生首と義姉とお茶会する少女の話

 ――桜の木の下には死体が埋まっている。

 そんな物騒なことを言いだしたのはいったい誰だったか。今考えても仕方のないことを頭の隅に抱えながら、わたしは桜の木を眺めていた。庭の主役たる桜は爛漫らんまんと咲き誇り、風に吹かれるとたわわに実る果実のように重たげに揺れる。真っ青な春空に映える濃い桃色を見ていると、晴々しい気持ちになるはずなのに。それなのに、わたしの心にはどうしても陰鬱な影が落ちる。またこの季節が巡ってきてしまった、と。

 麗らかな陽気の中で、いっそすべてが夢であったらよかったのにと思う。本当のわたしは眠っていて、起伏のない平坦な人生を歩んでいる最中かもしれない。優しい父母との三人暮らし。兄は婿養子へ行ってしまったけど時々遊んでくれて、義姉 あね は美しく聡明でわたしの憧れ。学校帰りに友だちと遊んだり、休日にひとり気ままにお出かけもする、自由で普通の高校生――。

「今年もきれいに咲いたでしょう」

 義姉の言葉がわたしを現実に引き戻す。

 わたしは「……ええ、とても」と返事をするのが精いっぱいだった。

 優美な茶器を手にした義姉は手際よく準備を進める。やはりわたしは、その様子をただ見ていることしかできなかった。紅茶を淹れる白魚の指先、うつむきがちな顔にかかる艶やかな黒髪、髪を耳にかける楚々とした仕草、内側から薫るような薄紅の頬。美しい義姉の姿はあの日となにひとつ変わらない。

「さあ、お茶の時間にしましょう」

 兄が仕事で不在の白昼、穏やかなお茶会が始まる。テーブルを囲むのは義姉とわたしと、ガラスケースに収まる生首。

 この首と繋がっていた胴体は、桜の木の下に埋まっている。義姉が埋めてしまった。

 事件が起きる前に警察は動けない。事が起きてしまってからでは遅いのに。だから義姉は、私に付きまとっていたこの男を殺した。殴打し、引きずって、埋める。まるで手慣れているかのように。そして、わたしが加害者の幻影に怯えないよう、男が確かに死んだ証として首だけを残した。義姉はわたしを抱き寄せて「これで大丈夫よ」と、事もなげに言ったのだ。それ以来、わたしたちはこうして麗らかな春の日にお茶会をする。

 わたしは生首を、二度と開くことのない双眸と土気色の肌を見るたびに安堵し、安堵あんどした自分に絶望した。人の命を奪い、いや、奪わせて、義姉の美しい手をけがしてなにが安堵か。心の安らぎを得るために招かれたこのお茶会で、わたしは罪の意識から逃れられない。

 どうして義姉は血の繋がった本当の妹ではないわたしに、ここまでのことをしてくれるのだろう。わからない。わからないから、少しこわい。

 ティーカップに口をつけながら視線だけでひっそりと義姉の様子を伺う。すると、彼女はわたしの胸中を見透かしたかのように、恍惚とした笑みを浮かべた。

「私のかわいいかわいい小妹、ずっと守ってあげますからね」

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