第22話 TS変装・アルル

 二度あることは三度……とならないように、俺は対策を練った。マルセルに見つからず、かつ、マルセルが暴力を振るえない姿になればいいのだ。


 猫に変身、と考えたが、俺は猫島の王子である。バレバレもいいところだ。まさか猫に暴行するとは思えないのだが、一応人間の姿で訪ねようと思う。


 ここは高等魔術科の教室。せっかくのオリジナル魔術だ。クラスメートにも見せてあげようと思う。


「一時の生まれ変わりの奇跡を起こさん――性転換を起こせジーニスメタモルフォシス!」


 キラキラとした蒼いオーラが立ち昇り、身体が縮み、一瞬熱くなる。しばらくすると違和感がなくなったので鏡に向かってダッシュする。


 つややかな髪はそのままで、顔つきは柔らかくなり、カッコいいというよりは可愛いにかなり寄った形に変化している。胸はそこそこ大きく、女性の中でも小柄な背丈へ変化した――つまりTS変装だ。


「「「「おぉ~すっげー」」」」


 教室で俺の大変身を見たクラスメートが驚いている。一応女子の高等魔術科の制服での変装だ。クラスメートの視線が、胸や足に集まる。お前ら最低だな。


 これもまた先日の若返りと同様に、俺が女に生まれたらこうなる、を再現しているだけで赤の他人になりすましているわけではない。そのため、身体への負担も少なくて済む。


 目立たないように、髪色もブロンドに調整する。シルバーの髪は学園内に俺とサファリしかいないからだ。


「じゃあ行ってくる!」


 声も女の子になっている。クラスメートの声援に見送られながら、二年の教室へと向かった。


 今日もアリスンは編み物に励んでいるようだ。あーどうやって呼び出そう。アレクは使えないからな。


「すみません、私、アルルと言います。アリスン様を呼んでいただきたいのですが」


 アルルって咄嗟に言ったけど誰だ? あぁ……ニコラスが俺を間違えて呼んだ名だ。


 声をかけられた女子生徒は、この子誰かしら? と思いつつも、アリスンを呼んでくれる。男子の一部が「あれ誰?」「どこの令嬢だ?」とこそこそと話している。


 アリスンが出てきたらアリスンにだけ聞こえるように「トラブル続きだからこんな格好ですが、俺、アレクなんです」と告げる。アリスンは驚愕の表情だ。


「とりあえず、人目の付かないところでお話させてください」


 そう言って、アリスンの手を取って裏庭へ走り出した。途中、鬼門のマルセルとすれ違う。


「おい、アリスン」


 うざいことに呼びとめてくる。


「ごめんなさい、アリスン様は私とお話がありますの」


 アリスンが返事をする前に俺がそう答えておく。そしてそのままダッシュで裏庭まで駆けてきた。


「すみません、付き合わせて」


 裏庭まで着いて、誰もいないことを確かめてから変身を解いた。


「本当にアレク殿下だったんですね……」


「これは女装じゃなくて、魔術で本当に女性になったんです。俺が女性に生まれていたら、あの姿になります」


 少々照れながら答えた。


 女装趣味の男だと思われたら好感度が! と思ったものの、割とこの姿が可愛らしかったのだ。どうせ友達としか思われていないのなら意外性を披露、という尖った戦略でもある。


「とても可愛らしかったです。女の子のアレク殿下とも、お友達になりたいです」


 はにかんだように微笑んでいる。戦略は果たして成功したのだろうか。


「ところで、アリスン先輩。俺は孤児院に置くための超高機能洗濯機を開発しようと思ってるんですよ。洗えば洗うほど新品になる……みたいなのを考えてるんです」


 さっそく切り出した。そして、コールリッジ公爵領であるアーラレ山に、魔鉱石の採集に行きたいことを伝えた。


「魔鉱石は公爵領でも重要な資源ですし、コールリッジ卿にもご挨拶を差し上げたいのですが。コールリッジ卿には、俺の兄であるキャッツランド王太子から手紙を書きます」


 父上にご挨拶、という話題になると、アリスンは顔を曇らせる。


「ごめんなさい。私はあの……父とあまり話をすることがなくて、取り次ぎなどはできないのですが。役に立たなくてごめんなさい」


 先日の話では母親とうまくいっていないような素振りだったが、父親とも仲が悪いのだろうか。父親って娘に甘いとはよく聞くけど……。やはり家で何かあるんだろうか。


「いえ、俺の兄がすべてやるんで、取り次ぎはしなくて大丈夫ですよ!」


 とりあえずニッコリと笑って安心させておく。


「確かに孤児院ではたくさんの洗濯ものがありますから、洗濯機は新しいのに買い替えたいですよね。アレク殿下がそんな高機能洗濯機を作ってくださるなら、施設長さんも喜んでくださるかと思います。アレク殿下は本当に……お優しいんですね」


 藤色の瞳が優しく俺の心を掴んでくる。照れが込み上げてくる。


「べ、別に優しくないですよ。ただ、孤児院は寄付で賄われてるじゃないですか。明らかに古着となると、年頃の子供たちも嫌だろうと思って……」


 そう語ると、アリスンも笑みを深めてくれる。


「私もお手伝いしてもいいですか? その採集」


 来た来た!! そうなのだ。綺麗な魔鉱石を採集しながらお喋りに興じようかと思っていたのだ。採集デート大作戦だ。


「もちろんです。ありがとうございます……あと、ア……アリスン先輩。俺のこと……アレクって……」


 呼んでくださいと言う前に、昼休みの終わりを告げる鐘がなる。


 いつも肝心な言葉が言えず、時間切れ。恋が全く進展しないのはなぜなのか。

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