハーレクインは笑い顔か。鍾子のは涙を一粒こぼす泣き顔のデザインだった。いくつか種類があるのか。

 そのとき水上錦次は男の道化面ハーレクインから何か音が漏れているのに気がついたらしい。メロディというよりは蚊の羽音のような音だったという。

「何でだか急にそのプーンって音が『ラフィン』と関係があるんじゃねえかって思ってな……」


 水上錦次は側近の二人を呼んで三人で道化面ハーレクインの男を囲んだ。そいつは逃げるでもなくその場に立ったままだったという。

「すっかり舐めてやがると思ったぜ」

 側近の二人の武器はチェーンで、相手の動く方向を狭めたり手足に絡めて動きを封じたりしておいて水上錦次がとどめを刺す(ただし峰打ち)という連携が出来ていたという。

 しかしこのとき退路を断たれた道化面ハーレクインの男は、打ち込んだ水上錦次の刀をどこからか取り出した西洋剣で受け止めて見せたのだという。

「そいつはまるでお前の手品・・みてえだったよ」

 その男も【現出】の能力スキルを持っているのか? それなら三人目の錬金術師が登場なのか?


「そっからのことはあまり思い出したくねえが……見たまま話すぜ。その前に一服させろ」

 おもむろにタバコを取り出し間を取ってから、自分を落ち着かせた水上錦次が話を続ける。

 道化面ハーレクインの男が手にした西洋剣はロザリオの十字架をそのまま大きくしたような形だったという。おれは広刃のバスタードソードをイメージするが、中華包丁のように切っ先が無く側面に一回り小さい黒い十字架がついていたと水上錦次は補足した。

「まあその黒十字が曲者なんだがな……」

 人斬りに特化した日本刀も刃の重さで叩き斬る剣と打ち合ってはひとたまりもない。仕切り直そうと距離を取る水上錦次に対し、男は手にした剣を水平に突きだした。

 何のつもりだといぶかる水上錦次の顔の横を、次の瞬間何かが掠め飛んでいった。思わず振り返ればそれは飾りと思っていた黒十字で、一直線に飛んだそれは膝立ちのスキンヘッドの『ラフィン』の首を刎ね飛ばしたのだという。

「人が死ぬのを見たことはあるが、殺されるのを見るのは初めてだったよ……」

 黒十字は男の剣に戻ると同じことが繰り返され、リーゼントの『ラフィン』の首も切り落とされた。

「誰も動けなかったよ。情けねえ話だがな。俺もあんなふうには死にたくねえと思っちまった……」

 次は俺たちの番かと戦慄する水上錦次を無視して道化面(ハーレクイン)の男は剣をどこかへしまうと『ラフィン』の首を二つ抱えてそのまま闇に溶けるように消えていったという。

 あとに残った首なし死体は見る間に水分が抜けて干涸らびて脆い粉末状になったので処分に手間はかからなかったそうだ。フリーズドライみたいなもんか。


「あとは任せるぜ……こいつはどう見てもK100-File案件だろ」

 何だよその海外ドラマ風なタイトル! しかもいいおっさんが中学生に丸投げか?

「おっさんじゃねえって言ってんだろ! まあ頼むわ。協力はするが俺だってまだ死にたくねえんだよ……おっ、四葉が帰ってきたな。っていうかあんなフリフリな服も持ってんだな。くくっ、かわいいトコあんじゃねえか」

 水上錦次はそう言いながら赤井四葉をからかいに行く。おい逃げるな! やれやれ……そう言われれば確かにこれはおれの領分だ。ただし死にたくないのはおれも同じなんだよ! 明らかに危険度マシマシじゃねぇか。ったく、修行のやり直しだな。


 水上錦次から狂聖堕Sクルセイダーズという名前を教えられた。それが『ファナティック』を流通させている元締めらしい。だがその背景バックやリーダーの名前などは魔騎士魔武マキシマムの力でも調べられなかったという。

 それでも道化面ハーレクインの男が狂聖堕Sクルセイダーズの主要人物だということは容易に想像がつく。やつの武器が十字架剣だからそういう名前なのか名前に合わせて武器を用意したのかは分からないが、いずれ自己顕示欲が強い性格の男と見た。

 さらに道化面ハーレクインの男のことを想像してみる。使っている能力スキルから錬金術師と考えていいだろう。鍾子と同じような仮面を着けているしな。<鉱物>か<植物>かまでは分からないが。鍾子と<両輪>の関係になっているとは考えられない。まあ本音を言うと考えたくない。

 いずれ相手がそんな飛び道具を持っているならこっちも何か対策が必要だ。できれば直接対決は避けたいが無理だろうしな。むしろ先に知れてラッキーだったとも言える。

 もうひとつ考えなければならないのは『ラフィン』のことだ。『ファナティック』漬けにした人間を『ラフィン』に変貌させるのは、蛾眉丸純兵を『ガンダルヴァの実』に変えた状況に似ている。道化面ハーレクインの男仮面から人を狂わせる音が発せられているのだろう。あのとき鍾子が吹いていた口笛のように。


 おれは例の実を『ガンダルヴァの実』と呼ぶことにした。ゼロワンの知識と【分析】の結果を擦り合わせた結果、あれは太古に神酒ソーマと呼ばれた飲み物の材料のひとつと思われた。マンドラゴラやラスコヴニクと同じ特級の魔法素材だ。当然値段なんかはつけられるはずがない。

 それを踏まえればおれの中にひとつの推理が成り立つ。道化面ハーレクインの男が持ち去った『ラフィン』の首、あれは『ガンダルヴァの実』の代用品かわりではないかと。

 たぶん人間から『ガンダルヴァの実』の生成を成功させるのは難しいのだろう。蛾眉丸純兵のような換重合人間グラビットでは可能でも、人間を苗床にしたのでは不十分だったということだろう?

 当初の計画では『ファナティック』に混ぜた胞子のようなものを人間に摂取させ、【促進】で人間をガンダルヴァの実に変えるといった流れだったはずだ。ただし人間では胞子の成長に耐えられなかった。その結果が『ラフィン』への変貌ではないのか? それでも『ラフィン』が失敗作でもガンダルヴァの実と同じ成分はいくらか含まれているはずだ。何個の首が必要になるかは分からないが。狂聖堕Sクルセイダーズは何人の人間を『ファナティック』中毒にして何百個の首を狩るつもりなんだよ!


 そうなるとおれの手許にある『ガンダルヴァの実』が唯一の成功例ということになるのか。それなら何故あのとき道化面ハーレクインの女は実を回収しないまま帰っていったのか? これから幾つでも作れるとたかをくくって見逃したのか?

 しかし希望的観測をするならば、手許の『ガンダルヴァの実』はおれへのプレゼントだと思いたい。そうならばあの女が村瀬鍾子だという可能性が高くなる……ああ、甘いのは自分でも分かっているともゼロワン。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る