第2話 少女との契約
自分の存在が希薄になっていくのを感じる。
精霊に転生したからか、オレは精霊がどんな生き物なのかなんとなくわかった。
精霊は意思のある魔力の塊だ。
魔法を使えば、その分、自分の存在が薄くなっていく。
だが知ったこっちゃない。オレが、この少女を助けると決めたんだ。自分の決定に嘘は吐きたくねえ。
少女は水をたらふく飲むと、ゆっくりと体を起こした。
そして、不思議そうな顔で周りを見渡している。
そうだった。普通の人間には精霊の姿は見えないんだったか……。
どうしたものか。
そう考えていると、精霊としての本能が『契約』と囁く。
契約。なんでも精霊と人間は契約ができるらしい。そしたら、この少女にオレの存在が見えるようになるようだ。
『そうだな……』
オレは少女を見下ろす。痩せた細い体。水も満足に手に入れられなかったことから考えても、このまま少女の元を去ったら、少女はまた死にかけるだろう。
それじゃあ助けた意味がない。最後まで面倒見れなきゃ、助けるべきじゃない。
中途半端に手を出すのは、偽善者よりも質が悪い。
『契約するか』
オレの心は一瞬で決まった。
少女の額に尻尾をくっ付けると、一瞬で契約は終わった。
『これで見えるか?』
「えっ!?」
少女は急に目の前に現れたオレに驚いているようだった。
『オレの声が聞こえるか? 言葉わかるか?』
少女はコクコクと頷いた。
「せいれいさま……?」
『ああ、そうだ。お前、名前は?』
「ペトラ……」
『オレの名前は……。死んでまで前世の名前にこだわる必要もねえか。適当な名前くれねえか?』
「名前……?」
少女はぼんやりとした顔で考え、呟くように言う。
「アラン……?」
『じゃあ、アランでいい。オレはこれからアランだ。よろしくな』
「うん……。え? なんでペトラ精霊様が見えるの……?」
『それはオレがお前と契約したからだ』
「けいやく……。ペトラが、精霊様と……」
なんか反応の鈍いガキだな。それに、ぼんやりとした表情のままだし、夢だとでも思っているのかね?
なんか腹立つんだよなあ。
「ねえ、アラン。……ペトラも死んだら精霊様になれるかな……?」
『あん? そんなこと死んでみねえとわかんねえよ』
「そっか……。じゃあ、もうすぐわかるね……」
『あ?』
そうか。違う。こいつの顔。これはぼんやりした顔じゃねえ。もう生きるのを諦めた顔だ。だから腹が立つんだ。
オレが助けるって決めたんだぞ? お前には嫌でも助かってもらう。
『よし、決めた! ペトラ、お前にはしわくちゃのババアになるまで生きてもらうぞ! んで、幸せな人生だったって言わせてやる! これは絶対だ!』
「……無理だよ。だってペトラ……」
『うるせえ。いいか? 人間本気になりゃ無理なんてことはねえ! ペトラ、お前だって本当は生きたいんだろ? 生きたいって言えコラ』
「もういいの……。ペトラもう疲れちゃった。ママに会いたい……」
『死んだらママに会えないじゃねえか……ん?』
そうだよな。普通こんな小さい子どもなら親がいるはずだ。親はなにしてるんだ?
もしかしなくても、親も死んでるのか?
マジかよ。
『ペトラ、お前、親はどうした? 死んじまったのか?』
ペトラはコクリと頷いた。
『じゃあ、オレと同じだな』
「……え?」
『オレもガキの頃親が死んじまった。六歳の時だった。ちょうどペトラくらいの年だな』
「そう……」
『オレも死んだが、親には会えなかったぞ? まぁオレの場合は会いたくもなかったからちょうどいいが。ペトラ、死んだってママには会えねえ。諦めて生きろ。生きるって言え』
「でも……」
『なんだよ? まだ死にてえのか? めんどくせえ奴だな』
「ペトラもうお金持ってない……。小っちゃいから誰もペトラなんて買ってくれない……」
『じゃあ、別の商売でも考えるんだな。ていうか、その年で売りなんてしようとしてるんじゃねえよ』
「でも……。ペトラこれしか知らない……」
まったく、この街はどうなってんだかな。こんな小さい子が死にかけてるのに誰も見向きもしないし、その子どもは売りしか商売を知らないときてる。
いや、逆かもしんねえな。日本が平和過ぎるのか。外人に平和ボケしてるなんて言われるのもわかるわな。
『その体じゃ売りも力仕事も無理だな』
「さっき本気になれば無理なんてないって……」
『うるせえよ。物の例えだ』
「えぇ……」
ペトラが困惑したような顔をしているが、知ったこっちゃない。オレは揚げ足取りをする奴が嫌いなんだ。
『それよりペトラ、なにか売れそうな物とかないか? オレも協力するからよ。一緒に考えようぜ』
「……水?」
『水? 水なんてあっちの池に腐るほどあるぞ? そんなもの売れないだろ』
「水汲むのにお金かかる……」
『ふむ……?』
そういや、街の外は砂漠だったな。ここはオアシスみたいなものか?
水が貴重品だとしたら、そりゃ商売になるな。
しかも水を汲むのに金がかかるとなれば、それより少し安い価格で売ればたちまち売れることになるだろう。さながら脱法水ってところか?
いいね。とくに脱法ってところがいい。
『よし決まりだ。水を売るぞ!』
「えぇ……」
『ペトラ、お前が言ったんだろ? 金があれば好きなだけ美味い物が食えるぞ?』
「がんばる……」
ペトラはもう死を待つだけの無気力な顔をしていなかった。オレにはそれがなんだか無性に嬉しかったんだ。
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