第10話〜豹変〜

「ゆうちゃん!?ゆうちゃんどこ!?」

皆でゆうくんを追い掛けたが、姿はまだ無い。

「何処に居るんだ!?」

焦りが身を蝕む。

「居ました!こっちです!」

るみが、曲がり角から顔を出す。

急いで彼の元に向かう。

「ゆうちゃん!もう、何してるの!?…ゆう…ちゃん…?」

「なーんだ、やっぱりこいつら雑魚じゃん。」

両手は赤黒く染まり、床には綺麗とは程遠い赤黒い色をした水溜まりが広がっていた。

「なんでこいつらにこんなビビってんだよ。」

振り返るゆうくん、口元には両手と同じ色をした物が付着している。

「ゆ…う…ちゃん…それ…」

「あはっ!美味しくなかった!美味しくなかったよ!あはははは!」

狂気じみた笑いが響く。

「あは…」

ドサッ…

「ゆうちゃん…?ゆうちゃん!?」

「とりあえずセーフルームへ戻りましょう!そこで応急処置を!」

「はい!」

ゆうくんが倒れた。

「ゆうちゃん!ゆうちゃん!」

「まりさんも早く!」

まりさんはずっと焦っていた。

かくゆう俺も、どうしていいか分からなかった。

「…………」

セーフルームに戻り、容態の確認で寝室に運び込まれた後、まりさんと俺は隣の部屋で終わるのを待っていた。

…痛い程の沈黙が呼吸をさせないように、その部屋を包み込んでいた。

どうやって声を掛けるべきか…ケンジさんなら、この空気をどうにか出来ただろうか?

その空気を打ち破るように、扉が開けられる。

「虎さん…………ゆうちゃんは?」

蚊の鳴くような、絞り出した声。

「とりあえず、大丈夫だとゆう事だけ伝えておく」

途端にまりさんの顔が明るくなる。

俺も安堵した、話を聞くに命に別条は無いそうだ。

その後、さくらさん達も戻って来た。

「とりあえず、布団に寝かせておきました」

まりさんが立ち上がり、扉に向かう。

「まりさん、会いたい気持ちは分かりますが今は、安静にさせておいてあげませんか?顔が見たいのは分かりますが、今は寝かせておきましょう」

「顔を見るだけでも、ダメですか?」

心配していたからだろう、涙が溢れそうなのを我慢していた。

「貴女もお疲れでしょう、食事をしてからでも遅くは無いのでは?」

「……そうですね」

「では、すぐに準備致します」

さくらさんは強いな…そう感じさせたのは、やはりあの事があったのにみんなの為に動いているからだろう。

食事を摂っている間はいつもの様にとは行かないものの、明るい話をしていた。

…辛い気持ちを押し殺して居るのだろう、自分の様に。

「そろそろ、就寝しましょう、明日もある事ですし」

「そうですね、ゆうちゃんの様子も見ておきたいですし」

各々食器を片すため、部屋を出る。

いち早く戻って行ったはずのけいやさんが血相を変えて戻って来る。

「ゆ、ゆうとくんが部屋居ません!」

その場の空気が凍り付く。

皆、一斉走り出し隣の部屋へ向かう。

「ゆうちゃん!どこ!?どこにいるの!?」

「まりさん、落ち着いて下さい!まだそんな遠くへは行っていないでしょうから、皆で探しましょう…るみちゃん?虎さんを呼んで来て貰える?」

「その必要は無い」

後ろから声がした、振り返るとたいがが立っていた。

「た…虎……」

「ゆうとは今、俺の部屋で寝ている」

皆安堵のため息を漏らす。

まりさんに至っては、その場に座り込んでしまう。

「……悪いが、芳しい状況じゃない…1度話す為にも隣の部屋教室に皆来い」

たいがは部屋を出る。

「まりさん、立てますか?」

「あ、ありがとうるみちゃん…」

隣の部屋へ向かうとたいがは窓際に立っていた。

「………結論を言うと、あいつは感染した」

また、空気が凍り付く。

まりさんは息もできないと言ったような顔をしていた。

「どういう…こと…?」

「…どうやら、血肉を経口摂取したのが原因で感染したのだろう。ただ、感染の仕方が違ったからなのか特殊な感染をしている」

どういうことだ?普通の感染とは何か違うのか?

そんな疑問が頭をよぎった。

「…感染したとは言ったが、進行していない」

「…それって、虎さんのように?」

「……そうだ、しかし俺とも違う点がある」

違う点…

「身体能力が飛躍的向上を見せている」

「…おい、それってどういう事だよ」

部屋に来た時、鍵を無理やりこじ開け壊して入って来たそうだ。

力が上がり、動きが機敏になり動体視力も上がっていたそうだ。

しかしその代償なのか、すぐにガス欠を起こし食事、睡眠を今まで以上に必要とするとのこと。

…説明ではこうだった。

「憶測に過ぎないが、能力向上に体力が追い付いて居ないのだろう」

まりさんは、その場に泣き崩れる。

…俺も、言葉には出来ないような気持ちに襲われ、疲れも増して行った。

「しばらくは俺が見ておく、進行の兆しがあれば殺す」

「ダメ!…それだけは…やめてください…お願いします…」

まりさんは縋るようにたいがに飛び付く。

「…悪いが、ここで進行すれば被害が増す、それだけは避けなくてはいけない」

「…ゆうちゃんを…ゆうとを…殺さないで…お願いします…お願いします…お願い…お願い…」

見ていられない、そこにいた誰もがそう思っただろう。

辛い現状に目を背けるように。

「……まだ絶対殺すと決まった訳じゃない」

そう言うと、たいがは足に縋り付くまりさんを振り解き部屋に戻って行った。

残されたこの場は、まりさんの咽び泣く声だけが響いていた。

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