第3話 水で当てる

『なあペトラ? 水を売るのはいいが、陰でひっそりと売るぞ』

「……なんで?」

『その方がロマンがある』


 ペトラが不審そうにオレを見ている。なんだか心外な気分だ。


『いいか、ペトラ? あの池の水を汲むのに金がかかる。ここまでは合ってるな?』

「うん……」

『ってことはだ。水を売って儲けてるのはオレたちだけじゃねえってことだ。オレたちは、あっちよりも少しだけ安い価格で水を売るつもりだ。すると、どうなる?』

「みんなペトラたちから水を買う……?」

『そうだ。そしたら、今水を売って儲けている奴は損をすることになる。これはわかるか?』

「みんな領主様から水を買わなくなるから……?」


 水を独占してるのって領主かよ。みみっちいことを考える奴だな。もしくは税金代わりなのかね。でも、そのおかげでペトラが死にかけたのは事実だ。裕福な者にとっては大した額じゃなくても、ペトラみたいな貧民にとっては死に直結する大問題だな。


 まずは貧民たちに水を売るのがいいのかもしれねえな。


『まぁ、そうなる。そうすると、その領主って奴が怒ると思わないか?』

「……思う」


 ペトラがブルリと体を震わした。よっぽどその領主が怖いらしいな。


『だから、内緒でこっそり売るんだ。わかったか?』

「うん……」

『よし。んじゃあ、ペトラ、立てるか?』

「ん……」


 ペトラが背中を後ろのボロボロの家に擦りつけるようにして立ち上がった。その足はまるで生まれたての小鹿のようにぷるぷる震えている。こりゃ歩き回るのは無理だな。


『はぁ、ペトラ座っていいぞ』

「えぇ……」


 せっかく立ったのにすぐに座ると思わなかったのだろう。ペトラが嫌そうな顔を浮かべていた。それでも体は正直なのか、すぐにペタンと地面に座った。


『まずは敵情視察だが、これはオレがしてくる。ペトラは水が売れそうな貧民を思い出しておいてくれ。ちゃんと金が払えそうな奴だぞ?』

「うん……」


 ペトラが頷くのを確認したオレは、ふよふよと飛びながら街の中心にある池を目指した。


 まずは今の水の価格を知らないとな。


 池の周りをふよふよと飛んでいると、ペトラのよりも上等だがボロの服を着た大男が大きめのバケツを二つ持って現れた。大男の後ろには、マシな服を着た女の姿もある。


 大男が池に近づくと、今度は槍を持った男が寄ってきた。


「水だな? 何杯持っていく?」

「バケツに二杯です」

「では、銀貨二枚だ」


 下僕らしい大男が答えると、槍を持った男が手を差し出す。


「銅貨でかまいませんか?」

「ああ」


 そして、大男の後ろにいた女が、槍を持った男に茶色の硬貨を何枚か渡した。


「よし、全部で三十二枚ちょうどだ。水を汲んでもいいぞ」

「ありがとうございます」


 えーっと……。槍男が銀貨二枚を要求したってことは、一つのバケツに水を汲むのは銀貨一枚になるのか。


 んで、女は銀貨二枚を要求した槍男に銅貨を三十二枚払った。ってことは、銀貨一枚が銅貨十六枚か。半端な数で覚えにくいな。


 その後もふよふよと槍男の後をついていくと、槍男はその後も池の水を汲む人間から金を徴収していた。


 それによると、ビールジョッキのようなコップ一杯で銅貨四枚。バケツで銀貨一枚で水が取引されているようだった。


 そして、銀貨一枚で銅貨十六枚というのも同じだった。


 水の価格がわかった後は、食べ物の値段についても調べていく。簡単な屋台料理だと、銅貨一枚から二枚。ちゃんと食べようと思えば銅貨五枚くらいかかるのがわかった。


 水、高くね? 他に競争相手がいないから高めに設定しているのか?


 随分と高い水道代だな。日本じゃ考えられねえ。だが人間、生きるためには水が必要だ。高くても買わざるを得ないのだろう。オレは会ったこともない領主の奴が異常にムカついてきた。


 臭い貧民街に戻ると、ペトラは同じ場所に座っていた。どうでもいいが、ペトラの服を早めになんとかしないとな。せめてパンツくらいは穿かせてやりたいところだ。


『足を閉じろ、ペトラ。みっともねえ』

「おかえり……」

『調べてきたぞ? 水の値段と、だいたいの飯の値段がわかった。水はジョッキで銅貨四枚。バケツで銀貨一枚だ。飯を食うにはそうだな、ペトラくらいだと一回で銅貨三枚くらいでお腹いっぱいになるんじゃねえか?』

「銅貨三枚なんて贅沢……」

『まぁ、なにを食うかはペトラに任せる。んで? ペトラは水の売れそうな場所思い付いたか?』

「うん……」

『どこだ? 立って案内できるか?』

「がんばる……」


 ふらふらと立ち上がったペトラは、そのままふらふらと歩き出した。どう見ても体力の限界だな。早めに物を食わせないと危ない気がする。


 ふらふらのペトラ。その表情は苦しそうだが、その青い目だけは輝いているように見えた。


「こっち……」

『ああ。ってここは……?』


 そこは猥雑さを含んだ活気のある場所だった。薄着の女たちが道行く男たちを誘惑している。


 俺の見間違いじゃなきゃ、色町のように見えるんだが……?


「ここ……」


 だが、ペトラは臆することなく色町の裏路地に入っていく。


 そこはもしかしなくても娼館の裏口だった。

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