第3週 3話

年鑑 フューチャー・ウォーカー

WEEKLY 3rd 「ポカ研って何?」


≪15≪


 夏休みは過去のこと、一刻かずときの学生生活が本格的に始まった。ナギは大学に立ち入るなと一刻の注意を受けたが、素直に言うことを聞く性格タチではない。


 ナギは一刻の親戚夫婦が営む喫茶店<mii>で時間を潰していた。


「…なぎ(ナギ)ちゃん、大学がっこうは?」

「え…午前中は授業ないのよ」

 一刻の叔母、美衣みいはナギが甥と同じ大学に通っていると思い込んでいた。ナギは注文したコーヒーを飲みながら何やら考え事をしていたが…


「…コーヒーのおかわりは?」

「いえ…ご馳走様~…そろそろ出かけないと…」

 ナギはそう言って、<mii>を後にした。彼女の行き先は如何に、その一方で…



 場所は一刻が在学している大学。

 一刻は午前の講義じゅぎょうが終了すると、友人と共に構内の食堂へと向かった。


「…一刻カズ、ちゃま(兼正かねまさ)、金貸してくれよ」

「え…また?貸したお金、全然返してくれてないけど…」

「今度のバイトの給料日に返すよ、ぐちぐち言うな」

 一刻・剛志つよし・兼正〝3バカトリオ〟は些細なことで口論していた。


「ちゃまと違って…僕は生活がぎりぎりなんだぞ!」

「分かってるよ、だから、ちゃまより少なめに借りてるじゃないか」

「一刻はともかく…僕にはちゃんと返してくれよ、借用書が要るな…」

 一刻たちは集まると騒がしくなり、いつもこの調子だった。


桧木ひのき君にも借りてみたら?」

「え…あいつは…」

 一刻が英雄ひでおのことを口にすると、何故か一矢の口数が減っていった。

「…大将(剛志)って、桧木君からお金を借りたことないよね?…何で?」

「あいつは駄目だ、借りは作りたくないんだ、の反感を買うことになるしな…」

 剛志は英雄の前では大きな態度が取れなかった。食堂では英雄も昼食を取っているが、彼の周りには、学年・年齢問わず、大勢の女子大学生の姿があった。英雄のファンクラブがつくられて、彼女たちは会員だった。

 剛志は英雄のことを恐れて、一切ことはなかった。


 一刻たちはハーレム状態の英雄を羨ましそうに見ながら、適当に食事を囲むのであった。

「ほんと弱点ないよな、英雄は…」

「何で僕たちと同じ大学に通っているかは謎だけど…」

「部活まで一緒とは…」

「…そういえば、うちの部に来た女性…和(ナギ)って、お前の連れともだちだよな?」

 その時、一刻は剛志の発言で、口に含んだ味噌汁を吐きかけた。


「何だよ、急に…」

「和ちゃん、どうしてる?」

 兼正もナギのことが気になり、動揺する一刻に訊ねた。

「知らないよ、単なる隣人だから…」

「そこが怪しいんだよな、男女の深い仲になってもおかしくないけど…」

「ベタな恋愛ドラマの観すぎだろ…」

「お前のような腰抜けに、あんな美人は勿体ないけどな!」

「確かに…そりゃそうだな」

 一刻は剛志と兼正にからかわれて、不快な気持ちになっていた。

 それから昼休みが終わり、午後の時間を迎えた。


 講義が行われる大教室には、続々と生徒が現れて席が埋まっていく。一刻と兼正は同じ講義を受講していた。

「今度、お前の住居いえに遊びに行くよ」

「目当てはかのじょだろ?」

「当然だ、和ちゃんに会えたら、お前は必要ない、」

「彼女に会ってどうする気だ?」

「デートに誘うのさ、ドライブに映画鑑賞…ショッピング…高級ディナー…彼女のために最高のプランを立てるよ…むふふ」

 兼正は妄想を膨らませて、一刻は呆れ顔で彼の話を聞いていた。彼らの雑談が続く中、気づけば、担当講師が登壇していた。


「…出席を取るぞ、居眠りや途中退室する生徒は欠席扱いにするからな…」

 厳格な担当講師が出席を取ろうとすると、さっきまで煩かった教室が一気に静まり返った。

 担当講師が順に生徒の名前を呼んでいくが…


「○○…音代おとしろ

「はい!」

「え?」

 その時、一刻は聞き覚えのある名字と女性の声を耳にした。自身の名を呼ばれた女性は、さりげなく振り返って後方の修治を見た。

「にこ…」

 一刻を見て、軽く笑みを浮かべたのは、紛れもなくナギであった。

「…な…何やってんだー!?」

「ん…どうした?野比坂のびざか…お前こそ、何やってんだ?」

「いえ…何でもありません…すみません」

 一刻は赤っ恥をかいて、教室は笑いに包まれた。彼にとって地獄のような時間が流れていった。そして、講義が終わると…


 ナギは一刻に呼び出された。キャンパスで一刻の説教が始まるが…


大学ここには来るなと何度も言ったはずだ」

「約束は破るためにあるものだと…誰かが言ってたわ」

 ナギに反省の色が見られなかった。一刻は彼女の態度で怒りを通り越して、とことん落ち込んだ。そして…


「よっ、ご両人~公衆の面前で熱いね~」

 一刻たちの前に、意地悪コンビの兼正・剛志が現れた。

「あら…今日は~」

「久しぶりだね、和ちゃん~」

「彼女と絡むなよ、部外者なんだから…」

「私はよ」

「調子に乗るなよ、さっさと帰れ…!」

 その時、一刻は信じられない物を目にした。ナギはどや顔で、学生証を提示した。


「こんな模造品おもちゃに騙されないぞ」

「本物だって…ねえ?」

「どうしたんだ?今日のお前…変だぞ」

 兼正と剛志は、ナギとは大学の先輩後輩の関係で接していた。一刻だけは状況が把握できない状態で…


「まさか…」

 一刻は閃いて、ナギを疑った。念のため、ポップカルチャー研究部、通称ポカ研の部室で待つ英雄に確認を取るが…


「音代さんはうちの部員だよ、それが何か?」

 一刻はまともな人間の意見を聞いて、独り納得していた。

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