【精霊転生】~水の精霊に転生したヤンキーのオレが、砂漠の街で孤児の少女を拾って水屋で一発当てる話~

くーねるでぶる(戒め)

第1話 悪の流儀

 オレは悪だ。


 どう考えても善人じゃねえし、自分を正義と信じて疑わねえ他人を否定するような善人まがいどもと一緒になるなんて反吐が出る。


 だから、オレは自分を悪人だと定義する。


 だが、そんなオレにも悪の美学ってやつがあるんだ。


 悪人なオレの行動原理といってもいい。


 悪人も自分なりの美意識、価値観を持っているってやつだな。


 だから、こうなったのも自業自得。あんたのせいじゃない。


 すべてはオレが決断し、オレが未来を決めたんだ。


 だから、あんたが泣く必要は無い。謝る必要も無い。世の中から悪人が一人消えるだけ。ただそれだけだからな。


 目が見えないのだろう。十歳ぐらいの少女は白い杖を放り出して、オレの頭を抱えて泣いていた。


 近くにはオレを撥ねた大型トラック。遠くからはサイレンの音が聞こえていた。


 まぁ、こんな終わりも悪くない。


 だが、オレの時間にはまだ続きがあったらしい。ふよふよとした水に浮かぶような感覚。


『あ?』


 気が付くと、オレは水面を見ていた。静かに湛えられた水は、まるで鏡のようにオレの姿を映し出す。


 お饅頭に猫耳と猫尻尾を付けたようなへんてこな姿。それがオレの姿だった。


『なんだこれ? 夢か?』


 だが、一向に夢が覚める気配はなく、太陽はゆっくりと傾いていくのだった。



 ◇



 認めよう。オレは精霊というやつになった……らしい。精霊として転生? したようだ。転生ってなんだよ? 殺すぞ?


 まず、ここどこだよ?


 ふよふよと慣れない体を動かして宙を泳ぐ。


 池の畔には、石造りの建物が見える。その向こうに見えるのはどこまでも続く黄色い砂の砂漠だ。


『どこだよ、ここ? 鳥取か?』


 それにしちゃあ建物が日本ぽくない。というか、そもそも日本には精霊なんていないだろ! いい加減にしろ!


 そのままふよふよと池を出て建物に近づいていくと、外人がたくさん歩いている。アラブ人みたいな茶色い肌をした見た目だ。ご機嫌にターバンなんて捲いてやがる。


「そこの旦那! コーヒーはどうだい? 菓子も付けるよ?」

「有意義な商売だった。あんたんとこはいつ旅立つんだ?」

「おいガキども! さっさと荷物を運ばないか!」

「やーい! お前んち、おっばけやーしきー!」


 なぜか外人たちがなにを言っているかわかるな?


 なんでだ?


 オレはアラビア語どころか英語すらわかんねえぞ?


 だが、言葉が通じるなら話が早い。


『もしもし? おたく日本語いけるの?』

「安いよ安いよー! おいしいコーヒーはいかがかねー?」


 だが、アラビア人みたいな店主はまるでオレのことが見えていないみたいに無反応だった。目の前で尻尾を振ってみても反応が無い。ぶん殴りたい。


 しかし、尻尾でべしべし叩いてみても、まるで無反応だ。ムカつくな。なんだこいつは!?


『チッ。つまんねえ』


 よく見ると、道行く人々もこんな珍妙な生き物が宙に浮いているというのにまるで反応が無い。


 もしかしなくても、オレが見えてないのか? なんだか幽霊にでもなったみたいで気味がわりい。


 まぁ、オレは一度死んでるんだがな。幽霊みたいというのもあながち間違いじゃねえか。


 オレはコーヒー屋のオヤジや、道行く人々への興味を失くし、この池の周りにできた街を散策し始めた。


『やっぱどこにでも貧富の差ってやつがあるよなあ』


 街を見回って気が付いたことは、池の周りは富裕層の建物が多いってことだ。建物の中にも入ったが、もう見るからに立派だったな。でけえ絨毯とか敷いてあるしよ。


 そして、池から離れるごとにどんどんと建物や生活の質が落ちていく。人間の服装も露骨に変わってきたからわかりやすい。


 今オレがいるのは、おそらく貧困層の住処なのだろう。埃っぽい臭いもするし、ものが腐ったような臭いもする。活気というものがまるでなく、人間も痩せているな。


『ん?』


 その時、目に入ったのは、最初ゴミかと思った。だがよく見ると微かに上下しているし、骨のように細い手足が伸びていた。人間だ。それも小さい子どもだ。


 たぶん女の子だろう。肩口に切られた白い髪の毛の褐色肌の少女だった。その微かに開いた瞼からは青い瞳を覗かせ、口はなにかを求めるように半開きだった。


 死の気配を濃厚に漂わせている少女だった。


『おいおいおい、そりゃねえだろ?』


 周りを見渡すが、誰も少女を助けようともしない。当たり前だ。ここの住人にそんな余裕なんてない。


 だが、こんな小さな子どもが見捨てられてていいのかよ!?


『そりゃよくねえよな』


 それに、盲目の少女を交通事故から救ったのに、ここでこの少女を見捨てるというのはオレの悪の美学に反する。それじゃあ釣り合いがとれねえ。


『まぁ、しゃあねえわな。とはいえ……』


 今のオレになにができるだろうか? このケッタイな体でなにができるってんだ?


『まずは……』


 オレは少女をよく見る。骨のように細い手足に頬のこけた顔。栄養失調ってやつか? だが、本当にそれだけか?


 さらによく少女を観察すると、この暑い環境で汗一つもかいていないことがわかった。


 脱水症状と栄養失調のダブルパンチか?


 栄養失調はどうしようもできねえが、水ならなんとかなる。


『やるか……』


 オレは静かに覚悟を決めた。


 オレは少女の口元に触れると、水を生成する。オレは水の精霊ってやつらしいからな。こんなのは朝飯前だ。


 少女の喉がゆっくりと水を飲み込むのを確認した。少女は驚いたように目を見開いて、そのままもっともっととせがむように水を飲んでいく。


 オレはその様子をなぜかホッとするような気持ちで見ていた。

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