第6話 友の一撃

「間桐学園はうちを見くびって必ずレギュラーメンバーで来るだろうからな。しっかりデータを取っておけ。いいな」


 試合開始前のノックが終わり、監督が選手を集めて円陣を組む。これが僕らの高校のルーティンだ。


 試合まではもう少し時間がある。先にトイレでも行っておこう。僕はグラブをベンチに置き、トイレへ向かった。


「あ」


 階段を上り、トイレを目の前にした所で見知った顔を見かける。高原だ。


「誰かと思えばいつぞやのお前じゃねぇか。今日は投げんのか?」


 奴は小馬鹿にしたような表情をこちらに向ける。ふん、舐めやがって。


「まぁな。多分ビックリすると思うぜ、お前」


 俺はそれを煽り返すかのような瞳を奴に向けてやった。


「ほぉ、そいつは楽しみだ! ははははは!」


 高原は高笑いを浮かべながら去っていった。以前なら萎縮していたかもしれないこの状況。だけど、今の僕には武器がある。寿さん、監督、三浦、見ていてくれよ。僕の揺れ続ける野球人生における、大事な一日を!


――


「先攻沼津南、後攻間桐学園で試合を始めます!」


「「お願いします!」」


 審判のコールと僕らの礼で、遂に試合が始まった。


 相手はやはり2番手投手で来た。まぁ、県大会で当たる可能性も少なからずあるし妥当な判断だろう。ただ、いくら2番手と言えど流石は間桐。140kmをマークしようかという直球と縦に大きく割れるカーブのコンビネーションは、中々のものだ。初回は三者凡退で攻撃を終える。


 だが、こちらも負けてはいない。先発している1年生エースの近衛は、相手投手の好投を見てボルテージを上げるタイプ。最速135kmながら、抜群のコントロールと小さく速く切れる変化球で凡打の山を築く。こちらも同じく強力間桐打線を三者凡退。


 敵もこちらも2人の好投手を打ちあぐね、試合は投手戦となった。先に一点上げた方が勝つ、そんな試合。


 ゲームが動いたのは6回だった。味方のエラーをきっかけに、間桐のランナーが出た。それを奴らは逃さない。クイックによってほんのわずかズレたコントロールを狙い撃ち。結局、あれよあれよという間に2点を上げてしまった。


「上井、準備しておけ」


「は、はい!」


 監督に呟きに僕は慌てて答える。ピッチャーは何枚もいるはずだが……試合内容によってはもっと早い回から行く、そんな意思表示だろうか。


「行くぞ、三浦」


「おう! 任せとけ!」


 僕たちはベンチの外れにあるブルペンへと向かった。


――


「結構いいんじゃないかな」


「ん、まぁまぁだね」


 たまに、ナックルがちっとも入らない『ハズレ日』がある。ただ、今日はそんなことも無く普通に決まっていた。これならそこそこ抑えられるはず。


「おーい三浦ー」


 プレートに足をかけ投球を続けようとした時、突然ベンチからの伝令が来た。なんだなんだ。なんか緊急事態か?


「代打だってよ、お前」


「だ、代打!?」


 三浦は思わず大きな声を上げた。しょうがない。だって、正直に言ってしまえば三浦は特筆してバッティングが優れている訳じゃない。1年の中、それもパワーだけなら上位に位置するだろうが、ミートはお世辞にも上手いとは言えない。それに、もし代打で出すなら2年の先輩にもっと相応しい人がいる。だから驚いたのだ。


「ま、一応準備しておけよ」


「お、おう。悪ぃな上井、ちょっと行ってくるわ」


「うん。僕もついていくよ」


 僕たちはブルペンを後にし、ベンチへと戻る。


――


「バッター、菅原君に変わりまして、三浦君」


 マネージャーのアナウンスが響く。それと同時にバッターボックスへ入る三浦。8回裏、ツーアウト、ランナー二三塁。一打出れば同点という場面での代打。打者にかかるプレッシャーは相当なものだろう。


 そこで三浦。監督、一体何考えてんだよ。いくら相手投手が100球以上投げてるからと言って、その采配は……


 マウンド上、相手はニヤリと笑ってグラブを動かした。多分、変化球だ。こいつ、ストレートにはそこそこ強いんだが、変化が全く打てねぇんだよな。こりゃ、参った。


 ピッチャーがボールをリリースする。大きく浮き上がった――カーブだ。まずい。


「ふん!」


 そんな僕の不安とは裏腹に、三浦は球の軌道にバットを合わせると、ライト線へと強烈な打球を飛ばした。


「ファールボール!」


「す、すげぇ……」


 あんな三浦、今まで見たことない。いつものあいつなら、あそこでタイミング合わず空振りだ。


 そうだ、ナックルボールの練習だ。ナックルは不規則に曲がるため、絶対に掴みに行っては行けない。向こうから来るのをジッと待ち、その軌道を見て捕球する必要がある。つまり、変化球を見る上での基礎、これがナックルのキャッチングで養われたのだ。


「くそ……代打なんかに打たれてたまるか!」


 力んだ。このフォーム、腕の振り、ストレートだ。


 真っ直ぐに対して、こいつは凄まじいパワーを誇る。しかも、この進化したフォームなら――


「そりゃあ!」


 しっかりと振り抜いた打球はレフト後方。伸びて伸びて伸びて……抜けた。


 ランナーが1人、そしてもう1人帰ってくる。これで同点だ。


「よっしゃあ!」


 2塁ベース上で大きなガッツポーズを見せる三浦。さぁ、後は俺の仕事か。

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