第7話 場のしだい
灰原は黒丸の診察を始めた。
怪物ネズミによる切り口はさほど大きく無い。主に打撲のケガの様だ。すぐ回復するだろう。
「しかし恐るべき怪ネズミですな、作戦を練らねば」
「であるな」
「親分さんの話では、あと一人加勢が来てくれるとは聞きましたが?そのお方が見えられてから体勢を整えるべきかと」
「うむ、しかしな先生。『アレ』はあまりアテにしない方が良いぞ」
「ご存知なのですか?」
「だいぶ年寄りだ。昔は他流試合は無敗でネズミ取りの名人だったとは聞いたがな、今では気の抜けたボケ老人みたいな感じで、名人の覇気が感じられん。あれはロクに稽古鍛錬も続けておるまい」
「ですが少しでも頭数は多いほど良いでしょう」
虎之助は首を振った。
「いや、むやみに敵を強大と考えては気が萎縮して悪し!
篭(こも)る者は袋のネズミと考えるべきである!」
「しかし…」
「臆(おく)する心があれば気は乱れ、力は発揮できないものなのである!」
なるほど虎之助の言い分も一理ある。
「まぁ見ておられよ!」
虎之助はクルリと背を向けて化け物ネズミの部屋へと向かって行ってしまった。
たしかに虎之助の言い分は正しい。戦場で萎縮してしまうのは絶対避けねばならない事だ。
だが無計画な猛進は全滅を意味する。
この様な時こそじっくり策を練るべきではないか?灰原は危惧した。
虎之助は化け物ネズミの部屋の前で自分の刀を改めると、ゆっくりと腰に差し直し、おもむろに入り口の扉を開け放った。
部屋の角には大ネズミが身じろぎ一つせずに、こちらを見つめていた。
「ほう、角に篭るとは兵法を知らぬ様だな」
五輪書にはこうある。
強敵がジッと待ち構えているのを見ると「負けるのではないか?」と、こちらの心が引けてしまう事がある。
だが守り固まりに徹する敵は、こちらを攻める『気』が無いとも言える。
隠れ篭(こも)ろうとすれば気持ちが後手に回り、ますます身動きできなくなるものだ。
だが討ち入る側は場所も兵数も自由に変化できて、常に先手を打てる。
『取り籠る敵の心は「雉(キジ)」である』
我は「鷹」の心になって強く自在に攻め入り、
そして取り籠る「雉(キジ)」を打つべし!
虎之助はスラリと二刀を抜き放ち、二刀の切っ先を左右から合わせ、ズン!と円相に構えると、薄暗い部屋の奥へと迷わずズカズカと入り込んで行き、ネズミに迫る。
「広き場を、左右から二刀でじっくり詰めて行けば部屋の角からは逃げられまい。
そしてネズミが角に固まる所を打つ!」
はたして化け物ネズミは部屋の角から動く気配が無かった。
だからと言って虎之助は無闇に攻め入る事はしない。自分の全身、両手の剣先、この部屋の全てをじっくり『気』で満たしながら押し込んで行く。
ネズミは動かない。
いや虎之助の圧倒的な気圧により動けないのではないか?
虎之助がそう考え、歩を進めようとした瞬間、ネズミは不意に真正面から入身して来た。
「なぬ?!」
気づいた時にはすでに目の前にネズミの姿があった。
「むああっ!」屋敷から虎之助の悲鳴が聞こえると扉が開け弾かれて虎之助が庭先まで転がり出て来た。
「むう!やられたっ!」
なんと、虎之助が一方的に手も無くやられてしまったのか!
灰原と黒丸は顔を見合わせた。
〜〜猫の妙術07「場のしだい」〜〜 完
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