第51話 呪いを解いてフェンリルげっと
馬車に取り残された奴隷を、仕方なく、仕方なく……助けた。
『素直ではないなぁ』
うるせえ妖刀は無視して、改めて、俺は奴隷の姿を観察する。
犬の獣人だ。年齢は多分十代前半くらいだ。
銀の髪に金の瞳が特徴的。狼っぽい印象を受けるな。
『む? こいつは……』
妖刀が何かに気づいたようにつぶやく。
「おい」
「……!」
獣人の瞳には恐怖の色が見て取れる。ブルブル……と体をずっと震わせていた。
「そんな、取って食おうってわけじゃないんだから」
「……!!!!!!!」
獣人がさらに体をビクビクとさせる。
「もー、駄目だよダーリン。子供を怯えさせちゃ~」
「お、怯えさせる? なんでだよ」
「ダーリンちょっとぶっきらぼうなとこあるからね。初見の子じゃ怯えちゃうんだよ」
そうなのか……。
「大丈夫だよ、ダーリンはいい人だからねっ~♡」
「……!!!!!!!!!!!!」
エリスから、獣人女が距離を取った。
なんだったら俺の後ろに隠れやがった。
「あう……」
「俺が怖いんじゃなかったのか……?」
獣人がブルブルと震えている。はぁ……ったく。
今後もブルブル怯えられ続けてくのも、面倒だ。
しかたない。ご機嫌くらいとってやるか。
俺は
「これでも食うか?」
「!」
獣人が目を丸くして、そして、恐る恐るうなずいた。
俺は獣人にキャンディを渡す。
「……♡」
ぺろぺろ、と美味そうに食べ出した。
チョロいな。さすが犬。
「おまえ名前は?」
「…………」ぷるぷる。
首を横に振るう。
「名前がないのか?」
「…………」こくん。
そうか……。
「おまえ、親は?」
「…………」ぷるぷる。
「故郷は?」
「…………」ぷるぷる。
自分の名前もないし、親も、故郷もない……と。
「つーか、しゃべれないのか?」
「…………」こくん。
「どうして?」
とんとん、と獣人が自分の首を指さす。
さっきまで奴隷の首輪がはまっていたところに……。
「なんだこれ? 刺青か……?」
不思議な模様が、獣人の首の周りに刻まれていた。
『これは制約の呪印だな』
呪物である妖刀が答える。
制約の呪印……?
『他者の力を大幅に制限させる呪いだ』
デバフの呪いってことか。
『うむ。しかも呪いが進行すれば死ぬ』
……死ぬ、だと?
なんだそれは。
誰がやったかしらねえが、くそみたいなことしやがって。
……俺はむかっ腹が立っていた。
人の命を、その人の許可なく奪おうとする姿勢が気に入らねえ。
誰がこの獣人に呪いをかけたのか知らない。が、俺はその名前も顔も知らないそいつへ怒りを覚えていた。
『おまえ様もあの女神に、勝手に命をもてあそばれたからな』
……ああ。
だから、この獣人のことを、ほっとけなかった。他人事って思えない。
『では、呪いを解くのか?』
仕方なくな。別にやりたくてやるわけじゃない。
『本当に素直じゃないな。だが、気をつけろよおまえ様。その呪いはそう簡単に無害で外せないぞ』
知るか。
俺は獣人に手を伸ばす。
「おまえの呪いを解いてやる。おとなしくしてろ」
「…………」
獣人は怯えた表情を浮かべる。
まあ仕方ない。得体の知らないやつが、呪いを解くとか急に言われてもな。
「悪いようにはしない。俺を信じろ」
「…………」
こくん、と獣人があっさりうなずいた。
いやに素直だな……。まあいい。
俺は獣人の首に手を重ねる。
「【無害】、付与」
ばちんっ!
俺の手が弾かれる。まさか、失敗!?
『いや、成功だ。呪いが単に二段構えだっただけのようだ』
二段構えだぁ?
獣人の首に描かれた呪印が増殖し、獣人の体にまとわりつく。
獣人の体は大きくなっていく。
黒く、大きな獣へと変貌した。
『どうやら一段階目の呪いを解くと、かけられたやつはこの黒い獣へと変貌させられてしまうようだ。そして、呪いを解こうとするものを殺す』
しゃらくせえな。
『……に、げ……て』
黒い獣の口から幼い女の子がする。
はっ、逃げて……だぁ?
「誰に向かっていってやがるんだ?」
『GROOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
黒い獣が吠え、俺に襲いかかってきた。
とんっ、と俺が後ろに避ける。
どごおぉおん!
黒い獣の一撃が地面に巨大なクレーターを造る。
なるほど、かなりの膂力を持っているようだ。
「もう一度無害で呪い解けるか?」
『いや、難しいな。無害を使っても、また呪いをかけられるだけだ』
「ほう……どういうことだ?」
『あの黒い獣の口の奥に、呪いの核となるものがある。それがある限り、あの獣人は元の姿に戻れん』
なるほど、じゃあ話は簡単だ。
『GAROOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』
黒い獣が俺に向かって飛びかかってきた。
俺は左腕を前に突き出す。
がぶっ! と獣人が俺の腕にかみつく。
そのままかみ砕こうとするも、できない。
「よく味わいなバケモノ。これが……本物のバケモノの姿だ」
左腕の呪符を解く。
俺の左腕が黒い獣のそれとなった。
獣人は俺の腕を正面からかみついてる。
俺は左腕を巨大化させる。
そして、そのまま口の奥へと腕を伸ばし、そして……呪いの核をつかむ。
「俺の左腕は悪食でな。つかんだ物は、どんなものでも食っちまうんだよ。たとえそれが、呪いの核だろうとな!」
左手で核をつかんで握りつぶす。
俺の腕が、呪いを食ったのがわかった。俺の体に制約の呪印が刻まれていくが……。
「悪いな。俺の体、特別製なんだよ」
【無毒】で、俺は呪いが効かないのだ。
さて、獣人の呪いを解いたわけだが……。
パァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
目の前には、白く美しい、大きな狼が立っていた。
「それがおまえの、本当の姿ってか?」
『……うんっ♡ ありがと、おにいちゃんっ♡』
少女の声が俺の脳内に響き渡る。
白い狼は俺に頬ずりして、そしてなめてきた。
「でけえよ」
『……お兄様、好きっ♡』
「ああ、そうかよ」
『……助けてくれた。お兄様、大好きっ♡』
「ちっ。勘違いすんなよ。呪いを解いたのは、呪いをかけたやつに対して腹を立てたからだ。別におまえのためじゃない」
すると白い狼がニコニコしながら、俺の頬をなめる。ええいやめろ。
「って、どうしたエリス……?」
「あわ、あわわわ……! だ、ダーリン……その子……し、神獣だよ!」
「は? 神獣? なにそれ」
「伝説のモンスター! 神獣フェンリルだよ! わ、わ、すごーい! 大昔に絶滅したって聞いてたのに~!」
……なにぃい?
伝説のフェンリルだぁ?
「……好き好き♡ 大好き♡ お兄様っ♡」
はぁ。
参った。エリスだけでも、目立つのに。今度は伝説の獣が仲間になっただぁ?
余計に目立っちまうじゃねえかよ。はあ……くそ。
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