人間初心者が通勤電車に乗る話

 人間初心者すぎて雨の日に電車に乗り合わせた人たちのこと偉いなァって思っちゃった。悪天候なのにこんなに学校や仕事に行く人がいるんだ。みんな偉すぎない? 毎日くり返している側にとっては当たり前かもしれないけど、めちゃくちゃ新鮮な光景として目ん玉に飛び込んでくる。もしかしたら雨の日マジックというものかもしれない。知らんけど。

 空席がない程度には混雑した列車内でみんなそれぞれ思い思いに過ごしてる。上品な黒い服を着こんだ人はどこか緊張した面持ちで座ってるし、大きなカバンを足元に置いた坊主頭は腕組みしたまま眠ってる。制服に身を包んだ女子は話に花を咲かせる。たぶん箸が転げてもおかしい年頃ってのはこういうこと。つり革につかまってるのは長靴を履いたかしこヒューマン。足元の防御力を上げる工夫はすばらしい。それ以外のたいていの人間は手元に視線を落として真剣に、もしくはダルそうに画面を眺めている。

 列車の窓を叩く雨の音が、ロングシートに座る私の背筋をゾワゾワと這い登る。どうにも聞き慣れなくて落ち着かない。水は苦手だ。なにもこんな日に出かけなくたっていいじゃないか。こんな日でも通常侵攻なみんなが特別偉いだけで、わたしもちょっとは偉くなくもなくもなくもない気がしなくもないよ。たぶんね。

 ターミナル駅が近づくにつれて乗ってくる人も増えてきた。きちんと畳んだビニール傘を杖に、大きな鞄を前に抱え、きちんと秩序だった趣で。みんな同じように頭が上に、手足は二本ずつ、その二本足で立って。びっくりするくらいお揃いで勢揃い。ちょっと難しく言うなら、過度に画一化された生きものが互いの領分を保ちつつ共生している。フカシンジョーヤクだ、フカシンジョーヤク。そこまでできるなら雨の日に外出しなくていい何らかの方法も思いつけるんじゃないの。その大きく進化した脳みそでさ。欝陶しい天候を享受する姿は賢いのか愚かなのか最早わからなくなってきた。いったい何なんだこの生きもの。

 相も変わらずどしゃぶりの雨の中を列車は進んでゆく。たくさんの人間たちと一緒にわたしも列車に揺られる。目的地まであと二駅。この安全な箱から飛び出す時間が迫っていると思うと憂鬱だ。不可思議生物にいい塩梅に擬態するのも難しいし。

 なんだか今さら心配になってきた。わたしはちゃんと人間社会に溶けこめてるかな。大丈夫そ?

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