第10話 氷の魔法

 夜。


 オレはペトラが寝るのを待ってから、また砂漠に来ていた。精霊を吸収して、魔力を回復するためだ。


 今日は大量に使ったからな。明日は今日以上に使うかもしれねえ。デキる男は備えておくもんだ。


 どんどんと精霊を吸収していく。


 精霊たちには悪いが、オレの糧になってくれや。


『しっかし……』


 精霊って探してみると案外いるもんだな。そりゃうじゃうじゃといるわけじゃねえが、探せばすぐに見つかるくらいにはいる。


 それでいて精霊と契約した者は珍しいらしい。


 たぶん、それは精霊たちには意志が存在しないか、かなり薄いからだろう。


 まず人間と契約しようと思うほど意志がある精霊が少ないんだろうな。


 精霊ってのはどいつもこいつも寝ているように無反応だ。


『そこはオレが特殊なだけか?』


 たぶんそういうことなのだろう。


 前世の記憶があるってのも眉唾の話しかなかったしな。かなり珍しいのだと思う。


『そろそろ日が上がりそうだな』


 今夜はこのくらいにしてペトラの元に帰るか。


 オアシスの街には電気がない。だからかもしれないが、街の人間はめちゃくちゃ早寝早起きだ。たぶん、明るい時間を最大限利用しているのだろう。健康的なことこの上ねえな。


 街に戻って娼館に帰ると、ペトラは食堂の端で眠っていた。他にも食堂で寝ている女の姿も見える。


 この娼館では、個室というのは仕事部屋って感じなのだろう。


 月明かりの中、ペトラの寝顔を眺める。ここ数日の食事で少しはふっくらしてきたか? もうパン粥じゃなくて、普通の飯を食えるくらいには回復しているしな。だが、まだまだ細い。


 無駄遣いを嫌うペトラだが、菓子の一つ二つ買ってもバチはあたらないだろうに。


 今度、スイーツってやつでも食いに行ってみるか。


 きっとペトラも喜ぶに違いない。


 なんだかペトラの寝顔を見ていると、ホッとするような、安心するような、力が湧いてくるような、なんだかへんな感じがした。



 ◇



 そうして朝が来る。


 日が登って少しすると、娼館も忙しくなる。客を送り出すと、女たちが次々と食堂に姿を現した。中には際どい格好をした女もいて、オレとしては目のやり場に困る時間だ。


 この頃になるとペトラも起きて、女たちと一緒に朝食を取るのだが、今日は少し様子が違った。


 ガラの悪い男の怒声が聞こえてきたと思ったら、女の悲鳴も聞こえてくる。


 なんか厄介ごとか?


 そうこうしているうちに、一人の女がおっかさんたちに食堂に運ばれてきた。


「ちくしょう、あの野郎……!」

「必ず払わせるから安心しな!」

「どうしたんだい?」

「それが、客が金も払わずに逃げようとして!」

「ええ!?」


 運ばれてきたのは、左目のところを紫色に腫らした女だった。


「おっかさん、ごめんよ……」

「あんたはなんも悪くないよ! 必ず男には罰を与えてやるからね!」


 女を運んできたおっかさんが、取って返すように部屋を出ていく。


「あんた、大丈夫かい?」

「たぶん……」

「水で冷やさないと」


 残されたのは左目を紫色に腫らした女と彼女を心配するように看病している。


 ペトラも心配そうな顔を浮かべて看病に加わろうとしていた。


 水で濡れた布で冷やしているようだが、氷の方がいいよな。


 オレが氷の精霊なら氷を出せたんだが……。ん?


 その時、なぜかオレは氷を出せる確信があった。たぶん、精霊としての本能がオレに教えてくれたんだ。オレは氷を出せる。


「アラン、大丈夫かな……?」


 心配そうに泣きそうな声を出すペトラを見て、オレは決心した。


『やってみるか……!』


 氷をイメージして水を出すようにすると、ゴトリッと拳大の氷が床に落ちた。


 成功だ!


『ペトラ、氷を使って目を冷やしてやれ。布で包んでな』

「ん!」


 ペトラが氷を大事そうに両手で持つと、横になった女の方へと氷を差し出した。


「これ、使って!」

「これって? 氷!?」

「なんでそんなもんがここに?」

「アランが、出した」

「精霊様が!?」

「すごい! すごいよ!」


 横になった女の左目を覆う布を一度退けると、痛々しい紫色に腫れた瞼が姿を現す。そして氷を布で包むと、女の左目に当てた。


「冷たくて気持ちいい……」

「そのまま横になってな」

「ありがとう、ペトラ」

「ん。早くよくなって……」


 ペトラと女たちのやり取りを見ながら、オレは考える。


 オレは水の精霊のはずだ。水の温度を少しくらい変えられるが、氷は創れないはずだ。そのはずだ。オレの中に刻まれている精霊としての常識がそう言っている。


 だが、オレは現に氷を生み出してみせた。


 これはいったいどんなカラクリだ?


『もしかすると……』


 もしかすると、オレが他の精霊を吸収したせいか?


 オレの吸収した精霊の中には、氷の精霊がいたのだろう。氷の精霊を吸収したから氷の魔法も使えるようになったとしたら?


 オレは今度は火をイメージしながら魔力を操る。


 すると、今度はオレの目の前に小さな火の玉が出現した。


『なるほど……』


 他の精霊を吸収する理由が増えたな。

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