第6話 スパダリの前世
結局一連の騒動は、皇帝陛下へと報告された。
皇子の罪なので正式な裁判にかけられることなく内々で処理され、ニコラスは皇帝陛下の命令で100叩きの刑に処せられた。
そのうえで、しばらくは王宮の地下牢に閉じ込められ、寒い中、牢の中で過ごすようである。
一方、ケイシーも100叩きの刑に処せられたが、地下牢に入れられることはなかった。
代わりに、学校の休みの日に地域の下水処理活動や、街の清掃作業に駆りだされているようである。
通常、貴族のご令嬢がやる仕事ではないが、地下牢よりは健康的な処分だ。
ケイシーを地下牢に入れなかったのは、清掃活動のほうがケイシーの改心に繋がると皇帝陛下が判断なさったからとのこと。
「この結末は、ざまぁなのかね?」
ケネトが俺に問いかけてくる。
「さぁな。俺はざまぁなんて求めてないから別にいーけど」
無気力にそう返して、俺は学園の外に出た。
実の息子と他人の娘の差だとは思うが……皇帝の采配が女尊男卑な気がするのは俺だけだろうか。
◇◆◇
空からは今日も雪が降っている。南国育ちの俺には厳しい季節だ。魔術で編まれたマフラーを首に巻き、手に息を吹きかける。
キャッツランド王国は、ヒイラギ皇国から東に向かい、さらに大きく南下したところに存在する島国だ。年中常夏の気温で、一年中サーフィンが楽しめる。コートやマフラーなんていうものは、キャッツランドには存在しない。
前世では、今いるマテオの街で生まれ、この場所で暮らしていた。雪なんて慣れっこなはずなのに、寒くて仕方がない。前世と現世では身体も心も別ものと言われたが、こんな時に実感する。
そのまま下町へと向かう。下町の花屋で白い花束を購入し、整備された道を歩く。途中で街の警備兵とすれ違った。この国の警備兵はおまわりさんと呼ばれ、人々に親しまれている。
今日もおまわりさんは木に引っ掛かった子供の帽子を取ってあげていた。俺を見つけると親しげに手を振ってくる。彼のベルトには俺があげたおまもりのチャームがついている。
俺も敬礼をして、彼に挨拶を返した。
下町を海沿いまで進むと、名もなき庶民達が眠る集団墓地がある。人気のないそこへ足を踏み入れた。
隅にある、石碑に花を添える。身よりのない人達の身体がここに眠っている。
「シンシア……」
かつての友人――ひそかに想っていた人の名を呼び、手を合わせた時だった。
「そこにいらっしゃるのは、アレク殿下?」
振り向くと、アリスンがいつの間にか立っていた。
「どう……されたのです?」
不安げな表情で、ハンカチを差し出してきた。
「ありがとう……ございます」
ありがたく拝借して、涙を軽く拭った。
「昔の知り合いが、ここで眠ってるんです」
アリスンも俺に釣られたのか、悲しげな表情を浮かべた。
「私もなぜか定期的にここに来たくなるんです。私の知り合いは誰もここに眠っていないのに」
ぽつんと、アリスンも呟いた。
アリスンは、俺の想い人であったシンシアの生まれ変わりだ。俺だけには見える。魂の姿が。
すべての人ではないが、前世で関わりのあった人の生まれ変わりだけは、前世の姿が見えた。先ほどの警備兵もそうだし、アリスンもその一人だ。
「アレク殿下は、生まれも育ちも南方のキャッツランド王国なのに、昔のお知り合いがここにいらっしゃるのですか?」
アリスンは小首をかしげて俺を見上げている。
「えーっと……うーん……」
言葉に詰まる。前世の記憶と言うと、絶対に中二病だと笑われるし。
「ごめんなさい、踏み込んでしまって」
俺が困っていると、すかさずアリスンは謝った。
「あ、全然いいんです! むしろどんどん踏み込んできてください!!」
慌ててアピールをする。そうだ、今は二人きり。距離を詰めるチャンスだ。
「あの、ニコラス先輩との婚約は、正式に破談になったそうですが」
話を振ると、アリスンは晴れやかに微笑んだ。
「両親からは役立たずって怒られましたが、皇帝陛下が謝罪とその……賠償金を支払ってくださって、納得してくれました」
それを聞いて引っ掛かる。怒られた? お金が支払われないと納得しなかったのか?
「ご両親は、あの浮気皇子との婚約解消に反対なのですか?」
俺、娘なんていないけど、娘があの男と結婚は嫌だなぁって思っちゃうけどな。あんな風に断罪されたなんて聞いたら、皇宮までカチコミに行ってやる。
「はい、でも……家の内情のことですから、そのくらいで」
何かを言いかけて、アリスンは笑ってごまかした。もっと知りたいのに、アリスンのことを。
「アリスン先輩、俺は……貴女のことが」
そう言いかけた時、不吉な予感がしてぶるっと身体が震える。
「アレク様~! こんなところにいたんですか!? あっ! アリスン様! 先日はごめんなさい! でも今度は正々堂々と勝負を挑みますわ!」
巨乳を揺らしながら、清掃作業員姿のケイシーが駆け寄ってくる。いいところだったのに!!!
「逃げよう、アリスン」
俺はアリスンの手を取って走り出す。俺たちの恋は始まったばかりだ!
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俺たちの戦いはこれからだ!みたいな感じで第一章完。
第二章では、前世のアレクとアリスン(シンシア)の出会いと別れの地に向かいます。
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