第16話 日々

 夜。


 砂漠で精霊たちを吸収をして、そろそろ街に戻ろうとした時、なんだか視線を感じたような気がした。


 なんだかオレのことを窺うような嫌な視線だったな。


 精霊であるオレのことは普通の人間には見えないはずだが……?


 周りを見ても誰もいなかったから、オレは気にせずに娼館へと帰る。


 まだ太陽が顔を出す前の薄暗い時間帯。


 ペトラたちは寄り集まっておしくらまんじゅうでもしているかのように食堂の一角で寝ていた。


 ペトラにも個室が欲しいところだが、娼館であるここにとって個室とは仕事部屋だ。隣からアンアン聞こえても悶々とするからな。ちょっとかわいそうだが、このままでもいいのかもしれない。


 次はベッドとまでは言わないが、ちゃんとした布団とか買ってみるのもいいかもな。ペトラはあまり物欲がねえから、このあたりはオレが指摘してやらないとな。まったく、世話が焼けるぜ。


 女たちの中央で寝ているペトラは、安心しきったようなへにょっとした顔を浮かべて寝ていた。


 普通ならつまらなく感じるだろうこんな時間も、オレにとってはなぜだか幸せな時間のように感じた。これも精霊になった影響だろうか?


 まぁ、どうでもいいか。


 今そう感じるってのがオレにとってのすべてだ。


 そうこうしていると、朝日が本格的に顔を出し、辺りが明るくなっていく。そして、気温もどんどん上がっていく。


「んー……」


 ペトラが寝苦しそうに唸り声を上げていた。


 ちょっと涼しくしてやるか。


 オレはペトラたちに風が直接当たらねえように気を付けながら、冷風を起こすのだった。


「んー! あー……」

「おはよう、ペトラ」

「アラン、ぉはょぅ……」


 しばらくするとペトラたちも目を覚ます。


「あ! あたし今日食事当番だった!」

「早くしなよ」

「おっかさんに怒られちまうよ」


 女たちも起き出し、娼館全体が目を覚まし始める。女たちの飯は持ち回りで作っているらしく、料理当番ってのがあるらしいが、ペトラはまだ小さいから免除されていた。


 なんでも、男に媚びることしかできないような娼婦は貰い手がないらしい。


 ちゃんと料理や洗濯なんかができないと身請けしてもらえないんだそうだ。


 だから、共同生活の中で生活に必要な技術を学んでいく。


 ペトラも十歳ぐらいになったらいろいろと教えてもらえるようになるといいな。


「「「「「いただきまーす」」」」」


 昨日客を取っていた女たちも食堂に現れたら、みんなで朝食だ。


 まぁ、スパイシーな見た目だが質素な食事だな。これでも改善した方らしいが、朝ということを考えても、もうちょっと食べた方がいいと思うが……。


 アイスクリームにあれだけ熱狂するわけだな。


「「「「「ごちそうさまでしたー」」」」」


 朝食が終わると、ペトラもお仕事スタートだ。飲食店を回って水を売った後、貧民街に行く。


 ぶっちゃけ、金持ち相手に商売した方が儲かるのだろうが、ペトラは貧民街の連中の力になりたいらしい。


「おうペトラ、待ってたぜ! 今日はバケツ二杯貰おうか!」

「ん。アラン、お願い」

『ああ』

「ペトラ! 終わったらこっちも頼むよ!」

「ん!」


 最初はペトラを邪険に扱ってた奴らも、今じゃすっかりペトラを頼りにしている。なにしろ値段が半額だし、水をキンキンに冷やしているからな。人気にならないわけがない。


 今じゃ、ペトラは貧民街のアイドルみたいなもんだ。


 そして、塵も積もれば山となるって言葉は本当で、金もどんどん貯まってく。


 いいことづくめだ。


 そして、午前中に貧民街を回ると、真昼の三時間くらいは娼館で飯を食ったり休憩の時間だ。


 この街の気温は殺人的だからな。一番暑い時間帯に外を歩いてたらぶっ倒れる。


 だから、この昼の時間はどこも店を閉めて休憩時間だ。


「はぁー。ここは天国だねぇ」

「本当にね」


 だが、そんな中でも娼館の食堂だけは心地よい気温になっていた。オレがエアコンの冷房のように部屋を冷やしているからだ。


 最近は、おっかさんもこの部屋で事務仕事をしている始末だ。


 さすがのおっかさんも暑さには勝てないのだろう。


「まったく、きっとお貴族様どころか王族の方々もこんな贅沢はできないだろうねぇ」


 外は人がぶっ倒れるような灼熱の砂漠なのに、ここは涼しい部屋の中で氷を浮かべた水を飲む。


 たしかに電気もエアコンも冷蔵庫もないこの世界ではビックリするほどの贅沢なのだろう。


 そうだよなあ。考えてみれば、オレは日本では織田信長とか徳川家康よりもいい生活していたのかもしれねえ。あまりいい思い出は無いんだがな。


『ペトラ、午後はどうする?』

「アイス作る!」

『またか? 昨日も食っただろ?』


 やれやれ、どうやらペトラはアイス作りにハマっちまったらしい。最近はただのアイスじゃなくて、いろいろなフルーツを混ぜて一番おいしいアイスを作ることに凝っているようだ。


「でも、みんなよろこぶ!」

『まあな』


 暑いこの世界では、アイスは女たちに大人気だ。味も変わるからか、まるで飽きた様子がない。


『じゃあ、今日もアイス作るか』

「ん! 最強のアイス作る!」

『最強……。いいじゃねえか。そんなペトラに今日はいいことを教えてやろう』

「なに?」

『アイスに入れるフルーツは一つに限る必要はねえ! ミックスもできるんだぜ!』

「ッ!?」


 ペトラの驚いた顔に満足し、オレたちはアイスの材料を買いに行くのだった。

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