第7話 ザ・ナックルズ
「ピッチャー、須藤に変わり上井君」
結局、あの後のバッターは凡退。つまり、1点取られたらサヨナラ。
いいじゃんいいじゃん。こういう場面の方が燃えるし。キャッチャーは三浦、安心して投げれる。まずは投球練習から。
親指と小指の間にボールを挟み、残り3本の指を立てる。これが俺のスタイル。スローまではあくまで予備動作。力を抜きつつ、瞬間の力を高める。
「ほっ」
投球練習の1球目。ボールは真ん中から無回転でキャッチャーの膝元へと落ちた。
「ナイスボールよ」
間桐の奴らはこの魔球に気づけてない。バッターボックスに入らんと分からねぇんだろうな。僕はさっさと練習を終わらせ、相手打者を待った。
「プレイボール!」
審判のコールと共にバッターが打席に入る。1番からか。願ってもない打順だ。間桐のトップクラスの打者と対戦できるなんてな。
ま、相手が誰であろうと投げるボールは一緒。今できる精一杯をぶつけてやる。
握りしめた白球。僕の思い。全て、投げ込む。
「どりゃあ!」
放たれた球はおよそ変化球とは思えぬ速度でミットへ向かって進み続ける。ただ、この程度なら奴らはミートしてくるだろう。
だが、僕のボールは無回転だ。
「くっ!」
やはり間桐の1番。バットに当ててくる。ただ、タイミングもミートポイントも、何もかも大ハズレだ。
擦ったように転がったボールは一塁手、白木のミットにすぽりと収まった。
「アウト!」
「よし!」
まず1つ。この1個がでかいんだ。それに、奴らはまだ僕のボールのデータを集めきれてねぇ。これはデカいぞ。ナックルの初見殺しがまだ通用するってことだからな。
「2番、セカンド雨宮くん」
次に打席に入ったのは、僕よりも小柄で器用そうな選手だった。バットを短く構え、見るからに『小技をやりますよ』と言いたげな格好をしている。
「ふん、こんな奴にファーストゴロとか情けねぇ1番打者だぜ。まぁ見てなって。俺が打ち方教えてやるからよ!」
「へん。たいした自信だぜ」
僕は慣れた手つきでボールを投げた。
「ふん、もらっ……」
奴がバットを出そうとする瞬間、顔色が深い蒼に変わった。そして、ギリギリまでスイングしたバットを、急ブレーキをかけたかのように止めた。
「す、ストライク!」
「なんだ今の球!」
ほぉ、なかなかやるじゃないか。あのタイミングで打ってたらサードゴロだったぜ。それを瞬時に察知して、止めた。
「おいキャッチャーのガキ! なんだあのボール!」
「へへ。俺よりも小せぇ奴にガキなんか言われたくないね」
「くそぉぉ!」
ふふ、キレてるキレてる。似合わないぜ、そのバットのイキり具合。そんなに立てちゃ、2番じゃないっしょ。
三浦がサインを出した。ほう、なるほど。そのボールを使うか。
僕はグラブの中でコネコネと握り手を作り、投球動作に入る。
「今度は絶対に打つ!」
だから言ってるでしょ。そんなに力んじゃ、打てないって。
僕はボールをいつも通りリリースした。ただし、少しのアクセントを加えて。
「!?」
白球は確かに無回転で奴の方へと向かっていった。しかし、それはいつまで経ってもミットに到着しない。
奴も前回の反省を受け、タイミングを遅めに取っていただろう。しかし、放たれたボールはそれすらも凌駕する。
「ぐわっ!」
奴は思い切り振り抜いた衝撃と、タイミングを外され行き場を失った力のせいで、ドテッと前に倒れ込んだ。
「ストライク!」
僕が投げたボールは『シェイク』。ボールを人差し指と中指でフォークのように挟み、それを極端なまで少ない回転で放つことにより、擬似的なナックルを再現する変化球だ。僕の高速ナックルとはあまりに球速が違うため、タイミング外しとして使える『2つ目のナックル』。寿さんが教えてくれた。
「ち、ちくしょぉ……」
こうなったバッターはもう簡単だ。最後、ど真ん中にナックルを投げてやれば――
「ストライク! バッターアウト!」
見逃し三振ってわけ。
「ナイスピッチ! さぁ、ツーアウトよ」
「ああ、任せろ。このまま3人で終わらせよう」
ああ、そうだ。3人で。しかも、次のバッターだけは絶対に抑えないといけない。
「どんな小細工使ってるのかは知らねぇが、随分と調子いいみたいだな。雑魚ピッチャーさんよぉ!」
そう、3番はあの忌々しい高原なのだから。
「ふん。言ってやがるぜ。まぁ、見てな」
こいつだけは絶対に、殺る。僕はありったけの力をボールに込め、三浦のミットに叩き込んだ。
「どりゃあ!」
多少力んだが、問題無い。高速ナックルとしては崩れてるわけでも、大暴投や抜け玉になっているわけでもない。それも、この軌道……外角低めに落ちるぞ。もらった。
「はぁ!」
次の瞬間、快音が奴のバットから響いた。
「何!?」
打球はライト線の横を痛烈に進んでいき、落ちた。
「ふぁ、ファールボール!」
「チッ! 入ればツーベースだった所を」
「はぁ、危ねぇ危ねぇ! 上井、気にすんなよ!」
打たれた。あのコースを。あのボールを。あれをライトに持ってくとか、どんな技術だよ。体幹が強すぎるのか? それとも、単純なパワーか? まぁいい。ただ、一筋縄ではいかないぞ。
でもね、それでこそ
僕は再度気持ちを入れ直し、高原をキリッと見つめ直した。
「……ふん。いい顔するじゃねぇか。そうじゃねぇと打ちごたえがねぇからな」
「ほざけ」
さぁ、三浦。次は何を投げる。
「……了解」
ミットの中で『シェイク』の形を作る。いくらタイミングがいい感じにあっているとは言え、高速ナックルの後のシェイクは引っ掛けるだろう。そういう判断だよな、上井。
「ほっ!」
先程とは打って変わって、力を抜きまくって投げたボール。素人にはただのスローボールに見えるだろうが、僕たちには魔球だ。
「スローボールで抑えられるって?」
「!」
こいつ、何を。
「あめぇんだよガキが!」
普通のバッターならこのまま突っ込み、さっきのような無様な空振りを逃げるだろう。だが、高原は違った。奴は突っ込みそうになる身体を押さえつけ、球を無理矢理引き込み、それを豪快に引っ張り抜いた。
「な!?」
そんな打ち方、ありかよ。
高原によって放たれた打球は飛んで、飛んで、飛んでいき――レフトポール、僅かに切れてファールゾーンへと飛び込んだ。
確実に狩られた。シェイクを。ただ、あそこまで飛ぶとは。
「おい、舐めたマネしてんじゃねぇよ」
「……は?」
こいつ、何を言いやがる。
「あのジジィに教えてもらったボールは、そんなにしょぼいのか? はん、ガッカリだぜ」
ジジィ……? 寿さんのことか……?
「挙句の果てにはそんなしょぼボール。悪い、飽きたわ」
飽きた……? 僕のボールに、飽きた?
「引導を渡してやるよ、お前にも、ジジィにも、そのゴミボールにも」
ナックルが、ゴミボール?
「おい上井! あんな挑発乗るなよ! ここは冷静に……」
鼓動が早くなる。血が滾る。奴を潰せと騒ぎ立てるように。
あぁ、三浦。悪ぃ、僕、冷静になんて――
「上井!」
突如、スタンドから聞こえた、聞き覚えのある声。月曜の放課後、何度も何度も聞いた声。
「寿……さん」
「お前、何をやっとるか! 俺の教えたナックルがあんな奴に打たれるわけないだろ!」
「でも……」
「でもじゃねぇ! お前、俺との日々を忘れたのか!」
「寿さんとの……!」
そうだよ。僕は今まで、何をやってたんだ。ずっとずっと、毎日毎日、飽きもせず投げてきたじゃないか。
「自信もってやってこい! お前にはナックルしかないんだからな!」
「……はい!」
うん。僕にはナックルしかない。そして、それを今まで極めてきた。そんなボールが打たれるわけ、あるか?
いや、無い。
「やってやる。みせてやる。お前に! 俺のナックルボールを!」
「ほぉ、来い!」
ありがとう、寿さん。僕はどうやら自分を見失ってたみたいだ。奴に煽られて、飛ばされて。でも、それじゃナックルボーラーじゃないよな。
あくまで冷静に。淡々とナックルを投げる。それが本当の姿。常に寿さんが言ってたことだ。
でも、今日だけはそれを破らせてくれ。今日だけは、闘志剥き出し、ありったけを!
ワインドアップ。力を伝える。そして構える。腕を曲げる。持ってくる。顔の高さまで。さぁ、リリース準備は万端だ。
「見せてやるよ! 俺の生き様! The knucklesの魂を!」
ありったけの力で、白球を弾き込んだ。
速い。今までにないくらい。普通のバッター、いや、プロでも詰まる位の速さ。
ただ、奴はそれに合わせてくる。軌道も、バッチリ読めてる。
「貰ったぁ!」
それが普通のボールなら、奴は確実に捉える。それが高原の、気に入らねぇけど凄いところ。
でも、僕も負けられねぇんだわ。魂、かかってるんでね。
「曲がれぇぇぇ!」
奴のバットがボールに触れるその刹那、僕の叫びに呼応するかのように――球が、その行方をくらませた。
「……いい球、投げんじゃねぇか」
辿り着いたのは、相棒の手の中であった。
「ストライク! バッターアウト!」
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