第1週 3話

年鑑 フューチャー・ウォーカー

WEEKLY 1st 「未来人ですが何か問題でも?」


≪3≪


 1998年、残暑。野比坂一刻のびざかかずとき(21)の前に、特撮ヒーローのようなコスプレをした謎の美女、ナギが現れた。彼女は夜分に厚かましく、冴えない男子大学生の住居に上がり込み、意味不明な言葉を言い張った。


「いきなり訪ねてきて、何を言い出すかと思えば…タイムマシンだの、未来人だの…いい加減にしろ」

 一刻の怒りが収まりそうにない中、ナギと名乗る謎の女性は涼しげクールな表情を浮かべていた。


「…説明するのは面倒だけど、偽りない事実よ、こんな時間に訪ねて来たことは謝るわ、でも昼間はいないでしょう?」

「ああ、外出しているが…バイトもあるし…」

「あなた、ここで独り暮らししてるの?」

「…さっきの叔父は喫茶店経営とアパートの管理業務をやってるんだ…古いけど家賃が安くて、何かと便利だからな」

 元々、2階の住居は、一刻の叔父の店で働く従業員専用の寮だったが、利用する者がいなくなり、現在は学生や社会人どくしんが住める環境になっていた。


「…狭いのは仕方ないけど、汚いわね…なんか変なするし…」

「うるさいな…たまに掃除してるよ…で用件は?」

「話すと長くなる…とりあえず、泊めさせてもらうわ」

「は?何勝手なこと…」

 一刻は迷惑がっていたが、ナギは自分のペースを崩さなかった。

「ベッドは1人用でしょう、はこっちで用意するから…」

「用意するって…?」

 一刻が首を傾げると、ナギは相棒の青ダルマに指示し始めた。

すると、青ダルマの目だろうか、2つの丸い出っ張り部分が赤く発光した。

 一刻の部屋で異変が起きて、気づけば、寝袋のようなものがあった。


で寝るから、ご心配なく~」

「君は手品師か?」

「いいえ…詳しいことは朝になってから話すわ、疲れちゃって…の時差ボケが…」

 ナギは宙に浮いている寝袋に腰掛けた。彼女の体重が加わっても、一定の高さを保っていた。謎の寝袋は〝エニウェア・スリーパー〟という寝具で、伸縮自在・形状記憶の機能が備わっており、例え、使用者の寝相が悪くても、落ちないようになっていた。


「はあ…こっちも寝るとするか」

 一刻は深い溜息をつき、疲れた顔で自分のベッドに戻ろうとするが…


「…あっそうだ、無闇に触れないでね、この寝袋ベッドの自動撃退システムが働くの、私の体に触った途端、あなたは電撃を浴びることになるわ…」

「分かったよ、注意する…」

 一刻は張りのない声で、ナギの警告に応答した。もう今の彼には反論する余力は残っておらず、眼前の女のことを忘れたかった。

 一刻の部屋は暗くなり、ようやく落ち着いた。ナギのことで分かったのは、自分勝手で変わり者ということだ。

 


 翌日の朝、一刻は昨夜の珍事が夢であると祈ったが、残念なことに叶わなかった。


「…お早う、もう朝よ」「わ!………」

 一刻がゆっくり瞳を開けると、ナギの顔があった。彼は驚きのあまり住居壁に張り付いた。

「…何時いつまでいる気だ?早く用件を言え」

「まあまあ、朝からカリカリしないで、起きたらどうしてるの?」

「え?普通に顔を洗って、下の喫茶店で朝食を食べてるけど…」

「そう、私も付き合うわ」

 ナギが帰る気配はなく、一刻は困惑しながら洗面所に向かったが…


「…こっちは済んだ、お前の番だぞ」

 一刻が呼びかけるが、ナギはどうも様子がおかしかった。

「実は…顔洗ったことないの、歯も磨いたことないし…」

 一刻はナギが何を言っても、なるべく動じないつもりだったが、そうはいかなかった。


「…信じられない、不潔な割に綺麗だけど…どういう体質だ?」

「そんなこと言われても…私のいる世界では普通よ」

「ところで…君の身元が分かる物は?免許証とか…」

「そんな物、不要よ…身元を調べるにはこれ…」

 ナギがそう言うと、彼女が着ている特殊スーツに変化が起きた。利き腕、上腕の部分だけ透き通り、肌が露出されたが、何か模様のようなものが刻まれていた。


「そのみたいなのは何だ?」

「身分証明のデータコードよ、これを専用端末にかざせば、住所、連絡先、経歴、取得した資格など、あらゆる情報が分かるわけ…」

「成程、そりゃすげえな、本当だったら…」

 一刻はまだ、疑いの目でナギを見ていた。


「…肌は強い方だから顔を洗う必要ないし…口の中はで充分…」

 ナギが次に取り出したのは〝マウス・ケア〟といって、手のひらの乗る立方体の食べ物であった。

「〝ハイチュウ〟みたいだな」

「カルシウムが含まれていてね…噛むだけで口臭・虫歯予防にもなるわ、色んな味があるけど…試してみる?」

「遠慮しとくよ…まるで犬だな…」

 一刻は頑なに拒んで、本音もこぼした。2人は下階の喫茶店に向かおうとするが…


「…ちょっと待て、その恰好で外に出る気か?」

「うん、何か問題が?」

「大ありだ!明らかに変質者だ…」

「この衣装スーツ、評判が悪いみたいね、髪の毛の色もダメ?」

「確かに金髪は派手だな…日本人は黒なわけだし…」

「成程、成程…」

 ナギは一刻の助言アドバイスを耳にしながら、何やら作業を始めた。


「おい、どうした?」

情報収集リサーチよ…こういうのが今の流行りなのね」

 ナギは一刻の部屋に置かれた雑誌を閲覧しだした。そして、気に入ったページがあると、愛用している腕輪を翳すのであった。


「…何か手伝えることは?」

「ないわ…しばらく待っといて…」

 ナギは一刻に素っ気ない返事を発して、作業に集中していた。最後に彼女は相棒の青ダルマに腕輪を差し出して…


「気が済んだか?今度は何を見せてくれる?」

「そのうち分かるわ…」

 それから1、2分待っていると、ナギに異変が起きた。彼女の体はまばゆい光に包まれた。そして…


「え?着ているものが違う…」

、これならどう?」

 一刻の前に立っているのは、今どきファッションの女性であった。

「さっきより良くなった…どういう手品トリックだ?」

「雑誌に載っている服の画像データを読み込んで、未来の通販アパレル業者に送ったの…それでマッチした服が転送されて…」

 一刻はナギの説明を理解することなく、独りきょとんとしていた。そして、彼が驚愕することはまだあり…


も届いたわ…」

 ナギの手には、コルク栓の小瓶が一つあった。中に入っているのは、淡い赤の粉末のようで…


「次は何だ?」

「この中の粉を私の頭にかけてみて…」

 一刻は素直に従い、ナギの頭に〝謎の粉〟を振りかけた。すると…

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