第5話 過去と変遷

 次の日、僕は学校が終わり次第、最速で河川敷へと向かった。なんでかって? そりゃ、早く寿さんに会いたいからでしょ。


「早ぇじゃねぇか」


 河川敷にはいつも通り、グラブの手入れをする寿さんがいた。


「寿さん聞いてください!」


「おお、今日はやけに威勢がいいな。なんだ?」


 僕は興奮交じりで昨日あったことを寿さんに伝えた。


「お! 遂にか。やったな!」


 寿さんはまるで自分のことかのように喜びながら僕の肩をバシバシ叩く。


「ただ、まだこんなもんじゃ満足出来ないだろ? 試合で活躍しなきゃな!」


「もちろんです! 今日もよろしくお願いします!」


「おう! もちろんだ!」


――


「そう言えば、寿さんってうちの監督と知り合いなんですか?」


 休憩中、僕の口からポロリと漏れたその言葉。昨日、監督がやけに寿さんのことを気にしていたから、聞いてみようと思ったんだ。


「まぁな。てか、高校時代のバッテリーだし、俺ら」


「ええ! そうなんですか!」


 まさか、そんな関係があったとは。


「お前、沼津南からプロに行った江戸川って選手知ってるか?」


「ええ、もちろん」


 江戸川歩。うちの高校で1番の有名人と言ったら間違いなくこの人だろう。確か、メジャーでも活躍していたはず。


「あれ、俺なんだ」


「へぇー、って、えぇぇぇぇ!?」


 おいおいおい。とんでもないビッグニュースじゃねぇか! まさか、あの江戸川さんが……


「婿に入って苗字が変わってんだ。世間では江戸川のままにしてるから、知る人ぞ知るって奴だな」


 確かに、江戸川さんは日本でほぼ唯一のナックル使いだった気がした。ただ、こんな所にいるとは思わないだろう。スピードが落ちているのは、やはり年か。


「でも、どうしてそんな選手が僕なんかに……」


「似てたんだよ、お前と俺」


「え?」


 似てた? この僕が? 元プロの江戸川に?


「俺と監督あいつも昔は二軍の補欠でさ。すげぇ辛い時期があったんだよ。投げれば打たれる、バッティングも駄目。もう野球をやめようかと思う時期もあったな。そこで出会ったのが、通りすがりのおじさんだった」


「!」


「今となっちゃその人の身分も素性も分からねぇ。ただ、その人はここで俺にナックルを教えてくれた。それが、今の俺を作っていったんだ」


「そんなことが……」


「1度で抑えられる自信が着いた俺の伸びは今でも驚くものがあるな。何せ、ストレートや他の変化球も良くなっちゃったんだから。監督あいつも、俺専属キャッチャーだったんだけど『こんなんじゃ嫌だ』って猛特訓よ。そして俺たちはチームの中心選手になったって訳」


 似てる。サクセスの仕方から、親友との関係まで。監督ってのは、僕で言うところの三浦じゃないか。


「お前を見てると昔の俺を見てるようでな。あの必死のお願い、あれなんかホントそっくりだぜ。だからだよ、お前に教えんのは。ナックルなんて、お前以外に教えたことないからな」


 そう語る寿さんの顔は、太陽の光を受け暖かく輝いていた。昔を回想しながら、僕への慈愛を抱えるその表情に、僕の心は激しく燃え盛っていた。


「寿さん、本当にありがとうございます」


「いいってことよ。感謝はエースになってからしてくれって」


 寿さんはそう言いながら、口を豪快に開いて笑った。


「寿さーん!」


 すると突然、後ろから聞き覚えのある声が響いた。


「お、来たみたいだな」


 来た? 一体誰が? 僕は不思議に思いながら振り返った。


「待たせたな、上井!」


 僕の肩をグッと掴んだ声の主は、僕の親友、三浦だった。


「なんでお前がここに……」


「お前、ナックルを取れるキャッチャーがいないって心配してただろう? だから寿さんと練習してたんだ、お前が帰ったあとにな!」


 三浦は白い歯を輝かせながらニカッとした笑みを浮かべた。


「三浦……」


「まぁ、百聞は一見にしかずってやつだ。投げてみろ、上井」


「はい!」


 僕と三浦はそう言ってグラウンドへと向かう。


「行くぞ三浦!」


「来い、上井!」


 手加減はしない。正真正銘、本物のナックルを食らわせてやる。


 僕は力を適度に抜きながら、自分の最もいい感覚でナックルを投じた。ほぼ無回転に近いその球は、およそ115kmぐらいのスピードで三浦の元へと向かっていく。


 ナックルの捕球の難しさは、その不規則性にある。投手でさえどう曲がるか分からないボールを取らなければいけないキャッチャーは、相当の技術が必要だろう。


 そうこうしている内に、ナックルが変化を始めた。『揺れる』と言う表現が良く似合うそれは、まさに現代の魔球だ。しかも、今回はベース手前でワンバンするぞ。こんなの、プロでも捕球出来ない。


「よっと!」


 しかし、三浦はそれを意図も容易く捕球してしまった。危なげなく、完璧にだ。


「す、すげぇ……」


「もう1球行こうぜ! 何本でも取ってやる!」


「お、おう!」


 それから、僕は何球も何球もナックルを投じた。しかし、三浦はその全てを捕球してしまう。


「まぁ、こんなもんでいいだろう。どうだい? 三浦は」


「いや、ホント想像以上です」


「まぁな! 俺だって努力を重ねてんだ。お前を見て、俺も刺激を受けてんだぜ!」


 はは。これがさっき寿さんが言ってた相乗効果か。監督も、こうやって上手くなったらしいし。


監督あいつにはしっかり話通しとくから心配すんなよ。それより、お前たちは試合に向けて調整しろ、いいな?」


「「はい!」」


――


 そんなこんなで時は過ぎていき、遂に間桐学園との試合当日となった。

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