第8話 洗濯
娼館の裏庭にあたるスペース。物干し竿が並び、ここが洗濯スペースだということがわかる。
『ペトラ、大きな桶を借りてこい』
「ん」
娼館に帰ってきたオレたちはさっそく服を洗うことにした。中古品の服だしな。ついでにペトラの今着てるボロも洗っちまおう。あんなボロでも部屋着にすりゃいいだろう。服は思ったよりも高かったからな。ボロでも大事に扱おう。
「持ってきた」
『よし、ここに置くんだ。ペトラ、洗剤はあるか?』
「? ない」
『ないのかよ……。まぁ、水洗いでもそれなりに綺麗になるか』
洗濯機なんてあるわけないしなぁ。手洗いというか、ペトラに洗濯物を踏んで洗ってもらうか。ついでにペトラも洗っちまおう。
オレは桶に水を入れていく。
『ペトラ、服をこの中に入れろ。今着てる服も入れちまえ』
「ん」
ペトラが勢い良く服を脱ぎ、すっぽんぽんになった。
『まずはペトラから洗うか。ペトラ、今からシャワーするから自分の体を洗うんだぞ?』
「しゃわー?」
ペトラの頭上からぬるま湯をシャワーのように振りかける。
「おー! 雨みたい」
『感心してないでさっさと体洗え。ちゃんと脇や股も洗うんだぞ』
「ん!」
土埃に汚れていたのか、ペトラは想像以上に汚れていた。お湯が足に落ちる頃には茶色に濁っているくらいだ。
『しっかり洗えよー』
「んー」
ペトラは気持ちよさそうに目を閉じて、手で体を擦っていく。
そして、ある程度ペトラが綺麗になったら、次は洗濯だ。
『ペトラ、服を踏んで洗うんだ』
「踏んでいいの?」
『ああ。ペトラの腕で洗濯板は無理だろうからな』
ペトラが大きなタライの中に入って、足で踏んずけて洗っていく。今日買った服はあんまり汚れていなかったが、ボロはかなり汚れていた。すぐにタライのお湯が真っ黒になってしまった。
『一度お湯を捨ててもう一回洗うか』
「すてちゃうの?」
『こんな汚れたお湯なんか使い道が無いからなぁ』
「ん……」
そんなこんなで洗濯が終わったわけだが……。
「それでペトラはパンツ一丁なんだ?」
「ん……」
「バカだねえ。服全部洗ったらそうなるよ」
ですよねー……。
オレたちは後先考えずにすべての服を洗濯してしまった。なのでペトラが着る服がない。やっちまったなぁ……。
「これでも羽織ってな。こんなのでもないよりマシだろ?」
そう言って一人の女が薄手の服を脱いでペトラの肩に乗せてくれた。
しかし、そのせいでこんどは女がパンツ一丁なんだが……? 目のやり場に困る。
「今度はあんたがパンツ一丁じゃないか」
「あたしはいいんだよ、暑がりだしね」
すげえなおっぱいってあんなに揺れるんだ……。
◇
気温が高いからか、幸いペトラの服はすぐに乾いた。
今のペトラは新しく買ったワンピースを着て、格段に見た目がよくなった。
「似合ってる?」
『ああ、よく似合ってるぞ。あのボロは部屋着にでもして、今度から外に行く時は新しい服にするんだな』
「ん!」
「かわいいわよ、ペトラ」
「かわいいかわいい!」
「いいじゃない!」
女たちにもペトラの新しい服は好評なようだ。ペトラは調子に乗ってその場で一回転したりしていた。
その時、娼婦の女たちからおっかさんと呼ばれている肝っ玉母さんが奥から現れた。
「ペトラ、あんた水を売りに行くのかい?」
「ん」
「そうかい。あんたさえよかったらだけどね、ちょっと行ってほしいところがあるんだよ」
「ん?」
「娼館に料理を運んでくれる店の大将がね、水不足で困っちまってるみたいなのさ。できれば安く売ってやっちゃあくれないかね?」
「んー……」
ペトラは迷ったような顔をしてオレを見上げた。
『せっかく客を紹介してくれたんだ。行くぞ、ペトラ』
「ん! 行ってくる」
「そうかい。ありがとう、ペトラ」
「いい」
そうしてオレたちは娼館を出ると、近くにある飲食店らしき店の前にやってきた。
『この店で合ってるのか?』
「ん。昔、ママと食べに来た」
『そうか……。んじゃ、入るぞ』
「ん」
店の中に入ると、昼過ぎという時間帯のせいか客が一人もいなかった。
「ん? 嬢ちゃん見覚えあるな。もしかして、嬢ちゃんがおっかさんの言ってた精霊様と契約したって子かい?」
「ん」
ペトラが頷くと、店の主らしい男が奥の厨房から出てきた。
それにしても、あの肝っ玉母さん、店の外でもおっかさんって呼ばれてるのか。まぁ、そう呼びたくなる気持ちはわかるが。
男はしゃがんでペトラと目線を合わせると、コソコソと話し出す。
「普通よりも安い値段で水を売ってくれるってのも本当か?」
「ん」
ペトラが頷くと、男は立ち上がった。
「こっちに来てくれ。こっちにバケツと水瓶があるんだ」
「ん」
厨房に入ると料理中だったのか、いい匂いがした。
そういや、精霊って飯食えるのか?
「ここにバケツがある。バケツ一杯でいくらだ?」
「ん。銅貨八枚」
「半額かよ……。すげえな! じゃ、じゃあ、この水瓶がいっぱいになるまで水をくれ!」
「アラン、お願い」
『おう!』
オレは零れないようにバケツに水を注いでいくのだった。
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