猫が鳴く夜に

成乃果

第1話

 夜に囚われた。

 なにも詩的な事を言っている訳じゃない。

 私は確かに夜に囚われたのだ。


 仕事の帰り道だった。いつものように家の近くにあるコンビニに寄ると、適当に弁当を選んだ。正直どれでもいい。ペットボトルのお茶と一緒にレジに持っていくと、茶髪で、アフロとも言い難い、まるで「科学実験に失敗しちゃいました」と言いだしてもおかしくない、爆発頭の店員がレジの「ピッ」という音を鳴らしながら、私の事をちらっと見た。

「また弁当っすか。たまには手料理食べたほうがいいっすよ。手料理」

 私が何も言わずにその店員を凝視していると、男は目を合わせず、ぼそっと一言付け足す。

「余計なお世話かもっすけど」

 ほんとに余計な世話だ。


 コンビニから出ると、風が吹き、肌寒く感じた。弁当とお茶が入ったビニール袋が「カシャカシャカシャ」っと音を立てる。

 まだ五月だというのに、昼間は半袖半ズボンで過ごしたいほど暑く、春を感じる暇もない。もう夏が顔を出し始めている。ただ、夜になると一気に寒くなる。まるでサハラ砂漠だ。きっと何十年後かには防護服を着て外に出ないと太陽に焼き殺される。それか、夜には凍死する。

 この三ヶ月というもの、歩く速度が遅くなり、一向に家に着く気がしない。むしろ、帰りたくないのだろう。そりゃそうだ。家には誰もいないのだから。

 最初から一人暮らしであれば何も問題はない。少なくとも学生時代はそうしてきたのだから。三十八にもなって「一人が嫌だ!」なんて思わないし、思いたくもない。

 ただ、家には妻と暮らしていた痕跡だけが残っており、それが耐えられないのだ。

 全部私が悪いんだ。

 三ヶ月より前には、妻が料理を作って私の帰りを待ってくれてた。少なくとも、コンビニで毎日同じような弁当を買い、店員に舐められることはなかった。

 あの爆発頭の店員は、私がコンビニ弁当を買う生活になり始めの頃にバイトし始めたせいか、毎日同じような弁当を買う私に謎の親近感覚え、たまに話しかけてくる。私も普通に会話してあげればいいものを、こんな生活になった原因のうしろめたさもあってか、無視をしてしまっている。

 全部私が悪いんだ。


 ふと空を見上げた。いつもなら空を見上げることなどないのだが、虚しさを胡麻化したかったのかもしれない。青黒い空にはぽつぽつと星が散りばめられ、一際大きく光っている月の方を見ると満月だった。

「満月か」何気なく声に出していた。

 外灯に照らされながら下を向いて歩いていると、先ほどまで外灯の明かりによって、私の左側にいた自分の影が正面に移動した。後ろから車が近付いてきたのだ。

 車が近づくにつれて私の影は徐々に大きなっていき、ぼーっとその影を眺めていると、影が成長をやめた。

 車が止まったことに気付き、ドアが開く音が聞こえた。

「黒川さんですよね?」

 男の低い声が住宅街に響いた。

 振り返ろうと頭の向きを変えようとした時、後頭部に衝撃が走り、地面に崩れ落ちた。

 頭の痛みを感じながら、男の方を向くが靴しか見えない。そのまま目線を男の顔に向けるが、車から放たれる光によって、男の顔ははっきりとは分からない。

 徐々に意識が遠のき始め、視界が真っ暗になった。


 私は夜に囚われた。

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