第52話 フェンリル進化



 フェンリルの呪いを仕方なく解いてやった。


「わー! 見てダーリン! もふもふですよぉ~!」


 あほエルフがフェンリルの背中に乗って、頬ずりしてやがる。

 あほ丸出しだな。


『……お姉ちゃん、さっきは怖がってごめんね』


 そういや、フェンリルのやつ、エリスに対して過剰に怯えていたな。

 エルフになんかされたのかもしれん。


「ううん、いいよぉ~♡ 全然気にしてない! あ、そうだ。お姉ちゃんはエルフェリス! エリスって呼んでねっ!」

『うん、エリスお姉ちゃん……♡』


「うふふふ~♡ お姉ちゃん……! 末っ子だったから、妹がずっと欲しかったんですよぅ~!」


 やれやれ……もうすっかり仲間にしたつもりのようだ。


『なんだ、仲間にしないのか?』


 妖刀が意外そうに聞いてやがる。

 当たり前だろ。伝説の神獣なんて連れったら、余計に目立つだろうが。


『でもすっかりエルフとフェンリルは、一緒に旅する気満々だぞ?』


 ……っち。


『それにさっき自分で、仲間になったとか思ってなかったか? んん?』


 ……うるせえ。


「ねえねえ、フェンリルちゃん。君のお名前は?」

『なまえは、ないの』


「あらま! それはいけませんなっ。だーりーん! 名前どうしましょー!」


 あのアホが。

 名前なんて付けたら、飼わないといけなくなるだろうが。


『お兄ちゃん……』


 潤んだ目をフェンリルが向けてくる。


『……わたし、じゃま?』


 ……………………ちっ。


「シロ」

『……しろ?』


「シロ。おまえの名前だよ」

『しろ……しろ! うん! しろ……シロ!』


 ぱぁ……! とフェンリルもとい……シロが笑顔になる。

 ちっ。こんなテキトーにつけた名前をうれしがってんじゃねえよ。


「シロちゃん! 可愛い! さっすがダーリン、短くて小さな子にも覚えやすい! ネーミングセンスも神だなんて! さっすがー!」


 ……さすがを二度も言うんじゃねえ。ったく。あほが。


『ふふ、結局飼うのだな。やはりおまえ様は優しいな』


 黙れ……ったく。


「いいか、シロ。おまえを飼うにあたり、さしあたっておまえには守ってもらうことがある」

『うん。なに?』


「俺の言うことは絶対。いいか、俺の言うことには絶対に従うんだぞ」

『わかった! しろ、絶対に従う!』

「よし」


 ……よし、これでいい。


『え?』


 ……んだよ。


『いや、【無我夢中】で、奴隷にしないのか?』


 あぁ?

 奴隷だぁ……?


 ……このフェンリルと、最初にあったときのことを思いだしてみろ。

 見た目、ガキだったろうが。


『そうだな。子供のフェンリルだな。それが?』


 ガキに無我夢中とか使えるかよ。


『…………』


 あれって結局洗脳じゃないか。 

 ガキに洗脳して、何がたのしいんだっつーの。


『…………』


 んだよ、黙って。


『いや、まあ。うん。もう少し隠す方が良いのではないか?』


 隠す?


『おまえ様の人の良さをな』


 何言ってるんだ……ったく。

 まぁ……しかし、だ。


 口約束じゃ、裏切る可能性もあるからな。


「おいあほエルフ」

「なんでしょダーリン!」


「従魔契約の魔法、使えるか?」

「できます!」

「用意しろ」

「OK!」


 エリスが準備を始める。


【従魔】。契約したモンスターのこと。

 従魔契約を結ぶことで、魔物を自在に召喚できるようになる。


 従魔契約を結べば、たとえ逃げたとしてもいつでもどこでも呼び出して、始末できるって寸法だ。


『お、おう……』


 どうだ。ちゃんとガキが逃げないように、施策を講じておいたぞ。


『くく……そうだな。おまえ様は、そういうやつだったな』


 なんだよ、ったく……。


「準備OKだよダーリン!」


 エリスが地面に指で魔法陣を描き終えた。


「でもでも、従魔契約なんて、よく知ってたね」

「大賢者ジョン・スミスの記憶の中にあったんだよ」


 さて。

 シロと俺が、魔法陣の中に入る。


「ほら、シロ。座れ」

『はい!』

「目を閉じろ」

『はーい!』


 ……素直に言うこと聞き過ぎだろ。

 悪いやつに利用されないか不安だ。


「俺に何されても文句言うなよ」

『もちろんっ。しろ、お兄ちゃんになら、何されてもいいよ!』


 ……あとできちんと教育しておかねえとな。

 俺はシロの大きな口に……唇を重ねる。


 キスが、契約には必要なのだ。

 ま、相手はガキだから、別に照れることもない。


 パァアアアアアアアアアアアアアアアアア!


「え?」


 シロの体が突然光り出したのだ。


「は?」


 シロの体がみるみるうちに縮んでいく。

 3メートルくらいの巨体から、170センチくらいに。


「は?」


 そこには、裸身の女が立っていた。

 ……ただし、年齢は10代後半くらい。


 長い銀の髪の毛。

 犬耳。金の瞳。それらのパーツは、最初に出会ったときのものと変わらない。


 だが。

 胸はデカくなってるし、腰はくびれてるし、なんだか良い匂いがするようになっていた……。

 

 つまりまあ、成長していたのだ。

 出会った当初のロリボディから、大人ボディに!


「なんじゃこりゃあ!」

「? どうしたの、お兄ちゃん……?」


 中身はそのままなのか、きょととした顔でシロが首をかしげる。


「わー! いけませんよシロ! かくしてかくして!」

「? なにを?」


 俺は黒衣ブラックウーズ・コートをちぎって、シーツに変化させる。

 それをぶん投げておく。あとはエリスに任せる。


 くる、と背を向ける。


「おいこれはどうなってんだよ。ジョンの記憶に、こんなのなかったぞ!」

「多分、存在進化したんじゃないかなぁ」


「存在進化だぁ?」


 ジョンの記憶をあさってみる。

 すると、あった。


 魔物は一度に大量の魔力を体の中に入れると、種族がワンランク上になる。その現象を存在進化というらしい。


「鑑定スキルで調べたら、シロちゃんフェンリル(幼体)から、フェンリル(成体)へと進化してたよ!」


 成体……そうか。だから大人の女の体になってるわけか。

 エリスもデカいが、シロの胸もかなり……い、いかん! 何をじっと見ているんだ!


「エッチまんダーリン……」


 エリスがジト目で俺を見てきた!

 ち、違う……!


「と、ところで。ど、どうして存在進化したんだ? 大量の魔力なんていつ摂取したんだよ?」

「ぶー」


 口を3にして、腹を立ててるエリス。

 よ、妖刀教えろ。


『従魔契約したときだろうな。あれは契約すると、魔力経路パスで主従をつなぎ、魔力を共有するからな』


 なるほど、俺の持つ無限の魔力をシロと共有したからか。


「ダーリン……シロは子供だからね!」

「わかってるっつーの」


「こんなデカメロンでも、中身はまだ子供なんだから、ね!」

「わかってるっての!」


 とりあえず服を着せるか……。


「おにいちゃん、おねえちゃん、どうしたの? けんか? しろが、いけないの?」


 ……ちっ。

 潤んだ目でこっち見るんじゃねえ。


「違うよ。な、エリス」

「うん。けんかじゃないよ!」


 ほぉ……とシロが安堵の息をつく。

 

『で、おまえ様よ。どうするんだ。この女』


 ……飼うしかないだろうが。

 奴隷しろの所有者はシロを捨てて逃げた。

 シロは現在、落とし物扱いになってる。このとき、拾った物が所有者となると、法律ではそうなってるらしい(大賢者知識)。


 だから、まあしょうがない。

 シロを飼う……。


『フェンリル姿でも目立つし、人間姿になっても目立つ。まったくもってやっかいな物を拾ってしまったなぁ、主よ!』


 はぁ……。ああくそ。

 どうしてこうなるんだよ……ったく……。

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