第12話 美味いもん

『というわけで、今日はこれから美味いもん食べに行くぞ!』

「おー」


 貧民街に水を売りに行った後、オレたちは街のメインストリートらしい大通りを歩いていた。


 今回の目的は、ペトラに美味いもんを食べさせることだ。


 金がもう持ちきれないほど集まったからか、守銭奴のペトラもわりと簡単に頷いてくれた。このチャンスを逃す手はない。


『ペトラ、気になったもんはあるか?』

「んー……」


 いつものボロではなく、ワンピースを着たペトラが悩むように唸っていた。


『ペトラ、この辺の有名なスイーツって何だ?』

「ん? んー……」


 ペトラが首どころか体ごとかしげていた。


 まぁ、ペトラはあんまり贅沢な暮らしをしたことがねえみたいだし、すぐには浮かばんか……。


 その時、道の往来でペトラがいきなりスカート捲った。


『ちょっ!? お前、なにやってんだ!?』

「ん?」


 ペトラは人目など気にしていないように捲ったスカートで顔を拭っていた。


 ペトラはまだ子どもだ。恥ずかしいとかよりも顔が汗だらけの不快感が勝ったようだ。


『ペトラ……。道の往来でスカート捲ってんじゃねえよ……。頼むからもう止めてくれ……』

「ん?」

『はぁ……』


 よくわかってなさそうな顔をしたペトラを見て溜息が零れる。


 本当にパンツを買ってよかったぜ……。


 見ると、ペトラのおでこにはもう玉のような汗が浮かんでいた。かなり暑いらしいな。


 上を見上げるとギラギラと太陽が輝いており、あまりの暑さにか、遠くの景色が歪んで見える。


『こんな時、アイスを食うと最高なんだが……。ペトラ、アイスは売ってねえのか?』

「アイス……?」


 ペトラがまた体ごと首をかしげている。気に入ったのか? クソかわいいな。


「知らない……」

『マジかよ。あの冷たくて甘くて美味いやつだぜ? 本当に知らないのか?』

「うん……」


 こんな街だ。アイスなんて売り出したら、たちまち話題になるだろう。


 なのに知らない……。


 マジかぁ。アイスねえのかぁ……。


 ないと知ると、是が非でもペトラに食ってほしくなるな。


『ないなら作るしかねえんだが……』


 オレに作れるのか……? もやしと肉を炒めて焼き肉のタレをぶっかけたのが最高傑作のオレだぞ? アイスなんて高等なもん作れるわけが……。


『待てよ……?』


 そういや、いつだったか動画でロールアイスの作る様子を見たことがあるな。


 冷える鉄板の上で、白い液体とフルーツをかき混ぜていとも簡単にアイスを作ってやがった。もしかして、アイスって作るのって簡単なのか?


『ペトラ、アイス食いたいか?』

「ん。冷たくて甘いの食べたい!」


 いつになくハツラツと答えたペトラの瞳は期待に輝いて見えた。


『おし! んじゃあ作るぞ!』

「おー!」


 ペトラが片手を振り上げる。こんなにやる気のあるペトラは見たことがないくらいだ。


『まずは材料の調達だな』

「ん!」

『バザールに行くぞ!』

「おー!」



 ◇



 この街は砂漠のオアシスとして交通の要所になっているのか、さまざまなものが集まるみたいだ。いつもデカいトカゲに荷物を載せた商隊と呼ばれる商人たちが、砂漠を越えて街にやってくる。


 そんな奴らの露店が集まっているのがバザールだ。ここでは街にはない珍しいものも売られている。


 そのはずなんだが……。


『マジか。まさか牛がいないとはな……』

「ウシ……」


 売られているミルクはすべてヤギのもので、牛乳がなかった。当然、生クリームもない。いくら浅学のオレでも、あのロールアイスの動画に登場した白い液体の正体が普通の牛乳ではなく生クリームだってのは知ってる。


 だが、こんなことでオレは諦めたりしない。元から諦めるのことが大嫌いなオレだが、ペトラの前では絶対に諦める姿なんて見せたくはなかった。


『仕方ねえ。ヤギのミルクを買うぞ!』

「ん!」


 オレ自身、ヤギのミルクなんて飲んだことがないからどんな味になるかわからないが……。たぶんいけるだろ!


 買ったヤギミルクは強い独特な臭いを放っていたが……腐ってないよな?


「もっと買う」

『おいおい、そんなに買っても食い切れねえぞ?』


 アイスが楽しみなのかもしれないが、まだ確実にできると決まったわけでもねえし、おいしいかもわからねえ。


 やっぱり最初は少量だけ作って実験しないと……。


「ん? みんなにあげる」

『ああ……』


 そうか。ペトラは最初からみんなにあげるつもりで……。


 ペトラ一人が楽しんでくれたらいいかなと思っていた自分が恥ずかしくなるな……。


 ペトラ、体はちっこいのに、心はデケーじゃねえか!


『おし! 気を取り直して、あとは砂糖だ!』

「おー!」


 電気も車もないような世界だから、勝手に砂糖は高級品かと思っていたが、案外安く買えた。嬉しい誤算だな。


『おっしゃ! んじゃ、さっさと帰ってアイス作るぞ!』

「おー!」


 バザールで必要な物をそろえたオレたちは、娼館に向けて歩き出した。


「アイス! アイス!」


 ペトラの期待はぶち上がってるみたいだな。期待に応えられればいいんだが……。


 いや、なにをクヨクヨしてやがる! やるんだよ!

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