第2週 4話

年鑑 フューチャー・ウォーカー

WEEKLY 2nd 「未来人ですがお世話になります」


≪10≪


「あの子たち、本当に付き合ってないのかしら?」

「さあな…あいつ、ガールフレンドがいたはずだが…」

「ああ…しずくちゃんのことね、まだ続いているのかしら?」

 一刻かずときの叔父母は2人の関係に興味を抱き、甥の初恋相手の名を挙げた。

 一刻たちは噂されていることを知らないまま、商店街を散策していた。


「よう、学校はサボりか?」

「夏休みだよ、そっちこそ、ちゃんと働いているのか?」

 一刻たちが商店街に足を踏み入れると、と人が歩み寄って来る。商店街の住人たちは一刻を幼少期から知っているため、親しく冗談が言える仲であった。


「…今日は連れがいるんだな、そちらのお嬢さんは…これか?」

「やめろ、そんなんじゃないよ」

 八百屋の店主が小指を立てると、一刻は恥ずかしそうに怒鳴った。2人は注目されて、続々と彼らの前に刺客が現れる。


「…お~朝から見せつけてくれるね~」

 一刻に嫌味な言葉を投げかけたのは、惣菜屋の店員、彼の幼馴染である。


「彼女はただの友達ダチだ、変なことを言うな」

「昨日だったかな?光輝こうきがお前たちを見かけたって…まるで恋人同士カップルだって言ってたけど、本当だったな」

「あいつ…余計なことを!」

「あの…彼の親友ともだちでして…井畑晃いばたあきらといいます」

「どうも…私は…〝音代和おとしろなぎ〟と申します」

「え?」

 一刻はナギの自己紹介を聞いて唖然とした。彼女は移住先用の名前を名乗っていた。


「せっかくだから何か買って行けよ、コロッケが揚げたてだぞ」

「お世辞抜きで、お前のとこのは美味しいからな、買ってやるよ」

 一刻は財布を取りだして、ナギの分までコロッケを買ってあげた。


「こっちは汗水垂らしながら、必死に働いているっていうのに、そっちは呑気にデートか」

「頑張れ、後継者…それじゃあ、またな…さいなら」

 一刻は店内で働いている親友の両親にも、別れの挨拶をした。


「…美味しいわね、この食べ物、何だっけ?」

「コロッケだ、味は昔から変わってない」

 一刻たちはコロッケを食べながら、散策を続行するわけだが…


「いろいろと店があるけど、あの…古そうな建物は何なの?」

「銭湯だよ…公衆の風呂だ」

「へえ…裸の状態でこの建物に入るわけね」

「裸になるのは建物に入ってからだ!今度試してみるといい」

 ナギの視界には未知なる光景が広がっており、独り胸を躍らせていたのだが…


「…あっどうも、お早うございます」

 一刻がすれ違う老男性に挨拶をすると、ナギの表情が一変した。

「あなたは確か…」

「はて?何処かでお会いしましたかな?」

「ほら…道を訊いたじゃないの、

「おい…失礼だぞ」

「え?この人、偉い人なの?」

「町内会の会長だよ、以前に会ったことあるのか?」

 一刻たちは、散策中にばったり、町内会長と出会った。


「…ああ、思い出した、真夜中に歩いていた変なお嬢さんか~」

「彼女と面識があるんですか?」

「うん…今日はだな、髪の毛の色も落ち着いているし…」

「ありがとう、おじさんも素敵よ」

「馴れ馴れしいんだよ…それでは失礼します」

 一刻は、町内会長の前から立ち去りたい気持ちでいっぱいであった。

 

 場所は変わり、一刻たちは駅前の公園へと訪れた。


「ここでも何か思い出が?」

「ああ…よく友達と芝居の稽古を…演劇部だったことは話したな?」

「ええ、とのデート場所でもあるわけだ」

「また余計なことを…人の青春おもいで詮索すさぐるな」

「あなたと縁がある場所を見たいわ、家族は近くに住んでるの?」

 ナギの質問に対して、一刻はなかなか口を開こうとしなかった。


「…家族はいない、父親も母親もだいぶ前に亡くなった…」

「え…あ…ごめんなさい…」

 ナギは一刻の両親の死亡を知り、咄嗟に対応を配慮した。

 

 公園を抜けると閑静な住宅街が広がっており、かつて、そこに一刻の実家があった。現在は他人が住んでいる。彼の父親は変わり者で、元々は公務員だったが、一刻が中学に入学した頃、突然退職して、フリーのカメラマンに転身した。撮影現場は特殊だ。

 

 一刻の父親は戦場カメラマンで、ほとんど家に帰宅せず、家族と過ごす時間は短くなる一方だった。それでも、一刻の母は文句一つ言わなかったのだが、その矢先、悲劇が起きた。

 一刻の父親は紛争区域内で誤って地雷を踏んでしまい、そのまま帰らぬ人となった。

 そして、一刻が高校生の時に彼の母親が病気で亡くなった。

 今では喫茶店を営む親戚夫婦が修治の親代わりで、彼なりに幸せだった。


 一刻はナギのために自身が通った学校、遊び場を案内した。そうこうしているうちに空は薄暗くなっていき、夕刻になった。


「…これで満足か?」

「ええ、ありがとう、楽しかったわ」

「相変わらず、変な女だな、やっと解放された~」

 一刻は安堵の表情で自分の住居部屋に戻っていったが…


「………」

 その一方で、ナギは深刻そうな表情を滲ませていた。彼らの出会いはめぐり逢いではなく、何かしら意味があることは明白だった。

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