【短編集】ちよろず余話

十余一

意地でも大団円に導きたい探偵の話

 暗雲立ちこめる崖っぷちで、容疑者の女と相対する。こんな二時間ドラマのクライマックスみたいなことが現実に起こり得るのかと内心思ってはいるが、それを顔に出すわけにはいかない。俺は眉間にぐっと力を入れて、目の前のことだけに集中した。

 彼女は曇天に似合う緊迫した面持ちで自白する。

「刑事さん。わたし、どうしても許せなかったのよ。彼がわたし以外の女を選ぶだなんて。だから、殺してやったの……!」

 そうして心のよどみを吐き出すように叫ぶと、き物が落ちたかのように、ふっと脱力した。

「これから彼の後を追うわ。地獄で添い遂げるなんて素敵でしょう」

「待っ――」

 崖から飛び降りようと後ずさりする足元と、彼女の悲しげに歪む顔が、やけにゆっくりと網膜に焼きつく。そのとき俺の耳に届いたのは、この場に似つかわしくない明朗とした声だった。

「どんな難事件も解決に導く……のは刑事さんのお役目! 私の役目は大団円に導くことと見つけたり!」

「イヨッ、大団円探偵! 大先生!」

 チューリップハットに書生風の着物という探偵然とした男と、仕立ての良い洋服を着た少年。時代感も身長もでこぼこな二人が、まるでスポットライトが当たっているかのようにポーズを決めている。

 そして唖然とする彼女に視線を向けると、探偵は口を開いた。

光代みつよさん。どうか信昭のぶあきさんともう一度話をしてくれませんか」

「信くんは、わたしが殺したのよ……! 今さら話なんてできるわけないじゃない」

「まあまあ、そう言わず。奈倉なくらくん、例のものを」

 助手の少年は甘く伸びやかなソプラノで「はい、先生」と返事をすると、きびすを返す。そして、ややあってから台車を押してゆっくりと崖を登ってきた。まるでクローシュを手にしたウェイトレスのように、優雅に。しかし載せられた大きな箱は台車が小石に引っかかるたびにガタガタと揺れる。

 ずいと彼女の前に進み出た少年が、箱の蓋を開けると――。

「信くん!?」

 彼女の驚きに満ちた声が響く。殺したはずの男が目の前に現れたのだから当然の反応だ。

 それから「すべて誤解なんだ」だの「僕には君しかいない」だの「殺されても愛してる」だの話した思ったら、彼と彼女はひしと抱きしめ合う。実体のない幽霊でもなければ、体が崩れ落ちそうなゾンビでもない。たぶん、生きている人間だ。

 探偵と助手は腕を組み、うむうむと満足そうに頷いている。

「信昭さんは生きている。誤解による殺人事件はんだ。なんやかんやで二人の愛はより深まり、無事に結ばれハッピーエンド。実に良い結末だねェ」

「さすがです、先生。今日も素晴らしい大団円ですね」

 にんまりと胡散臭い笑顔を貼り付ける探偵と、にこにこと満面の笑みを浮かべ拍手する助手。

 ふと探偵が睨みつける俺に気付き、飄々とした態度で話しかけてきた。ムカつく顔をこっちに向けるな。

「おやおや、刑事さんはどうにも解せぬという顔をしているね」

「……被害者は、確かに死んでいたはずだ」

「死の誤認は昔からよくあることさ。江戸時代にも、えらいお坊さんが死者を蘇らせる奇跡とやらをやっていたけれど、あれも失神状態を死んだと勘違いしていただけらしいじゃないか」

「今は令和だ」

 小野尾おのお貴貫たかつら、年齢不詳、住所不定、職業不詳、……自称探偵。こいつが関わると妙なことばかり起きる。遺産相続で揉めた一族の前に死んだはずの当主が現れ、大岡裁きのごとく遺産を分配してまた眠りについたこともあった。黙秘を貫いていた容疑者が、突然死ぬほど怯えて自供し始めたことも。そして今度は、死者が蘇り犯人と寄り添うだと?

「そう疑ってくれるなよ。私は、ただの人間さ」

「いったいどんな手を使っている。妙なことはやめろ」

「妙、と? 私は取引をしているだけだよ。もっとも、それが現世の法にのっとったものとは限らないが」

 小野尾は「いいかい」と、至極真面目な顔をして前置きした。俺は思わず、ごくりと唾を飲みこむ。

「私はハピエン厨なんだよ、ハピエン厨。わかるかい? ハッピーエンド厨。ハッピーエンドのためなら地獄を訪ねることもいとわないし、獄卒に袖の下だって渡す。まぁ、地獄は暑いから獄卒は基本ノンスリーブなのだけれどね」

「最高です。やはり先生は面白い」

 助手が心底楽しそうな様子で拍手する。面白いことなどあるものか。

 この怪しい(自称)探偵と助手に振り回されるのはもう二度と御免だ。しかし今後も関わることになるのだろうと、諦めにも似た予感があった。俺の刑事としての勘がそう告げている。

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