第15話 嫁の魔物料理を食べる



 蜥蜴人リザードマンを倒した俺。


「さて、さっそく食うか」

「食う?」

「ああ、この蜥蜴人リザードマンを……」

「だめです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 くそでかい声で、エルフェリスが止めてきやがった。

 うるせえ……。


「なんだよ?」

「魔物の肉は危険なのです! 猛毒が含まれており、食べれば死に至ります! だから、絶対に食べてはいけないのです!!!!!!!!!!!!!」


 ……こいつ。

 魔物の毒について、俺が知らないと思っていたらしい。


 魔物の肉を食って、俺が死んでしまわないように……。

 こいつは、全力で止めてくれたのか。


 ……どうしてそこまでして?


『くく、そんなもの、愛以外にないだろう?』


 ……愛。

 俺に死んで欲しくないっていう……気持ちがあったがゆえに、か。


 ……いいやつだな。


『順調にほだされてるな? んん?』


 黙れ、妖刀。

 しかし、まあ、一応礼を言っておくか……。一応な。


「ありがとな」

「!?」


 くら……とエルフェリスがその場に倒れる。


「お、おい! 大丈夫か!? 怪我でもしたのか!?」


 俺は急いでエルフェリスのもとへいく。抱き起こし、回復弾(無傷付与)で、エルフェリスを治そうとしたのだが……。


「はう……♡ ちゅき……♡」

「は……?」


 なんか目を♡にしていやがった……。


「ダーリン……私のこと心配してくれて……それがうれしかったです……♡ 好き……♡」

「はぁ? 別に心配してないから」


「ぬふふふ~♡ 怪我でもしたのかって、言ってましたよね~?」


 くそっ! 

 俺はエルフェリスから離れようとする。


 ぎゅー! とやつが俺を抱きしめてきやがった!

 で、でけえ胸が……。や、柔らかい……じゃなくて!


「離せあほが!」

「いやです~♡ はぅ……♡ ダーリンのにおい……好きぃ~……♡」

「バカが! 離せ! 誰かが見たら誤解されるだろうが!」

「こんな地下で誰に見られるというのですかぁ~? うふふ♡ 見られてもいいではりませんかっ。仲良し夫婦っぷりを~♡」

「バカが、離せバカ!」


 ややあって。


「魔物食いがやばいことは知ってるから。俺には無毒ってスキルがあるから、食っても問題にないんだよ」

「なるほど! そうだったのですね! 早合点してしまいました。申し訳ないですっ!」

「まあ……謝ることじゃない」


 知らなかっただけっぽいからなこいつ。


「うふ~♡」

「その表情やめろ」

「愛~♡ ダーリンからの愛を感じます~♡ 好き好きっ♡」


 調子狂うな……ったく……。


「今から飯食うから、ちょっと待ってろ」

「? なぜ魔物を食らうのですか?」

「俺は魔物食うと、レベルアップ+スキルを獲得できるんだよ」


 ぽかーん……とした表情になるエルフェリス。


「え、ええええええええ!? れ、レベルアップにスキル獲得ぅうう!? そんなことができるんですかぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」


 そういや、スキルってほぼ後天的に身につかないんだっけか。


「そんなの……世紀の大発見ですよ! 魔法国マギア・クィフの偉い学者さんたち、みんなびっくり仰天しちゃいますよ!」

「偉い学者が驚くほどのことなのか……これ?」


「そうですよ! でもそっか、これで納得がいきました! ダーリンのレベルが、常識外に高い理由がっ!


 ……ちょっと待て。


「おい、なんで俺のレベル知ってるんだよ?」

「? だって鑑定スキル持ってますし、私」


 そういやそうだった!


「お、おまえ! 俺のレベル勝手に見たのか!?」


 鑑定持ちは少ないとこいつは言っていた。

 が、そうだ。勇者なら鑑定を持っている。情報を他人に見られるのは、やばい。


 くそっ。ちゃんと対策しておかないと!


「大丈夫です! 他人には絶対に言いませんし。私はあなたを裏切りません!」

「…………」


 俺はその言葉を、不思議なことに、信じてしまっていた。


『きひひ! この女のおまえ様への愛は本物だからなぁ。ってことを、おまえ様も理解し、そしてその状況を受け入れてるわけだ。少しずつこの女に心を……』


 置いてくか。


『わー! すまない!』


 ……ったく。


「わかった。その言葉を信じてやる。だが、裏切ったら後ろから躊躇無く撃ち殺すからな」

「うふふ~♡ ダーリンから愛を感じます~♡ 好き~♡」


 今の台詞のどこに愛を感じてるのやら……。

 変なエルフだ。


 さて。

 さっそく俺は蜥蜴人リザードマンを食べようとした。


 腕にかみつこうとする俺に、エルフェリスが言う。


「あの、純粋な疑問なのですが、どうして生のママ食べようとするのです? いや、無毒があるから腹をくださないのはわかるのですが。別に生で食う必要性ってないですよね?」


「ああ。まあ、火もないし、調理する技術もないからな」


 すると……。


「料理、できますよ? 私」

「…………………………は?」


「だから、料理。火もほら、魔法で起こせますし」


 なん……だと……?


「私、いいお嫁さんになるべく、故郷で嫁修行してきましたのでっ。一通りの家事はできますよ?」

「………………」


 なんて、こった。

 じゃあ、こいつがいれば、もう生肉を食べなくてすむってことか!


「エルフェリス!」

「エリスと呼んで欲しいです♡」


 俺はエルフェリスの肩をつかんで言う。


「こいつを調理できるんだな?」

「はい! もちろん! 美味しい料理を作ることができます!」

「じゃあ……作れ! 飯を! 今すぐ!」

「はいっ!」


 よし、作らせよう。すぐ作らせよう。


『なぜそうもテンションが上がってるのだ?』


 生肉はもう食いたくないんだよ!

 いくら毒が無いとはいえ!


『なるほど……生食文化のないところで育ったのだな……』


 俺は黒衣ブラックウーズ・コートから、調理道具を取り出す。


「この道具どうなさったのですか?」

「モンスターハウスで死んでいた冒険者の、持ち物から拝借した。水筒もあるし、包丁もある。調味料、調理道具も」


 他の食料は無かったがな。


「十分です! 少しお待ちください!」


 エルフェリスは固形燃料(冒険者の持ち物)に、まず魔法で火を付ける。

 鍋に水筒から水を注ぎ、お湯を沸かす。


蜥蜴人リザードマンの肉を、こうしてそぎ落として~」

『エクスカリバーが包丁代わりか……なんだかなぁ……』


 刀鍛冶としては、伝説の武器をそんな使い方してほしくないのだろう。

 が、蜥蜴人リザードマンのうろこは堅そうだったからな。


 並の刃物じゃ切断できないのだろう。


「にくげっと~! あとはこうして……」


 トトトトトトッ!

 ぽちゃっ。

 ぐつぐつぐつ……!


 す、すげえ……なんか、手慣れてる。

 嫁修行してたってのは、ほんとだったんだな……。


「できましたっ! 蜥蜴人リザードマンスープです!」


 ぐつぐつと煮える鍋の中には、ぶつりぎになった蜥蜴人リザードマンの肉が入ってる。

 それだけのシンプルな料理だ。


 まあ、野菜や他の具もないんだから、こんなもんか。


「…………得意とか言っていたわりに、出てきたものが肉を煮たものだけか」

「すみません! でも、愛情たっぷり入ってます! 絶対おいしいですよ!」


 ……まあ、今ある最善を尽くした結果がこれなんだろう。

 肉の他に食材がないわけだし。


「…………」


 しかし……なんだ、良い匂いがする。

 スパイシーで……食欲をそそる……。


 ごくんっ。


「はいどうぞっ♡」


 エルフェリスが器に、スープをそそいで、俺に渡してきた。

 ……近くでにおいをかぐと、や、やっぱり美味そう……。


 エルフェリスがスプーンを渡してくる。

 俺は……一口食べる。


「!?」


 な、なんだこれは!?

 う、うまい!


 に、肉が柔らかい!?

 おかしいぞ! 魔物の肉って結構筋張ってるのに!?


 めちゃくちゃプリプリじゃないか!

 しかも、肉のうま味にスープのうま味が合わさって……。


 め、めちゃくちゃ美味い!

 ガツガツガツガツ!


「うふ~♡ おかわりいります~?」


 はっ!

 し、しまった……もう食い終わってしまった!


 くそ……夢中で食ってるところ、見られちまった……!

 くそが!


「おかわりは~?」


 ……だが、くそ!

 確かにこのスープは……うまい。できるならもっと堪能したい!


「……く、くれ」

「はい♡」


 ……結局、俺はスープを一人で全部食べてしまった。

 

「ご満足いただけました?」

「ああ……まあ……」

「それは良かったです♡」


 ……認めてやろう。

 こいつの料理の腕は、本物だった。


 あんな少ない食材、シンプルな調理方法で、ここまで美味いスープを作って見せたのだ。

 ……手元に、置いておきたい。


「なあ……エルフェリス」

「エリスと呼んで欲しいです~♡」


「エリス」

「………………ふぁ!?」


 何を驚いてるんだこいつは……?


「おまえが呼べって言ったんだろうが」

「え、えっとぉ? そうですけど……その……まさか呼んでくれるとは思って無くってその……えへへ♡ うれしいです!」


 何がうれしいんだ……ったく……。


「エリス。これから、おまえに料理番を任せたい。いいな?」


 ぱぁ……! とエリスが花が咲いたみたいな、笑顔を浮かべて……。


「はいっ! もちろん! 喜んでっ!」


 雑用を押しつけられたっていうのに、何を喜んでいるんだろうな、このエルフは。


『着々と攻略されているではないか、おまえ様よ~』


 ……うるさい。バカ妖刀が。

 俺は別に、こいつにほだされてなんかないからな。

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