第8話 スパダリはお金がないっ
「ケネト、食堂行こう」
ケネトの部屋をノックして、呼び出した。
ヒイラギ皇立学園の男子寮は、基本的には二人部屋だ。小さなリビングの共同スペースを挟み、俺とケネトの寝室に分かれている。王族や、公爵クラスのVIPは一人部屋になることもあるが、基本的にはこの構造である。
ちなみに俺も一人部屋でもいいと言われたが、寝室が分かれてるなら、とケネトとの二人部屋にしてもらったのだ。この方が都合がよかったりもする。金借りる時とか……。
「そろそろお前にパン代貸すのも厳しくなってきたぞ。俺も金が。父上に金送ってもらうにしても、理由を言わなきゃいけないからなぁ」
ケネトはうんざりした顔で俺にパン代をくれる。
ケネトは俺の従兄弟だから、ケネトの父は俺の叔父である。
王宮執政官を勤める叔父上は、国王である父でさえも顎で使う絶対権力者であり、超がつくドケチである。俺が見栄を張ってご令嬢をスイートルームへご招待したことがバレると、大変まずい。
「叔父上に言うのだけは待ってくれ! 俺がなんとかするから」
「それ何回目よ……」
魔道具を作って販売しようかと思ったのだが、材料を買う金がない。そして材料費を借りるには、ケネトは金がなさすぎる。
「仕方ないなぁ……。兄貴に借りるか」
同じ学園に在籍してるとは言え、兄貴は二年、俺は一年。二年の教室や寮へ行くのは緊張するのだ。
しかしそんなことは言ってはいられない。兄貴に思念で連絡を取ろうと試みると、カグヤ王国王女殿下より声がかかる。
「ねぇ、アレク。今日、身体を貸してくれたらお金あげるよ。貸すんじゃなくて、あげるの。つまり、バイト代」
「……はい?」
ついに金がないばかりに、身体を売ることを持ち掛けられてしまったのか。俺はそこまで落ちぶれたのか。
「20,000フェリックでどう?」
20,000フェリックはA定食20回分。簡単な魔道具であれば、それで作れる。そうすれば3倍の金に変えることもできる。
しかし俺の身体の価値はA定食20回分に等しいのか。それは高いのだろうか、安いのだろうか。
「……サファリ、俺の身体はプライスレスだ。売り渡すわけにはいかないな」
そう言って、食堂で大人しくパン一枚を購入する。どうせレポート書くの代筆しろ、とか、サファリの要求なんてその程度だろうけどさ。
もそもそと一枚のパンを丁寧に食していたら、そこにふわりとした可愛らしいオーラをまとったアリスンが現れた。
「あ、アレク殿下、皆様もおはようございます」
鈴の音のような可憐な挨拶に、胸がドキドキと高鳴る。
「おはようございます、アリスン先輩」
本当はアリスン、と呼びたいのだが、向こうが殿下を付けて呼ぶので、俺も先輩を付けて呼んでいる。殿下とかいらないのに……。
アリスンは自宅通学だ。食堂には家から持参したと思わしきパンを持っている。卵が挟んである美味しそうなパンだ。
「アリスン先輩は休日なのに、なぜここに?」
「朝から調べ物がありまして、図書館に寄ろうかと」
「勉強熱心なのですね。俺も見習わないと」
爽やかな後輩風に振る舞う。
アリスンは俺の手の中にあるパンに目を止めた。
「アレク殿下、朝はそれだけですか?」
アリスンは心配そうに眉を寄せる。
「えぇ、朝は食欲がないんです」
物憂げな表情でそう言ってみた。ケネトとサファリがしらーっとした目で俺を見ている。
「アリスン先輩、こいつね……」
サファリが余計なことをアリスンに言おうとしている。
「サファリ、仮にも王女様がこいつと言うな。せめてこの人、と言え」
すかさず注意をして、台詞を止める。それにしても口が悪いな。淑女のしゅの字もない。
「アリスン先輩すみません。サファリは親戚なのですが、どうも口が悪くて」
なぜか俺がアリスンに謝る。なんでこいつのフォローを俺がしなければならないのだ。
「仲がいい証拠です。お姿もご兄妹のようにそっくりで」
アリスンが俺とサファリを見比べて微笑む。
俺もサファリも、シルバーの輝く髪に、深いサファイヤの瞳を持っている。これはカグヤ王族の特徴といってもいい。
俺はカグヤ王族ではないのだが、キャッツランドとカグヤの血は恐ろしく濃い。稀にキャッツランド王族にも銀髪の王子が誕生する。
銀髪の王子の誕生は、キャッツランド王国にとって僥倖だ。
キャッツランド王国の建国には、古い言い伝えがある。
100年生きた猫が月の魔力によって美しい女性の姿となり、初恋の相手である男性と結ばれた。その男性が初代国王であり、100年生きた猫が初代王妃である。おとぎばなしのようだが史実だと、父も叔父も口を揃えて言った。
その初代王妃の髪が銀髪だったのだ。そのため、キャッツランドでは銀髪は神のようにもてはやされる。髪色ごときで……と醒めた目で見てしまうが、みんな俺の髪を見てはめでたい色だと褒めてくれる。
前世の記憶が蘇ってからは、呪いじゃないか? とすら思うのだが。前世の俺はカグヤの地でギロチンにかけられた。前世の罪が現世に影響し、カグヤ王族の特徴が見た目にモロに出てしまったのでは、と疑っている。
俺は15歳の誕生日の日に、魔力が目覚め、前世の記憶も蘇った。それまでは、ちょっとだけ頭がいい、平凡で善良な男の子だったのだ。虫も殺せない俺の前世がテロリストだったとは。人間とはわからないものだ、としみじみ思う。
「ところであんた、今日ヒマでしょ?」
サファリがパンを大事に食べている俺に話を振る。自分は朝からA定食食いやがって。
「あんたって言うな。あなたは本日お時間はありまして? とか言えよ」
「うわ、アレク。令嬢言葉話せるんだ? キモ」
「うっせーわ。俺だってヒマじゃねーよ。あ、アリスン先輩。俺に手伝ってほしいことがあったらもちろん時間あけますよ」
後半はアリスンに対してだ。好きな女の子のためなら忙しかろうと時間は割くぞ。
そんな俺を、サファリは冷たい視線で睨みつける。
「あのね、アレク。今日の実習に付き合ってほしいの! アレクは子供は嫌い?」
「は? 子供? 嫌いなわけないじゃん。さんざん弟のおもりしてきたんだぞ」
「あぁ……あんたの弟、随分歳が離れてるもんね」
弟は双子である。俺は1歳上の兄、7歳下の双子の弟の四人兄弟だ。兄は俺を溺愛し、弟たちは俺を舐めている。
それはさておき、サファリの実習とはなんぞや。
「実習ってなに?」
「総合教養科のカリキュラムには、机上の学問の他、国を治めるにはどうするべきなのか、どう国民と向き合うのか、というフィールドワークも含まれてるのよ。今日の私の活動もそう」
総合教養科には、高等魔術科や騎士科にはないカリキュラムが存在する。街の清掃活動やら、療養施設への訪問など、多岐に渡るようである。将来の政治家や、官吏を養成することを目的としているからだ。
「今日、本当はクラスメートと行く予定だったの。でもその子、家の都合で今日は行けなくなっちゃって。二人セットで行けって言われてるし、レポート提出も明日だし、総合教養科にヒマそうな子はいないし。そこで、アレクをピックアップしたわけ。それに、アレクだったら子供達に喜んでもらえそうな玩具作れるし」
俺は玩具屋かよ。子供がいるような場所ってどこだ?
「んで、どこ行くの?」
「サーヌス孤児院」
耳に入ってきた言葉を理解するのに少し時間がかかった。意味を呑みこめてから、足元が崩れるような感覚を感じて、ふらりと目眩がした。
「アレク?」
サファリとケネトが俺の様子が急におかしくなったのを感じて、怪訝な顔をする。
前世、俺はテロリストになる前は天才魔術師で、天才魔術師になる前は孤児だった。
サーヌス孤児院はまさに、前世の俺が9歳から11歳まで過ごした場所だった。
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