第9話 スパダリは中二病
頭が痛い。ズキズキする。こめかみを押さえて俯いていると、アリスンがそっと席を立ち、しばらくしてまた戻ってきた。
「殿下、これよかったら」
ハンカチを濡らしてきてくれたようだ。なんて素敵な女性だ。
「ありがとうございます、先輩」
ハンカチを添えている手に触れると、バシッと手を叩かれる。サファリの仕業だ。
「さりげなく変なことしないでよ、バカ。セクハラだよ」
バカにバカと言われてしまった。しかもセクハラとは……最悪だ。
「いきなりどうしたアレク? さっきまで元気だっただろ?」
ケネトも怪訝な顔で覗き込む。頭痛の痛みと気心の知れたケネトという組み合わせから、つい気が緩んだ。
「サーヌス孤児院は、前世で俺が過ごした場所なんだ」
ボソッと呟いて、その場がしーーんと静まりかえったことに気付いた。しまった。この場にはサファリと、そしてアリスンがいたのだった……!
「ぷ……ッ……ぜ、前世!! まだ前世はテロリストだったって言ってんの!? そういうのって中二病って言うんだっけ? あんたいつになったら中二病治るのよー! あっははは……!」
頭痛に響く声でサファリが笑いだした。王女様とも思えない下品な笑い方だ。
「お、お前……ッ! バカにすんなよ!」
本気で怒ってもサファリは気にしない。前世の記憶が戻った時、動揺のあまり王宮の庭で号泣してしまった。それをケネトと遊びにきていたサファリに目撃されたのだ。
優しく慰めてくれるであろうと信じて前世を打ち明けると、ケネトは微妙な顔をし、サファリはげらげらと笑いだしたのだった。
それ以降、前世はテロリストは封印していたのだが、サーヌス孤児院の名を聞いてついつい封印が緩んでしまった。
「アリスン先輩、こいつね、前世テロリストだったらしいっすよ! しかも一回もテロに成功してない三流テロリストなんです! 職務は暗殺で、標的はうちのパパだったんですけど、標的にした動機が、『イケメンで女を侍らせているのが男の敵に見えた』ですって! どんだけ前世でモテなかったの!?」
やはりサファリは嫌なヤツだ。いらないことを吹きこみやがって。
サファリパパは、俺のような親戚の子からしてみると、単なる気のいいオジサンだ。たまにたんまりとお小遣いをくれる。
しかし世間一般から見ると、かなりの悪党ではある。けど、悪党を狙った動機がそんな下らない理由だったなんて。
これは転生の呪いをかけた父が記憶を改ざんしたに違いない。うちの父は、サファリパパの弟分だ。前世でモテなかった記憶しかないのも、きっと父が改ざんしたからだ。そうに違いない。
「あんたの家って中二病家系だよね。あんたのおにぃも『俺は海賊王の生まれ変わりだ!』って言ってたもんね。遺伝の力は怖いねぇ」
「う……うるせぇ! 兄貴は海賊王だよ! そうに決まってるだろ!」
アリスンは笑ってはいけないと思ったのか、必死にハンカチで口を押さえ、俯いて耐えている。
恥ずかしさで頭痛がどこかにいってしまった。笑いを堪え過ぎて、アリスンは涙目になっている。
「で、でも。私も何回かサーヌス孤児院へ伺ったのですが、軽い頭痛に見舞われたことがあるんです。もしかすると、私もアレク殿下と同じようにテロリストだったかもしれませんね」
クスクスと笑いながらフォローしてくれる。頭痛=テロリストではないのだが。しかし、アリスンが前世でサーヌス孤児院にいたことは確かだ。
「ルナサファリ殿下、もしよろしければ私が一緒に実習へ行きましょうか?」
優しいアリスンがサファリに声をかけてくれる。誰かと実習だったらアリスンだけでいいだろう。
「私もあの子たちに会いたいのです。最近は養老院の実習が始まってしまって、なかなか会いにいけなくて」
アリスンがそう言うと、サファリもにっこりと笑う。
「先輩、ありがとうございます。そうですね、一回もテロに成功してないテロリストなんて連れて行ったら、子供たちに悪影響だし」
一回も成功してないを強調するとか、傷に塩を塗るとはこのことよ。成功してたらお前はこの世にいないんだぞ!
「現世では、一回くらい成功するといいですね~? テロリストくん!」
サファリにでこぴんされて、怒りと屈辱でワナワナと震えてくる。
「多分、また失敗すると思うな。アレクは抜けてるし」
ケネトにまでディスられる。俺はもうテロリストは卒業したんだ! ジョブチェンジしたんだよ!
アリスンを交えて、二人はケラケラと笑いながら食堂を出て行く。慌てて追いかけた。
「おい、俺もその孤児院へ連れて行け!」
廊下で怒鳴ると、サファリがフフンとした顔で振り向いた。
「お金が欲しくなったの?」
「ちがーう! 俺はもう昔とは違うんだ! もし、今もあの当時の孤児院だったら、俺が子供たちを救ってやる! 今、そう決めたんだ! 地獄から蘇ったテロリストを舐めるなよ!」
よくよく考えるとその台詞こそ中二病だ。
アリスンがプッと吹き出して、慌ててハンカチで口を押さえた。
「子供を救うテロリストなんて聞いたことないね。でもいいよ、連れてってあげる」
そう言ってサファリは警護の馬車を呼びに行った。
「んじゃ、俺も行く。三流テロリストを育んだ地を見てみたいしね」
ケネトまで行くと言いだした。別にケネトは来なくていいのに。
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