第3話 対決
ヤクザ猫たちは蜘蛛の子を散らす様に逃げ去る。
「ありがとうございました!」いきなり町娘猫が黒猫のサムライに飛びついた。
「おや?」灰原は眉をひそめた。
町娘猫は黒猫の懐を探っているのが見える。
「え?!あ!いや、イイって!イイって!オイラにかかればこんなのどうって事…あれ?居ない?」
町娘猫は脱兎のごとく駆け出した。
人混みに飛び込もうとした所を灰原に腕を掴まれる。
町娘猫はとっさに腕を捻り灰原の手を振り解こうとしたが腕は全く外れる気配が無い。町娘猫はキッと睨んだ。
「お嬢さん、およしなさい。いけない事です」
灰原は静かに言った。
「チクショウ!」
町娘猫は顔面に平手打ちをすると同時に膝を蹴ってきた。
灰原は掴んだ娘猫の腕をヒョイと捻ると町娘猫は自分の蹴り出した勢いでひっくり返ってしまう。
だが町娘猫はクルリと見事に受け身をとって地面に手を着いた。
「ほう」
先ほどの「手解(てほどき)」といい、受け身といい、彼女たちは誰かに武芸の基礎を学んでいるな。
「これはご無礼!大丈夫ですか?」
灰原は手を差し伸べようとしたが町娘猫は「コンチクショウ!」と、汚い言葉を浴びせながら逃げ去ってしまった。
「ふむ…」
灰原の手の中には町娘から奪い返した黒猫の巾着袋があった。
ふと路地裏を見れば大虎猫がこちらを大きな眼で凝視していた。
「見つかってしまった…ようですな…」
先ほど灰原が黒猫に対して行った様に、大虎猫もまた灰原の所作をジッと観察していた。
そこへ黒猫が灰原に詰め寄って来た。
「おう!お前ぇ、何しやがんでぇ!」
「うむ君は、たんば…黒丸殿…かな?」
「タンバじゃ無ぇ!『にわ』だ!『丹羽(にわ)黒丸!』…って、何でオイラの名前知ってるんだよ?」
「コレに書かれてましたぞ」
灰原は黒猫に財布を投げ渡した。
「あれっ?いつの間にっ?!」
「あの連中にハメられた様ですな」
灰原が路地裏を指差す。
ヤクザ猫たちがゾロゾロと湧き出てきた。中には例の大虎猫が居て、さらに背後に先ほどの町娘猫が居た。
「なかなかやるのう。小僧!」
大虎猫が黒猫に声を掛けて来た。
「なんだテメェは!コイツらの仲間か?」
「むははは、まぁそんな所だ」
大虎猫は悠然と答える。
灰原の目には大虎猫は特に害意が有る様な人物には見えない。
「テメェ、見下げたもんだな。サムライのくせにヤクザの手下かよ!」
黒猫の黒丸は吠えたてた。
「むはははは、まぁそう言うな。吾輩も食っていかねばならぬ身ゆえ、この様な連中の道場にも頼る事もある。世の中、致方(いたしかた)無しなのである」
大虎猫は悠然と笑った。
ヤクザどもは「え?」という表情で振り返った。
灰原はフッと笑いそうになった。正直な男の様だ。ヤクザの道場に身を置いているのも世渡りが下手なゆえであろう。
黒丸はさらに捲(まくし)立てる。
「テメェも俺から金を強請(ユス)ろうってのか?面白れぇ!やってみろってんだ盗っ人どもが!」
黒丸は早くも居合抜きの構えをとっている。
やれやれケンカっ早い男だ。
「むははは、吾輩はヤクザでも盗っ人でも無いがまぁ良い」
大虎猫はのっそりと歩き出しながら語った。
「見たところなかなかの早業だが、あれでは早過ぎて崩れている。早きは転ぶものだ。止まった瞬間に打たれるぞ」
黒丸はフッと表情を緩めた。
「オイラの動きを止めるだとぉ?そんな事できるワケねぇだろ!
大虎猫はふと真顔になった。
「できる。気で攻め崩してから打てば、たとえゆっくり打ってもお前に打ち込めるぞ、小僧」
「寝ぼけてんのか?遅い剣が早い剣に勝つなんて物理的に不可能だろ!」
「まだ修行が足りぬ様じゃな!小僧、むははは」
大虎猫は脇差に手を掛けながらゆっくり間合に近づいて行く。
「おや?」
灰原は大虎猫の異変を察し、スルリと間合を外し「場」の外へ出た。大虎猫の刀の鯉口の切り方に違和感を感じたのだ。
大虎猫は灰原の足さばきにピクりと反応する。
しかしながら大虎猫の黒丸への指摘は、なかなか的確だと灰原は感じた。
確かに黒丸の技やスピード、カン所は素晴らしい。
だが、まだまだ荒い。
あれでは自身のスピードで形が崩れてしまうものだ。もし相手が巧者なら、簡単に裏を打たれてしまうだろう。
おそらく今までに、自分と互角ていどの相手ばかりと思い思いに練磨して来ていたのだろう。
それは悪いことでは無い。だが…
黒丸殿はまだ真に強い武芸に出会っては居ないのだろう。
手も足も出ない相手に一度鍛えてもらわないとなかなか理解できないものだ。
黒丸はスッと腰を落とし、居合に構えた。
「ならばよ…アンタの爪を見せてくれよ」
「良かろう、参れ小僧」大虎猫は腰の二刀を引き抜いた。
「二刀かよ?!」黒丸は一瞬戸惑った。今までいろんな相手と闘ったが二刀は初めてだ。
「なるほど」先ほど灰原が察した“違和感”はこの二刀流のための鯉口の切り方であったか。
通常なら鯉口を切った鞘手をそのまま保持するはずだが、この大虎猫は緩めた。
これが違和感の正体である。
なぜ大虎猫が一瞬鞘手を緩めたのか?
手裏剣や分銅を飛ばす可能性も考え、灰原は間合を切った。
その一瞬の判断を大虎猫は察して理解した。
大虎猫はむしろ灰原を警戒している気配すらある。
「あの大虎猫は、なかなかやりますな」灰原はつぶやいた。
抜刀して向かい合う二人。
おそらく黒丸では勝負にならないだろうと灰原は推測していた。
それに、あの大虎猫なら黒丸へ非道(ひど)い暴力は振るわないであろう。
「これも勉強ですかね…」
灰原は勝負の成り行きを見守ることにした。
大虎猫は二刀を中段に組み合わせ構え、自然体の歩み足で黒丸の長太刀の間合に入って来る。
鉄壁の構えにも見えるが、まるで無防備にも見える。
大虎猫が間合に入るなり、黒丸は一瞬の早業で抜き付ける。
だが届かない。
黒丸は自分でも「あっ?」と、意外そうな顔をした。
「むはは、届いてないぞ小僧」
「クソっ!…」
黒丸は少したじろいだ。
〜〜猫の妙術03「対決」〜〜 完
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