第23話 左手の刻印

「兄貴! アリスンとの採集デートが決まったよ! アリスンも手伝いたいって!」


 兄の寮を訪ねる。ここは二年生ゾーンなので緊張する。俺は髪色のせいでエリアに足を踏み入れた瞬間から注目されてしまう。しかし難癖をつけてくるヤツは、マルセル以外にはいない。


 マルセルは自宅通学のはずだ。兄貴とコンタクトを取るのは、教室より寮の方がよさそうだ。


 兄貴は外国VIPということで一人部屋だ。優雅にオシャレなサーフボードを部屋に飾り、のんびりと暮している。


 兄貴はハーブティを飲みながら手紙を渡してきた。


「コールリッジ卿も、高名な魔道具師であるアレクに会いたいそうだ。ついでに俺も一緒に行こう」


「えーーーっ! 兄貴も来るのかよ! デートじゃなくなっちゃうよ!」


 嫌な予感。兄貴は鬱陶しくて下半身に脳が支配されているような男なのだが、女性にはそんな姿を見せない。顔はいいし、背は高いし、強いし。まさにスパダリに見えるだろう。


 兄とは一歳差しかないのだが、なぜか俺はガキっぽい印象だ。兄貴に勝てる気がしない。アリスンも兄貴を好きになってしまうかもしれない……。


「魔鉱石の山は、野生動物もいるし、稀に野生動物が魔物化することもある。護衛がいた方がいいだろう」


「守ってくれなくていいし! 俺だって上級魔術師なんだ。自分の身は自分で守れるよ」


「そういう慢心が危険なんだ。お前はいいとして、アリスンに怪我させたいのか?」


 うぅ……そう言われると断ることはできない。


「どうせお前、アリスンが兄貴を好きになっちゃったらどうしよ~とか思ってるんだろ? バーカ。そんな弱気じゃマルセルにもニコラスにも勝てないぞ」


 うぅぅ……。仕方ない。ライバルは多い。兄貴にも勝てるように頑張って男を磨いてやる。


「ところで、アレク。ケネトから聞いたんだが、お前は強い魔術を使う時に左手の甲に蒼い刻印が出るんだって?」


 突然よくわからないことを聞いてくる。最近は強い魔術を使っていないからそんな必要はないのだけど、難易度が高い術を使う時は刻印を出すようにしている。


「これってキャッツランド王族特有のもの? 高等魔術科の先生や魔術師協会の人に聞いても、そんなもの見たことないって言うんだ」


「キャッツランド王族特有というか……。ちょっと今使ってみてくれないか?」


 そう言われてもなー。強い魔術か。こんなところで攻撃魔術を撃つわけにはいかない。


 そうだ。あれをやろう。どうせ近日中にやろうと思ってたんだっけ。


 まず髪をごっそり引っ張って抜く。超痛いのだが仕方ない。


「お前……ハゲるぞ」


 兄貴がその様子を見てビビっている。


 次に剣をアイテムボックスから出して、掌を傷つけて血を出す。


「人の部屋で流血するな」


 また兄貴は嫌そうな顔だ。


 抜いた髪と血を合わせ、魔力を最大限に高める。左手の甲が痛いほど熱を持ってくる。うっすらと刻印が浮かび上がった。


「我が神テトネスの我儘の力により、我が分身を表せ――魂の分裂ソウルディビージオ!」


 髪と血液が融合し、輝かしい蒼と銀の光に包まれる。そして腕の中に猫型の俺そっくりの銀色の猫が現れた。


「猫型アレクじゃないか。アレクが二匹になった!」


 兄貴は大喜びで銀色の猫を抱きあげた。


 くらっと目眩がしてソファに倒れ込んだが、兄貴は猫に夢中で俺を心配してくれない。


 猫はにゃぁ、と鳴いて、兄貴にすりすりをした。


「けど、この猫、厳密に言えば猫じゃないな。魔力で作った猫か」


 猫は兄貴に興味津々で、肩に登って髪を噛んだり甘えている。


「魔力で作った猫だけど、俺の指示に従う使役獣じゃない。まさに俺の分身。俺の性格や行動パターンを受け継いで自分自身の意思を持つ、もう一匹の俺なんだ」


 ただし、人間の言葉は喋れない。俺同等の頭脳は持つものの、あくまで猫である。そして、餌も下の世話もいらない。食べなくても、用を足さなくても生きていける、世話のかからないペットなのだ。


 俺が生きている限り、猫は生き続ける。猫にしては随分と長命だ。ただし、俺が死ねば空気に還る。こいつのためにも長生きしないとな。


「孤児院に置いてもらおうかと。孤児院って事故や病気で親を失った子や、虐待で心に傷を負った子が多いから。アニマルセラピーに使ってもらおうかと思って」


 目眩でくらくらとしながら兄貴に説明をした。すると兄貴は目眩に苦しむ俺の肩をガバっと掴んで、激しく揺さぶった。


「アレク! お前はなんっていいヤツなんだ! さすがは我が弟! キャッツランドの宝だ!」


 肩が痛い。揺さぶったら気持ち悪くなる。


「で、結局この刻印はなんなの?」


 兄貴はニヤリと笑った。


「んー。まだ教えない。いつかお前にプロポーズするよ」


 プ……プロポーズ!?


「お……俺は兄貴となんて結婚したくないッ!!! 嫌だッ! 絶対にやだ! 大体兄弟で結婚なんてできるはずがない!」


 全力でプロポーズを拒否する。


「お前が王太子妃になるわけじゃないから心配するな」


 全力で振られたのに、兄貴はへらへらと笑っている。一体なんなのだ……。


 俺はこんなにフラフラなのに、結局刻印が何なのか教えてもらえなかった。しかも猫は孤児院に連れて行くまで、兄貴の部屋に軟禁されて返してもらえなかった。

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