早世した幼馴染の遺品整理をする話

 ラムネ瓶から取りだした無色透明のつまらないビー玉。それを後生大事にするような男だった。


 飲むときに瓶の中でカラコロと音を立てていたガラス玉も、チープなプラスチックの蓋を外してやれば素直に転がり落ちてくる。たったこれだけのことを興奮した様子で褒めたたえ、「なっちゃんはすごいねぇ」と眉をへにゃりと下げて笑う。喜びで思わず合わせたのだろう手は、まるで季節外れの紅葉のようで。たった数ヶ月しか齢の変わらない僕を、彼は友とも兄ともいうように慕ってくれていた。

 嫌味なほど晴れた青空の下。水道水で洗ったばかりのガラス玉は纏う水滴とともに真夏の日差しを浴びて輝く。逆さに写る景色は丸く歪み、非日常への入り口にさえ感じられた。ただの見慣れた平々凡々な田園風景だというのに。いっそこの何もかもが反転した世界に飛び込んでしまいたい。そうして今このときを、僕と彼とを楽しい日常ごと閉じ込めてしまえたら、どんなに良いことか。

 僕はそんなくだらない考えを払拭すべく、残り少ないペットボトルの麦茶を一気に飲み干した。だるような暑さの中でひと筋ふた筋と汗がこめかみを伝う。

 その隣で、彼の涼やかな瞳はいつまでも飽きずにガラス越しの世界を眺めていた。


 幼馴染なのだから他にも山ほど思い出はあるだろうに、どうしてこんなくだらないことが僕の脳を支配しているのか。考えるまでもない。些末な日々の欠片を詰めこんだらしい、この古びた缶のせいだろう。

 クッキーが収められていた青色の缶は、その余生を宝箱として過ごしたようだ。

 小学生のとき公民館のイベントで作った乳白色の勾玉。僕の妹に付き合わされて一緒に編んだカラフルなビーズのブレスレット。夏休みに遊びに出かけた海で拾った大きな貝がら。修学旅行で買ったお揃いのキーホルダー。当時流行っていたマスコットキャラクターの指人形。それらの隙間に転がるガラス玉。

 視界が歪み震えたとき、僕もまた、無色透明のつまらないビー玉を後生大事にする性分だったのだと気づいた。例え手元に無くとも、間違いなくそれを心の一番やわらかいところに仕舞い込んでいたのだ。


 永遠とまごう夏至の太陽もいずれは沈む。自由で無邪気な子ども時代も、ずっとこの日々が続けばいいと願ったところで足早に過ぎ去ってしまう。

 生前、最後に会ったのは上京する僕を見送りに来たときだったか。そのときの彼は、やはり眉をへにゃりと下げて笑っていた。

 ――身体に気をつけてね、無理しちゃだめだよ。

 このとき彼の胸中は、やはり寂しさだとか名残惜しさに満ちていたのだろうか。そうだったらいいな、と今さらになって思う。けれども当時の僕はそれらすべてを見て見ぬふりをして、自分の心にくすぶる未練に蓋をした。この狭い集落で一生を終えるという選択肢など考えられなかったのだ。

 地縁と血縁とに縛りつけられ家業を継ぐ彼と、やすやすと地元を捨ててしまった僕。道をたがえても今生の別れではないと高を括っていた。帰省かえればいつでも会えるなんて慢心でしかない。

 こんなに早く別れが来るのなら、あの日、無理矢理にでも手を引いて連れ去ってしまえばよかった。彼を置いて一人で行くんじゃなかったという後悔が今になって心を蝕む。彼がどう思っていたにせよ、僕の身勝手な逃避行に巻きこんでしまえばよかった。


 嫌味なほど晴れた夏の夕暮れ。虚しいヒグラシの声が鼓膜を震わせる。僕の隣にはもう誰もいない。僕の手の中で無色透明のビー玉だけがあの日の輝きを宿していた。

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