檸檬
尾八原ジュージ
檸檬
午前二時、酔っ払っちゃったって言いながらふらふら帰ってきたあなたの頭には檸檬一個分くらいの穴が空いていて、そこから白っぽい脳みそが見える。あなたはリビングで本を読んでいたわたしに抱きつき、耳元でただいまと囁くと、座っているわたしの膝に頭を載せて目を閉じてしまう。
座っているわたしには、あなたの側頭部に空いた穴がよく見える。死んでしまったのか、それともとても静かな呼吸をしながら眠っているだけなのか。あなたの横顔があまりにも穏やかなので、どうにも見当がつかない。
深夜ということもあって、わたしは騒いではいないものの、結構動揺している。救急車を呼ぶとかそういうことはまるで思いつかず、膝の上にあなたの頭を載せたまま呆然とする。
とりあえずあなたの頭の穴を観察しながら
これを放置してはいけないのではないか、何かで穴を塞いだ方がいいのではないかと考える。でもあなたの頭が私の膝に載っているので身動きがとれない。あなたは無邪気な子供のよう、あるいは清浄無垢な天使のよう、そういう表情ですやすやと眠り、またはすでに死んでいて、この頭を動かすことによってあなたの安寧を妨げることになるのなら、やはりずっと動かずにいたほうがどれだけマシかわからないと思ってしまう。そういえば檸檬には安眠効果があったんじゃなかったかしら。そんなことを思い出しながらあなたの頭を眺める。
頭蓋骨にぱっくりと空いた穴はやっぱり檸檬ひとつ分くらい、眺めているうちに形もなんだか檸檬のように見えてきて、やっぱりこれは檸檬ひとつ分の穴だと何か理解したような気になり、明日になったらこの穴にぴったりの檸檬を買いにいくべきかもしれないと思い始める。あなたの頭の穴を塞ぐのだから、それは近所のスーパーで売られている二つでいくらのものではなく、もう少し高級な店先から吟味して連れ帰るようなものが望ましい。かつて梶井基次郎が小説の中で描き出したように、レモンエロウの絵具をチューブから絞り出して固めたような色の、カリフォルニヤを想像させる香りの、そういう檸檬が相応しい。行くべき青果店を思い浮かべている最中、わたしはふと、なにか動いているものの存在に気づく。
あなたの檸檬みたいな形の穴の中で、小さな小さなあなたが忙しそうに立ち働いている。穴の縁に灰色の煉瓦を積み、脳みそから絞ったなにかの液体をセメントのように塗っていく。それを繰り返すと穴はだんだん小さくなり、檸檬のようではなくなってしまう。
小さな小さなあなたは、わたしと目が合うとまるで他人みたいにペコっと頭を下げ、黙々と作業を続ける。やがて穴は完全にふさがり、小さな小さなあなたは見えなくなって、あなたの頭には檸檬のような形の禿が残る。
時計を見上げると午前三時、わたしはずいぶん足が痺れたと今更のように思う。あなたの鼻先に掌を持っていくと、微かに呼気が当たる気配がする。わたしはあなたを揺り起こす。
「寝てるところ悪いけど、ちょっと鏡を見ておいで」
あなたはむにゃむにゃ言いながらそれに従う。ふらふらと部屋を出てバスルームに向かい、それから悲鳴を上げて戻ってくる。
「ねぇここ毛がないよ!?」
その声を聞いた途端、急に可笑しさがこみ上げてくる。わたしは爆発するように笑い始めて、しばらく止めることができない。ぽかんとしているあなたに、怪我なくてよかったじゃない毛がないだけに、と古い駄洒落を言ってまた笑ってしまう。
これからわたしは一眠りしようと思う。そして目が覚めた時、まだあなたの禿が消えていなかったら、予定通り青果店で檸檬を吟味の末に買い、あなたの頭と並べて写真を撮ろうと思う。
檸檬 尾八原ジュージ @zi-yon
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