第14話 アイス②

『もういいだろう』

「ぷはー」


 バケツの中のヤギのミルクをかき混ぜていたペトラは、腕をぶらぶらさせていた。幼いペトラにはたいへんな作業だったかもしれない。だが、オレはこのアイスはペトラの手によって作ってほしかった。


 完全にオレのエゴではあるが、でも、考えてもみろよ。ペトラは普段かわいがってくれる女たちに恩を返せて、女たちは普段は妹分としてかわいがってるペトラが自分たちの為に頑張ってくれる姿が見られて。これって最高のイベントじゃねえか?


 我ながら憎い演出だぜ。


『よし! んじゃ、次はヤギのミルクをそのプレートの上に垂らすんだ。零すんじゃねえぞ? それから、そのプレートには絶対に触るなよ? かなり危ないからな』

「ん!」


 ペトラが慎重にヤギのミルクをプレートに垂らしていく。プレートは周りにちゃんと段差を付けてヤギのミルクが零れないようになってる安心設計だ。


 よく冷えたプレートは、ゆっくりとヤギのミルクを凍らせていく。


 ここでさっき作ったヘラの出番だ。


『ペトラ、ヘラを使ってミルクを混ぜていくんだ』

「ん!」


 ペトラがヘラで凍ったミルクをこそぎ落とすようにして混ぜていく。すると、だんだんと粘りが出てきてアイスクリームになってきた。


「ふんぬー!」


 粘ったアイスクリームを混ぜるのはたいへんなのだろう。ペトラは額に玉のような汗を浮かべてアイスを混ぜる。


『おし! これで完成だ!』

「ん!」


 できあがったのは、キロ単位はありそうなアイスの山だった。


「ふー。これで、完成……!」

「ペトラ、がんばったね!」

「えらいえらい!」

「この子は本当に……!」


 女たちが代わる代わるペトラの頭を撫でていく。中にはもう涙ぐんでいる女までいたくらいだ。


「あたし、スプーン取ってくる!」

「じゃあ、あたしはおっかさんを呼んでくるよ。仲間はずれにしたら後で怒られちまう」

「ん。この石は触っちゃダメ。かなり危ない」

「わかったよ」

「これがアイスね。楽しみだねぇ」

「はい、皿とスプーン持ってきたよ」


 ゾラが女たちに皿とスプーンを配り、アイスクリームの試食会が開催された。


「本当に冷たくて甘くておいしい……」

「こんなのお貴族様でも食べたことないんじゃないかい?」

「そうだね。あたしは聞いたことないよ」

「うまうま……」

「ペトラすごいね! まさか、こんなにおいしいものが作れるなんて!」

「すごい! すごい!」

「あたしゃ感動しちまったよ……」

「ありがとね、ペトラ」

「ん!」


 ペトラは花が咲いたような笑顔をみせていた。


「なんだい? この部屋ずいぶんと涼しいね」

「あ! おっかさん! ペトラがすごいんだよ!」

「そうそう! ペトラがアイスを作ってくれたんだけど、これがおいしいのなんの」

「ささ、おっかさんも食べて食べて!」

「ほら、ペトラ。おっかさんに持っていってあげて」

「ん!」


 ゾラからアイスの入った皿とスプーンを受け取ると、ペトラはおっかさんにアイスを渡しにいく。


「ペトラ、これ、あんたが作ったのかい?」

「ん! アランに教えてもらった」

「そう。精霊様にねぇ。じゃあ、いただくよ」

「ん!」


 ペトラがちょっと心配そうに見ている前で、おっかさんがアイスを頬張る。


 そして、カッと目を見開いた!


「ペトラ、こりゃ……」

「ん……?」

「美味いなんてもんじゃないよ! こんなおいしいものは初めて食べたよ!」

「ん!」

「よくやったねえ、ペトラ。よくがんばったねぇ」


 おっかさんがペトラの頭をぐりぐりと撫でる。


「がんばった」

「そうだろうとも。だってこんなにおいしいんだ。まるで天にも昇る気持ちだよ」


 おっかさんにも好評で、ペトラは自信に満ちた得意げな顔を浮かべていた。


 そうだ。オレはその顔が見たかった。


 たった数日前まで死にたいって言ってた奴の顔じゃねえぜ。


 今のペトラは輝いている!


「おかわりもーらいっ!」

「ちょっとあんた! ズルいよ!」

「あたしも貰っちまおうかねえ」

「あたしも!」

「これこれ、あたしの分も残しとくんだよ」


 その後、アイスの試食会は大盛況のうちに幕を閉じた。


 心配していた味もよかったらしく、アイスは一滴たりとも残らなかった。また折を見て作るのもいいかもしんねえな。


 ペトラもみんなに感謝されて、いつも以上にかわいがられて嬉しそうだったな。


 外は灼熱の砂漠なのに、この部屋だけ精霊クーラー付けてアイス食べてるって、文明レベルの差がハンパねえことになってるな。


 まぁどうでもいいが。


『どうだ、ペトラ? 楽しかったか?』

「ん! 楽しかった!」


 ペトラの花丸笑顔を見て、オレもなぜだか優しい気持ちになれた。


 ペトラの笑顔はプライスレスだな。お金で買えない価値があるってやつだ。


『次はアイスの進化版を作ってみるのもいいかもしれないな』

「しんか!?」

『おう! 果物なんかを入れて味を変えるんだ。美味そうだろ?』

「ん! 今食べたい!」

『さすがに今はなぁ。まぁ、近いうちに作るか』

「ん! 約束!」

『ああ』

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