第9話 訪問販売
「すげえ……! これは夢か? 水が宙から降り注いでいる……!」
「精霊様の力」
「精霊様ってすげえんだな……。こいつはたまげるね」
料理には水を使うからか、厨房には大きな水瓶が二つもあった。二つとも水を満杯にするのにバケツで十回もかかった。入ったバケツの水を水瓶に移すのは重労働だと思うのだが、男は笑顔を浮かべながらせっせと水を水瓶に移していた。
『全部でバケツ十杯だな。ペトラ、いくらになるかわかるか?』
「えっと……」
ペトラが指を折りながら数えていく。
「銀貨五枚……?」
『正解だ』
「銀貨五枚だな。本当にそれだけでいいのか?」
「ん。いい」
「清貧な聖女様に感謝だ! 今度、ぜひ店に寄ってくれ。ご馳走するぜ」
「ん」
「本当に助かった。今の領主様に代わって水の値上がりがあってよ。仕方ないからメニューの値段を上げたんだが、みんな貧乏になっちまったみたいで全然売れなくてよ。でも、聖女様のおかげでメニューの値段を戻せる。そしたら、みんな戻ってくるよな」
そんな簡単な話じゃない気がするが、まぁ、値段が下がれば食いにくる奴も増えるだろう。
男から報酬の銀貨五枚を受け取ると、ペトラと一緒に店を出た。
「聖女様万歳! また来てくれよなー!」
『騒がしい男だったな』
「ん……」
店を出たオレたちは、そのまま街を散歩していた。
『ふむ……』
精霊たちを吸収したから、オレの魔力には余裕がある。
それに男からはいい情報を得た。
『飲食店をターゲットにするのはいいかもしれねえな』
料理には当然だが水を使う。その水が高騰したから、メニューの値段も上げなくちゃならなかったと言っていた。それはなにもさっきの男の店だけの話じゃないだろう。
料理店に水を売るのはいい手だと思った。それに、まとまった量の水を買ってくれるのもいい。
『ペトラはなにか欲しいものはないのか?』
「ない」
なんとも、ぶつ切りな返事だな。ペトラはお金を使うのを嫌がるからな……。
なにか欲しいものがあるなら、それに向かってがんばって稼ぐって方法でペトラのやる気を出そうと思ったのだが、この手は使えないらしい。
『ん?』
その時、ペトラの頭の上に乗っていたオレは、ペトラがどんどんと貧民街に向かっているのがわかった。
『貧民街に用でもあるのか?』
「ん」
あんまりペトラには貧民街に寄ってほしくないんだがな……。なにか忘れものか?
すると、ペトラは一軒のボロい家の扉をノックした。
知り合いでもいるのか?
「なんだい?」
中から顔を出したのはしわくちゃのババアだった。
「水売る」
「水の押し売りかい? 間に合ってるよ!」
「バケツで銅貨八枚」
ドアを閉めようとした老婆だが、続くペトラの言葉に固まる。
「本当かい? バケツに細工でもしてるんじゃないだろうね?」
「してない。バケツ持ってきて」
一度ドアが閉じられるが、老婆は半信半疑の態度でバケツを持って再び現れた。
「アラン、お願い」
『ああ』
「ひええええええええええええええ!?」
オレがバケツに水を注ぐと、老婆が気の狂ったような声を出す。
「どどど、どうなってるんだい!? 宙から水が……!?」
「精霊様と契約した」
「なんてこったい! そんなことありえるのかい!?」
「銅貨八枚」
「払う! 払うからもう三杯おくれ!」
この機会を逃すものかと老婆は大量に買った。そしてちゃんと銀貨二枚を払った。
「また今度来とくれよ」
「ん」
初めの険悪な態度はなんだったのか。そう思うくらい老婆はニコニコだった。
『ペトラ、さっきのは知り合いだったのか?』
それにしちゃあ、相手の態度が悪かったが……。
「違う。知らない人」
『あん? 知らない人なのか?』
ペトラはなにをしてるんだ?
そう思っていると、ペトラはさっきの老婆の隣の家のドアを叩いた。
「誰だ?」
今度は男の声だ。ドアも開けずにご挨拶だな。
「水、売る。バケツで銅貨八枚」
「……嘘を吐くならもっとマシな嘘を吐け。消えろ!」
男は一瞬考えたようだが、嘘だと判断したようだ。
「また来る」
「二度と来るな!」
その後もペトラは貧民街の家のドアを叩いて水の訪問販売を続けた。
買う者もいれば、さっきの男のように出てもこない者もいた。
それでも、ペトラはめげずに訪問販売を続けた。
『ペトラ、お前はなにがしたいんだ?』
「困ってる……」
『あん?』
「ここの人が一番困ってる……」
『そりゃ貧民街だからな……。ペトラはここの奴らを助けたいのか?』
「ん。ダメ……?」
『ダメじゃねえよ! いいじゃねえか! おい、次の家に行くぞ!』
「ん!」
そうしてオレたちは夕方になるまで水の訪問販売を続けた。路上で生活している者にも水を売った。どうしても金がない者には無償で与えた。
ペトラを拝む奴もいれば、罵倒する奴もいた。
でも、ペトラは諦めなかった。
実に子どもっぽい正義感だと言う奴もいるかもしれない。偽善者と罵る奴もいるだろう。だが、オレにはペトラがとても誇らしかった。
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