死王の通訳者
03
第一話 私は死王の通訳者
私は死んだ王の声が聞こえる。
それは王の葬儀が済んでから直後のことだった。
私が今いる場所は王宮の中でも最高級の部屋。
なんと王様の私室だ。
ほかでもない私は十分ちょっと前にこの国の王様に呼び出されていた。
しかし、呼び出した王様本人がまだ来ないので仕方なく私は窓から城都を眺めている。
今この部屋には私しかいない。
さすが王の私室とでも言うべきか、関係者以外は立入禁止で使用人も全員外にいる。
「陛下は執務が終わり次第来られます」
私が部屋に入る時に言われたことだ。
執務があるのに私を呼び出したのか、と言ってやりたいが、陛下にそんな事を言ったら不敬罪で殺されてしまうので今は堪えている。
まあ、実際陛下は忙しい身なのだろう。
なぜなら現陛下は先月即位したばかりの国王で、先の大戦の事後処理に追われているからだ。
王が代替わりした理由は、一ヶ月前まで遡る。
私が生まれたアルトラ王国は全方位を他国に囲まれ、何十年も領土争いが絶えなかった。
しかしその争いにも終止符が打たれた。それが一ヶ月前の話だ。
先月アルトラ王国は領土争いに見事勝ち抜いたものの、代わりに国の心臓とも言える王が戦死してしまった。
だから前の王の戦死とともに新たな王が即位した。
戦死した先代陛下は即位してから見事な手腕で国を統治し、誰に対しても人当たりが良かった。そのため国民全員が先代陛下の死を嘆き悲しんだ。
先代陛下の葬儀は大々的に催された。来年からは祝日にもなる予定らしいが・・・・・・とにかくその日だけは私も他人の葬儀に参加した。
私はフェリアという名前で、そんな国の王宮に毎日勤めている。
私は王の葬儀が済んだ直後からある声が聞こえていた。誰かはわからないが毎回声だけが耳に入ってくる。
けれど、それも怪奇現象が起きてから初めの二日程度のことだった。
最初は誰が発しているのか分からなかったが、だんだんと『視える』ようになっていったのだ。
そして、結果として今は声の主が分かるようになってしまった。
その正体こそ―――
『陛下、いつまで窓の外を眺めておられるおつもりですか』
『ん? ああ、フェリアか。わたしはもう少し眺めていたい。君は座ってくれて構わない』
『・・・・・・承知しました』
中年にさしかかっているのにその男はやたらと人の目を引く。
絹のように滑らかに波打つ金髪。
窓の外を写す新緑の瞳は自信に満ち溢れている。
私が聞いていた声の正体こそ、先月戦死し葬儀が執り行われた先代陛下だった。
私は先代陛下のお言葉に甘えてふかふかのソファーに座る。
陛下が視えるようになってからもう少しで一ヶ月経とうとしているが、まだあれで死んでいるという事実が信じられない。
他の人は視えないようだし、私でさえ身体に触れられないので、霊的な何かなのは確定なのだが。
如何せんこうも鮮明に姿が視えてしまうと、本当に生きているように錯覚してしまう。
先代陛下はよく通る声で言った。
『やはり面白い。死してもなおこの国の行く末を見届けることになるとはな』
その言葉は、後悔かそれとも歓喜を表しているのか。
『・・・・・・陛下はそのお姿になったこと、どう思っていますか?』
『幸運だったさ。もう見ることが出来ないと思っていた祖国がこうして見れるのだから』
『幸運、ですか・・・・・・』
『しかし、戦争で命尽きたのだから本望ではある反面、王としてやるべきことは残っていた。次の王がどうこの国を導くのか、楽しみだ』
『そうやって、ずっと私についてくるつもりなんですね』
威厳があった王は、少年のように笑う。
『ただ黙って国の行く末を見守るのは退屈だ。せっかくなら誰かと話していたいだろう?』
『さようで』
『そうなると、君の家にも感謝をしなければな。あの「秘術」が無ければ私は今頃ここにはいない』
私の実家は伯爵家だ。
霊体とはいえ先代陛下本人から感謝を賜われるなど、両親が聞いたら感極まって涙してしまうだろう。
そう、何を隠そう先代陛下がこうして霊体のままこの世に留まれるのは、私の実家に伝わる秘術のおかげなのだ。
先代陛下は生前、私の両親と会っていたそうだ。そこで万一の時に備えて両親は家に伝わる「秘術」を陛下に施した。
それは、死した人間を霊体のまま現世に縛り付けるというなんとも言い難い術だった。
私の実家がそんな術を代々受け継いでいたことを聞いたときは何度も両親に問いただしてしまった。
「その術は安全なのか」とか「陛下に許可を頂いているのか」とか。
死してもなお現世に縛り付け退屈な日々を送らせる術。
元々罪人に使われていたという経緯も持っているため、陛下からすればいくらなんでも屈辱以外の何者でもないはずなのだが、なぜか陛下は乗り気で承諾したらしい。
『陛下って、本当に面白いお方ですよね』
『宰相からはよく言われたものさ。だが、もうわたしは陛下ではない。ただの霊だ。それにフェリア、君は今の陛下に呼ばれてこの部屋に来たんだろ?』
『・・・・・・そうでしたね』
この陛下が亡くなられてからすぐに即位した現陛下、その名をユミール・シュノリ・アルトラ。
私は今まで名前しか聞いていなかったから、どんなお方なのかは全く知らない。
そもそも伯爵家なのにメイドとして働くよう両親に言われ、生きてきたのだ。社交界に顔を出したのは最初の一度きり。
なので私は伯爵令嬢だが、現陛下のお顔すら知らなかった。
『あの、陛下は・・・・・・』
私が聞こうとすると、先代陛下は遮った。
『ルナベラス・・・・・・ルナベラスだ。気軽に名前で呼んでくれ』
『・・・・・・分かりました。では、ルナベラス様は現陛下のことについてなにか知っていますか?』
『大いに知っている。ユミールはわたしの甥だ。両親は二人とも亡くなり、あの子は産まれたときから一人だった・・・・・・いや妹は一人いたか』
『ご両親が二人とも・・・・・・?』
『彼の母はわたしの妹で彼を産んだ時に亡くなり、彼の父はわたしと同じく戦で亡くなった』
両親はすでに他界し、叔父のルナベラス様も先月崩御されてしまった。
そうなると頼れる人間も少ない。現陛下は若くして政務についているだけでなく、一人で一国を背負うという重役を担っているのだ。
何のようで呼び出されたのかは存じ上げないが、私なんかが「呼び出したのだから早く来い」などと言えたものではなかったみたいだ。
『わたしの葬儀に領土争いの事後処理、さらには国の政務と・・・・・・婚約者も早く迎えねばならないか。あの子は当分忙しいだろうな』
『ユミール陛下、まだ成人もなされていないんですよね?』
『そうだな。わたしが死んだことで全てがあの子の背にのしかかってしまった。まだ来る気配は・・・・・・ないみたいだな。どうか気長に待ってやってくれ』
ルナベラスは申し訳無さそうに言った。
まあ、現陛下の苦労に比べれば私がやり残した仕事など小さなことだ。ここはルナベラス様の言うように気長に待つとしよう。
※
ユミール陛下が来たのはそれから一時間後のことだった。
気長に待つとは言ったものの、いくらなんでも遅すぎる。もう少しで怒りが再燃してくるところだった。
「すまないな、フェリア嬢。わたしの方から呼び出しておいて長らく待たせてしまった」
若き陛下は私に頭を下げる。
「いえ・・・・・・私なら大丈夫です。陛下が忙しいのは十分承知しておりますので」
「・・・・・・ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」
「それで、本日はどのようなご要件で?」
「ああ、それについてはこれから話す。待たせてしまったゆえ、今回は手短にするが・・・・・・君には訊きたいことがある」
私は思わず身構える。もっとも陛下の前で不用意に動くのは不敬に当たるのであくまでも内心の話だが。
先代陛下と同じ金髪のユミール陛下は言った。
「単刀直入に訊こう。君は・・・・・・いや、君には先代陛下の声が聞こえるのか?」
「・・・・・・!」
「実は、君の両親からルナベラス様に施した秘術を聞いたんだ」
「なるほど。両親が・・・・・・」
実際秘術を施したのは両親だ。私は秘術の使い方さえ知らなかった。
だからユミール陛下にそのことを伝えるのは両親の自由なのだろうが。問題は私にだけルナベラス様の姿が視えることだ。
私にばっかり意思疎通できてもあまり意味はないのだ。
「・・・・・・陛下のおっしゃる通り、私はルナベラス様の声が聞こえます」
「そうか・・・・・・! では今は何か言っておられるか?」
「え? ええと・・・・・・」
私はチラリと横を見る。
そこにルナベラス様がいるからだ。
ルナベラス様は言った。
『わたしはここに居る、と伝えてくれ』
『分かりました』
「陛下、ルナベラス様は『私はここにいる』と言っておられます」
「ここに居る、か。叔父上らしい。わたしにはまったく視えないが、君には姿が視えているのだろう?」
「はい。ルナベラス様の姿はどうも私にしか視えないようになっているようです。陛下にも視えたら良いのですが・・・・・・」
「いや、気にしなくていいさ。ルナベラス様は既に故人なのだ。こうして言葉を交わせるだけでも十分価値がある」
陛下は少し俯きながら続ける。
「それに、わたしは安心している。今わたしの周りに腹の底から信頼できる者はほとんどいない。加えてわたしはまだ未熟な王だ。だから君を介してでもルナベラス様が側にいてくれるというのはわたしにとって安心できることなんだ」
私はただ黙って陛下を見つめた。
ルナベラス様の面影が残る顔立ち。ルナベラス様とよく似た雰囲気。しかし、年齢的には陛下はまだ私よりも幼い。
ルナベラス様が急逝しそのまま陛下は国王に即位した。きっと肉体的にも精神的にも辛い時期が続く。
今の陛下にとって、ルナベラス様は何よりも心強い味方なのだろう。
霊体が自分の身に憑いたのは厄介事でしかなかったが、こんな陛下を見てしまうと私も何か協力してあげたくなる。
「陛下のお気持ちは分かりました。では私も両親に掛け合ってルナベラス様の声が陛下にも聞こえるようにできないか方法を探してみます」
「え? い・・・・・・いや、その必要はない」
陛下は慌てた様子で首を横に振った。
「なぜです? 陛下にも聞こえたほうが陛下のためになると思いますが・・・・・・」
「わたしに聞こえずとも、君には聞こえているではないか。君がわたしの側に付いてくれれば何も問題はない」
「ええ!? で、でも信頼できる人が側にいたほうが宜しいのでは?」
「・・・・・・君は信頼できる人間だぞ? 伯爵家の娘でありながら両親の言いつけどおりにメイドとして働き、さっきもわたしを想ってくれての提案をし、君が信頼の置ける人間だということは十分理解できた」
「お褒め預かり光栄です・・・・・・でも陛下のお側に付くためには両親にもこのことを話さないと・・・・・・」
「先日、秘術についての説明を受けた時すべて許可は貰っているぞ。別にそんなに心配しなくていい。君にはルナベラス様の声をわたしに届けてくれればそれで良いのだから」
お父様とお母様、勝手に許可を下ろしたのか。
私に秘術の説明をした時はあえて言わなかったのだろう。
今にも二人の笑う顔が見えてくるようだ。
「・・・・・・もしかして、今日私を呼んだのは・・・・・・」
「ああ。ルナベラス様の通訳者として・・・・・・まあ表向きはわたし付きのメイドになってもらうためだ」
「やっぱり」
私は普通のメイド生活を気に入っていたのだが、この調子だと今日にでも陛下付きのメイドになるように両親から手紙が送られて来そうだ。
もうここから私がどうにかできる方法はない。どうやら諦めて陛下付きのメイドになるしか無いようだ。
陛下はこちらの顔を覗き込むように言った。
「どうだ、フェリア嬢。王の通訳者としてわたしの側に付いてくれるか?」
「・・・・・・承知いたしました」
その一言で私はルナベラス様・・・・・・もとい死王の通訳者として陛下のメイドになってしまった。
死王の通訳者 03 @482784
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます