第二章 スパダリはトラウマと決別する

第7話 シンシアに会えたよ

「王太子殿下暗殺未遂の大罪により、これよりギロチンの刑に処す」



 首を縄で繋がれ、場の中心に鎮座する断頭台へ連行される。既に覚悟はできていたから取り乱しはしない。だが、恐ろしいことには変わりない。足が震えないように慎重に歩く。


 途中で真紅の装束を着た、美麗な男とすれ違う。凛とした強さと美しさに溢れる隣国の国王陛下――俺に昨晩不可思議なをかけた男だ。


「待ってるから」


 彼は縄で繋がれた俺に、優しく声をかけた。


「きっと、――にも会えるよ」


 ――?



 その言葉がずっと思い出せなかった。頭に靄がかかったように記憶が定かでなかった。今ならわかる。彼はこう言ったんだ。


「きっと、にも会えるよ」



◇◆◇



「アレク! 早く起きないと食堂終わっちゃうよ!」


 お腹が重い。俺は断頭台に連れて行かれて、それで首をすぱーーん、と斬られて……。


「く、首が……」


「なに? 寝違えたの?」


 首に手を当てる。ちゃんと繋がっているようだ。


 ゆっくり目をあけると、銀髪をポニーテールに結んだ女の子が俺のお腹に跨って座っている。


「……なにお前。なんで俺に乗っかってんの? 重いんだけど」


「アレクが全然起きないんだもん」


「起きないんだもん、じゃねーよ。人の部屋に勝手に入り込むなよ。プライバシーの侵害。住居侵入は犯罪だぞ」


 と、そこにガンガンとドアを叩く音がする。


「アレク、早く起きろよ……って、お前ら朝からなにやってんの?」


 ドアを開けた従兄弟のケネトが俺たちを見て呆れている。


「誤解すんなよ、こいつが窓から侵入してきたの」


 窓が半分開いて、北風がびゅうびゅうと部屋に入ってくる。


「サファリ、お前も王女様なんだから、男子寮に忍び込むのはやめろ。お前のお父上に言いつけるぞ」


 サファリ――ルナサファリ・オブ・カグヤは、俺の祖国・キャッツランド王国の隣国、カグヤ王国王太子の娘で第一王女である。キャッツランドとカグヤの王家は古 いにしえの頃から婚姻関係を結び、強い血の結束で結ばれている。


 父親同士が従兄弟だし、お互いおしめをしている頃からの知り合いだから、ベッドに押し倒されようが、裸で迫られようが、なんとも思わない。いわゆる幼馴染みってやつだ。


「パパだって応援してくれてるもん」


「なにを? まさか無断で人の部屋に侵入することを? それは立派な犯罪だ。応援されちゃダメだ」


「だって、最近アレク相手にしてくれないじゃん。美少女先輩と巨乳先輩の二股で忙しそうだし」


 二股!? なんて人聞きの悪いことを言うんだ!


「俺は二股なんてかけてない!! 美少女先輩一筋なの! 巨乳先輩は、バカ皇子先輩が帰ってきたら、そっちとくっつけてやるんだから!」


 バカ皇子先輩のために背面ダイブまでしたのだ。ケイシーにはよそ見をせず、バカ皇子先輩ルートを貫いてほしいところだ。




 あの事件をきっかけに、ケイシーがアリスンを連れて高等魔術科の教室まで現れるようになった。アリスンを連れて……というところが、彼女なりの「正々堂々勝負を挑む」になるようだが。


 アリスンが迷惑していないか気になるところ。不思議なのは、アリスンがケイシーと仲がいいことだ。もしかすると、アリスンはケイシーに感謝しているのかもしれない。ケイシーがいなければ、今もなお、アリスンはバカ皇子先輩の婚約者だったのだから。


「お前も友達なら、応援してくれよ。俺の本気の恋なんだ」


 そう言うと、サファリは頬を膨らませた。


「……邪魔してやる」


「なんか言ったか?」


「べっつにー」


 サファリは面白くなさそうにぷいっと横を向いた。



 サファリは総合教養科の一年だ。魔術や魔道具開発など、専門知識を主に学ぶ高等魔術科とは異なり、総合教養科は総合的な教養、政治学を学ぶ。


 一般的な王族、貴族はこの総合教養科に入る。なぜか俺の兄貴と従兄弟のケネトは剣術と体術ばかり習う騎士科に入ってしまったが、兄貴のような王太子が騎士科にいるのは珍しいことのようだ。


 それはそうとして。


「着替えるから出てって」


「やぁよ。アレクの生着替え見たいし」


「……ケネト、追い払って」


「俺を巻き込むなよ。じゃあな」


 ケネトは冷たいので、自分の部屋に戻って行く。


 俺もお年頃の男子だ。生着替えをタダで披露するのは嫌だ。かと言って、見せてやるから金出せ、というのも身体を売るようで嫌である。


 しかし……嫌ではあるのだが、今は金欠だ。生着替えで1,000フェリックでももらえるならありがたい。


 ちなみにフェリックは、ヒイラギ皇国の通貨である。1,000フェリックあれば、食堂のA定食が食べられる。


 最近は貧乏ゆえに、パン一枚で終わらせている。そのパン代すら、ケネトに借りている状態だ。


 実家に言えば金くらいは融通してもらえるけど、そうなると金がなくなった経緯を事細かく説明せねばならない。それは大変面倒くさいし、色々と突っ込まれるのが嫌だ。


 喉から出かかった金くれるなら、を呑みこみ、俺はスモークが張った結界を作ってサファリを追い出した。


「ちょっとぉぉ~、アレク! 減るもんじゃないのにケチ! 生着替え見せろ!」


 結界をドンドン叩く音が聞こえるが、無視をする。まったく、王女が生着替え見せろと喚くとは。カグヤ王国の王太子殿下は、娘の教育に失敗したようだ。


 今日は休日だ。制服ではなく私服に着替え、結界を解除しようとして、ふと思い立つ。


 机から便箋を取りだして、鷹を召喚する。


【シンシアの生まれ変わりに会えたよ】


 一言そう書いて、鷹に持たせる。


「父上によろしく伝えてくれ」


 金の無心はしないけど、報告だけは入れておく。父は唯一、シンシアの存在を知っている人だから。

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