第10話 トラウマの地へ

 カグヤ王国公邸から迎えに来た馬車に乗り込み、俺はサファリ、アリスン、ケネトと共にサーヌス孤児院へと向かう。



 ちなみに公邸とは、その国に滞在しているカグヤ人や、カグヤ公人のお世話をしてくれる国公式の施設のことである。サファリが学園外に出る際は、カグヤ公邸から馬車とSPが派遣されてくる。


 俺の国にもそういうシステムはあるのだが、俺は外出するのにいちいち公邸へ連絡をしたりしない。バレると怒られるのだが、ハイハイと聞き流している。


 王太子ならまだしも、俺は一王子に過ぎない。王子はそのへんの街を一人でブラついているものだ。先日のバカ皇子、ニコラスもそのへんをフラフラと出歩いては女の子に声をかけていたという。ニコラスが許されるなら、俺だって許されるはずだ。



「アレク殿下、大丈夫ですか? 乗り物酔いでしょうか?」


 アリスンが俺の顔を覗き込んでくる。傍から見てわかるくらい、俺の顔色は悪いようだ。かすかに奥歯がガタガタと震えている。


「だ、大丈夫です。心配しないでください」


 無理やり笑顔を作り、アリスンに返した。


「なぁ、アレク。もしかして前世ってガチな話? ガチでトラウマな地なの? お前、そこまで演技うまくないだろ?」


 ケネトはガタガタと震える従兄弟に演技とか言い出す失礼さ。


「ど、どっちだっていいだろ。うっせーな」


 ケネトに乱暴に返す。


「演技っていうか思い込みじゃないの? それか、成仏できない三流テロリストの霊に取りつかれちゃったとか?」


 サファリもまた失礼なことを言う。取りつかれてなんかいないし。


「もうお前ら、俺のことはいったん透明人間だと思ってくれ。しばらく構わないでくれ」


 治まれ、治まれ、精神統一の魔術あったっけ。そうだ。猫を数えればいいんだ。


「猫が一匹、猫が二匹、猫が三匹……」



 精神統一とは逆に、かつての思い出が映像のように蘇ってくる。孤児院で俺とシンシアは出会ったんだ。




◇◆◇



 前世の俺は、生まれは貴族だったようだ。男爵だったか伯爵だったかは忘れたが、父が不正を働いたとかで爵位を剥奪され、一家離散の憂き目にあった。


 貧しさのあまり、俺を孤児院へ預けたのだ。


 建物は朽ちかけ、食事も満足に与えられない孤児院で、俺はシンシアと出会った。



 シンシアは俺より年上の痩せ細った少女だった。なぜか俺に優しくしてくれた。シンシアには妹がいたが、俺はシンシアと妹に勉強を教えてあげた。


 施設にいた大人たちは、気に入らないことがあると孤児たちを殴った。


 俺は無力な子供だった。


 仲間が標的にされているのを見ると、恐怖心と自分がされているような痛みを感じ、でもそれと同時にほっとする安心感が芽生えた。その時間だけは自分の安寧が守られるからだ。


 俺は仲間を売ると言う卑劣な精神をあの場で培った。


 だが、蛇のような目をしたあの男――あいつがシンシアを無理やり森へと連れて行った時、俺は。


 仲間を売るとは真逆な行動をした。


 記憶の中の世界が真っ赤に染まる。あの時、俺は……。



◇◆◇



「ちょっとアレク!? 大丈夫!?」


 透明人間があからさまにやばい状態になったことを察したのか、サファリは慌てて馬車を止めさせた。


「おい、アレク。馬車止めたからそのへんで吐いてこいよ」


 ケネトは肩を貸して慌てて馬車を降ろしてくれた。警護をしてくれているカグヤの騎士たちが、心配そうな眼差しで俺を見てくる。


 孤児院近くの湖のようだ。フラフラと草むらへしゃがんで、ケロケロと今朝食べたパンを戻した。


「おいおい、大丈夫かよ? 孤児院行くのやめようぜ」


 俺の限界を感じたのか、ケネトはそう声をかけてくる。背中にふいに暖かい感触を感じた。


 アリスンがそっと背中をさすってくれたのだ。


「アレク殿下、無理をなさることはないです。孤児院は私とルナサファリ様で伺いますから、ね?」


 慈悲深い眼差しで、ずっと背中を撫でてくれた。抱きつきたくなる衝動をぐっと堪える。


「大丈夫です。みっともないところを見せて申し訳ないです」


 しゅんとして謝った。こんな情けない男じゃ好感度だだ下がりじゃないか……。


「謝らないでください。誰だってつらい思い出や、過去はありますもの」

 

 そうだ、これは過去だ。幻だ。


 俺は今は孤児じゃない。テロリストでもない。彼らを守る力が多少なりともある。孤児があのような目にあっているのであれば、皇帝に直談判でもしてやる。


 魔術師や魔道具師としてのコネ、兄や父のコネ、なんでも使ってやる。そのために来たんじゃないか!


完全治癒パーフェクトヒール


 自分で自分を治癒した。この治癒魔術を仕えるのはこの場で俺一人。そしてアリスンを振りかえった。


「ありがとうございます、もう大丈夫です」


 魔術で吐いたものを片付けて、警護をしていた騎士たちにも謝った。


「本当にすみません、もう大丈夫です」


 爽やかな王子様仮面をかぶれるくらいには回復した。


「ね、ねぇ。本当に大丈夫? テロリストくん」


 嫌みな口調ではあったが、サファリも本当に心配しているようだ。


「もう平気。心配かけてごめん」


 笑ってそう謝ると、なぜかサファリは頬を染めて俯いた。

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