第1週 3話
年鑑 フューチャー・ウォーカー
WEEKLY 1st 「未来人ですが何か問題でも?」
≪3≪
1998年、残暑。
「いきなり訪ねてきて、何を言い出すかと思えば…タイムマシンだの、未来人だの…いい加減にしろ」
一刻の怒りが収まりそうにない中、ナギと名乗る謎の女性は
「…説明するのは面倒だけど、偽りない事実よ、こんな時間に訪ねて来たことは謝るわ、でも昼間はいないでしょう?」
「ああ、外出しているが…バイトもあるし…」
「あなた、ここで独り暮らししてるの?」
「…さっきの叔父は喫茶店経営とアパートの管理業務をやってるんだ…古いけど家賃が安くて、何かと便利だからな」
元々、2階の住居は、一刻の叔父の店で働く従業員専用の寮だったが、利用する者がいなくなり、現在は学生や
「…狭いのは仕方ないけど、汚いわね…なんか変なニオイするし…」
「うるさいな…たまに掃除してるよ…で用件は?」
「話すと長くなる…とりあえず、泊めさせてもらうわ」
「は?何勝手なこと…」
一刻は迷惑がっていたが、ナギは自分のペースを崩さなかった。
「ベッドは1人用でしょう、寝床はこっちで用意するから…」
「用意するって…?」
一刻が首を傾げると、ナギは相棒の青ダルマに指示し始めた。
すると、青ダルマの目だろうか、2つの丸い出っ張り部分が赤く発光した。
一刻の部屋で異変が起きて、気づけば、寝袋のようなものがあった。
「これで寝るから、ご心配なく~」
「君は手品師か?」
「いいえ…詳しいことは朝になってから話すわ、疲れちゃって…351年分の時差ボケが…」
ナギは宙に浮いている寝袋に腰掛けた。彼女の体重が加わっても、一定の高さを保っていた。謎の寝袋は〝エニウェア・スリーパー〟という寝具で、伸縮自在・形状記憶の機能が備わっており、例え、使用者の寝相が悪くても、落ちないようになっていた。
「はあ…こっちも寝るとするか」
一刻は深い溜息をつき、疲れた顔で自分のベッドに戻ろうとするが…
「…あっそうだ、無闇に触れないでね、この
「分かったよ、注意する…」
一刻は張りのない声で、ナギの警告に応答した。もう今の彼には反論する余力は残っておらず、眼前の女のことを忘れたかった。
一刻の部屋は暗くなり、ようやく落ち着いた。ナギのことで分かったのは、自分勝手で変わり者ということだ。
翌日の朝、一刻は昨夜の珍事が夢であると祈ったが、残念なことに叶わなかった。
「…お早う、もう朝よ」「わ!………」
一刻がゆっくり瞳を開けると、ナギの顔があった。彼は驚きのあまり住居壁に張り付いた。
「…
「まあまあ、朝からカリカリしないで、起きたらどうしてるの?」
「え?普通に顔を洗って、下の喫茶店で朝食を食べてるけど…」
「そう、私も付き合うわ」
ナギが帰る気配はなく、一刻は困惑しながら洗面所に向かったが…
「…こっちは済んだ、お前の番だぞ」
一刻が呼びかけるが、ナギはどうも様子がおかしかった。
「実は…顔洗ったことないの、歯も磨いたことないし…」
一刻はナギが何を言っても、なるべく動じないつもりだったが、そうはいかなかった。
「…信じられない、不潔な割に綺麗だけど…どういう体質だ?」
「そんなこと言われても…私のいる世界では普通よ」
「ところで…君の身元が分かる物は?免許証とか…」
「そんな物、不要よ…身元を調べるにはこれ…」
ナギがそう言うと、彼女が着ている特殊スーツに変化が起きた。利き腕、上腕の部分だけ透き通り、肌が露出されたが、何か模様のようなものが刻まれていた。
「そのバーコードみたいなのは何だ?」
「身分証明のデータコードよ、これを専用端末にかざせば、住所、連絡先、経歴、取得した資格など、あらゆる情報が分かるわけ…」
「成程、そりゃすげえな、本当だったら…」
一刻はまだ、疑いの目でナギを見ていた。
「…肌は強い方だから顔を洗う必要ないし…口の中はこれで充分…」
ナギが次に取り出したのは〝マウス・ケア〟といって、手のひらの乗る立方体の食べ物であった。
「〝ハイチュウ〟みたいだな」
「カルシウムが含まれていてね…噛むだけで口臭・虫歯予防にもなるわ、色んな味があるけど…試してみる?」
「遠慮しとくよ…まるで犬だな…」
一刻は頑なに拒んで、本音もこぼした。2人は下階の喫茶店に向かおうとするが…
「…ちょっと待て、その恰好で外に出る気か?」
「うん、何か問題が?」
「大ありだ!明らかに変質者だ…」
「この
「確かに金髪は派手だな…日本人は黒なわけだし…」
「成程、成程…」
ナギは一刻の
「おい、どうした?」
「
ナギは一刻の部屋に置かれた雑誌を閲覧しだした。そして、気に入った
「…何か手伝えることは?」
「ないわ…しばらく待っといて…」
ナギは一刻に素っ気ない返事を発して、作業に集中していた。最後に彼女は相棒の青ダルマに腕輪を差し出して…
「気が済んだか?今度は何を見せてくれる?」
「そのうち分かるわ…」
それから1、2分待っていると、ナギに異変が起きた。彼女の体はまばゆい光に包まれた。そして…
「え?着ているものが違う…」
「着替えたのよ、これならどう?」
一刻の前に立っているのは、今どきファッションの女性であった。
「さっきより良くなった…どういう
「雑誌に載っている服の
一刻はナギの説明を理解することなく、独りきょとんとしていた。そして、彼が驚愕することはまだあり…
「こっちも届いたわ…」
ナギの手には、コルク栓の小瓶が一つあった。中に入っているのは、淡い赤の粉末のようで…
「次は何だ?」
「この中の粉を私の頭にかけてみて…」
一刻は素直に従い、ナギの頭に〝謎の粉〟を振りかけた。すると…
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