皆さん、私こそがザ•悪役令嬢です

蒼井星空

皆さん、私こそがザ•悪役令嬢です

「まだそんなところにいたのかしら。目障りなので出ていってもらえますか? まったく、聖女とはいえ平民の女がレオン王子に擦り寄るなど汚らわしいですわ」


はじめまして。

私はメルテナ•フォーエンバーグです。

父はフォーエンバーグ公爵なので、いわゆる公爵令嬢ですわね。


長く美しい金髪、しっとりとしていてかつハリのある白い肌、ある人に言わせると鈴のような声音に、凹凸のある身体……美しく産んでくれた両親には感謝しております。


そんな私ですが、婚約相手がいたこの国の第一王子であるレオン様に好意を持ってしまい、持ち前の美貌、作りこんだセリフ、用意したシチュエーションを活かして申し訳ないことに奪い取ってしまいました。


あぁなんて罪深いのでしょう。


罪悪感と達成感に包まれた私は、満足したので次の楽しみである"ざまぁ"というものを待っています。


きっと私がレオン様に婚約破棄させた相手である聖女フィーナは私に手酷い"ざまぁ"を喰らわせてくれるはずです。

それを考えると心の奥底が震えます。


奴隷に落とされるでしょうか?

国外追放でしょうか?

下卑た男たちがよってたかって乱暴に……?

あぁ、いけません。

妄想が膨らんでしまいますわ。


「……申し訳ありません、フォーエンバーグ様」

……えっ?


しかし、現実は私を裏切ります。

なんと、あろうことか、聖女フィーナは唇をキッと噛み締めて私を睨みつつも、退散されてしまいました。


「あぁメルテナ。今日も美しいな」

そう言いながら笑みを浮かべて私を抱き寄せ、髪を優しくなでてくるのがレオン王子です。

美しい銀髪、鍛えられたしなやかな体、理性的な目、軽やかな身のこなし、全てが完璧な王子様です。


でも、いいのでしょうか?

彼は聖女フィーナと婚約していたとは思えないほど、彼女に素っ気ないのですが。


そして私のことはもっと乱暴に扱ってほしいのですが……。


まさかそんなことは言えない私を前にして、まさかそんなことを私が考えているとは夢にも思っていないレオン王子がゆっくりと唇を近付けてきたので、とりあえず不敬と言われかねない速度で抱きしめ返して熱いキスをしておきました。

まだ聖女フィーナがこちらを見ているうちに見せつけるように。



なんて私は性格が悪いのでしょう。

見てください、正義の味方さん。

どこにいるのか知りませんが早く出てきて悪役令嬢な私を"ざまぁ"して下さい。

わりとハードなものでも構いません……というか、それが望みですが(じゅるり)……。


しかし、聖女フィーナはそのまま部屋から去っていきました。


その姿を眺める私とレオン王子。

あれぇ?



そして場面は変わり、今日は婚約の儀式の日です。

国王陛下が用意してくださった婚約の証書にレオン王子が署名して私に渡してくださいます。

いいですね、みなさん。

今がチャンスですよ?

今しかありませんよ?


これまで私が学院でいじめたり、嫌がらせしたり、無視してきたみなさん!

思い当たる方はおりませんが、きっと1人2人はいらっしゃるはずです!

期待していますので、私に対する文句や反対をしてください。さぁ!

私は皆さんへの嫌がらせのため精一杯レオン王子に媚を売りますから。

さぁ!!!


「メルテナ、今日は一段と素晴らしいな。こんな美しい女性と婚約できて、俺は嬉しいよ」

どストレートに褒め称えてくれるレオン王子の姿をしっかりと目に焼き付けつつ、私はレオン王子には見せないように傲慢な顔をしてあたりを見渡しました。

さぞ意地の悪そうな女に見えているはずです!


「私こそ、ステキでカッコいいレオン王子と婚約できて嬉しいですわ」

さぁ、的は的らしくこれでもかと悪目立ちしていますよ!


みなさん、"ざまぁ"すべきときが来ました。

"ざまぁ"タイムですよ!

さぁ!!


「レオン王子……聖女との婚約を破棄してまでそのような見てくれだけの女を選ぶとは、落ちたものだな!」

来ましたわ〜!!!!

どこのどなたかは存じ上げませんが、この期待感満載の登場っぷりはまさに"ざまぁ"請負人的な人のはずです!


見てくれは……無骨で鍛え上げられた大きな体に短く切り込んだ金髪に……ええい、めんどくさいから筋肉ゴリラでいいです。

その筋肉ゴリラがレオン王子を嘲笑しています。


「ふん、ルドルフか。文句を言うな。私は真実の愛に目覚めたのだ」

筋肉ゴリラを前にして、全く変わらずレオン王子が答えます。


さぁ言い返すのです筋肉ゴリラさん。

どんなに取り繕おうとレオン王子のやったことは婚約中の浮気で、最低野郎だと。

私は婚約者のいる男性を奪った最低最悪な悪役令嬢だと!

口汚い言葉を投げ散らかす準備は万端ですから!


「なにが真実の愛だ。たしかに聖女フィーナは平凡な見た目かもしれないが、その心は清らかだ。しかも健気。炊き出しにも参加し、民衆に触れ合う姿はまさに聖女。それに引き換えそこの悪女は……」

「悪女だと? この素晴らしいメルテナを悪女だといったのか? いくら弟でも許さないぞ!」

この筋肉ゴリラが麗しのレオン王子の弟ですって?


あまりの似ていなさに衝撃を受けた私はこのやり取りを受け流してしまいました。それが失敗につながるとは思いもよらずに。

いえ、失敗はかなり前からしていたのですがね……。

それを思い知らされました。


「その聖女が行った炊き出しに使われた物資を準備したのがメルテナだと知って言っているのか?」

「えっ?」

どうしてそれをレオン王子が知っていて、しかも誇らしげに語っているのでしょうか……。

筋肉ゴリラさんはフリーズしました。

私もフリーズしました。


「しかも炊き出しで配る料理は皆に知られぬようこっそりとメルテナが自ら、お供のメイドたちと一緒に作ったものだと知っているのか?」

「えっ?」

まさか見られていた?なぜ?


「さすがメルテナ様だ。素晴らしい!」

「うむ、王子にふさわしい女性ですな!」

なんなのですか?

なぜ私を褒めるのですか?

違うでしょう。取り巻きのあなたがたすべきは私を罵ることです!『お前などは素晴らしい王子様に相応しくないぞこの豚が!』って言ってください!



しかし……


「これで婚約完了ですな。おめでとうございます」

粛々と儀式を進める神父様が、私にとってとんでもないことを言い始めました。

完全に私の失敗です。

あのあと筋肉ゴリラさんは意気消沈したのか黙ってしまいました。


だって仕方ないじゃないですか。

私は昔王都で迷子になったときに貧しい方々に助けてもらったことがあるのです。

迷って不安なところで声をかけられたとき……身ぐるみを剥がされて奴隷として売られるとドキドキ……じゃないです、心配していたのにもかかわらず、彼らは親切にも私を公爵邸に送り届けてくれたのです。


そのときに彼らと約束したのです。

年に一度は炊き出しに参加するし、お小遣いから炊き出しの実施費用を出すんだと。

それがまさかこんな形で跳ね返ってきて私の"ざまぁ"を阻止してくるなんて酷いですわ!



しかし婚約してしまいました。

婚約なんかしてしまったら、"ざまぁ"されにくくなるじゃない。

私は怒りが収まりませんが、もうどうしようもありません。

すでにサインしてしまった紙を神父様が回収し……まさか私がレオン王子の婚約者になってしまいました。



こんなこと、神や王が許しても私が許しません。

小狡い方法で聖女フィーナを追い出して婚約を掴むなんて。

自分自身を縛り上げて嫌らしい手つきで(ピー)をしながら罵倒したいですわ。


しかし、もう婚約してしまいました。



みなさん何をしているのですか?

このままではこの国の歴史に汚点を残す悪女である私が王妃になってしまいますよ?

本当にいいんですか?

婚約者からの簒奪ですわよ!?


って、なんでみんな拍手をしてるの?

えぇ〜?


しかし私の思いとは裏腹に正式に婚約が成立しました。

それでも私は諦めません。



まだチャンスはあります。

そうです、お披露目の舞踏会です。


そこにあえて聖女フィーナを呼んで、蔑み、罵り、私へのヘイトを集めてやるのです。

そうすれば婚約なんてちっぽけな障壁では阻止できないくらいの壮絶な"ざまぁ"をきっと私に喰らわして来る人が2,3人はいるはずです。

目隠しされて拘束されて攻められるとか……はぁはぁ。



信じていますよ、まだ見ぬ聖女フィーナの支援者の方。

そして、きっと聖女ではなく悪女である私を選んだことに失望して反乱を起こしてくれるであろう誰か……。


えっ?

誰がそんなことをするのですかって?

わかっていれば苦労はありません。

でもきっとこんな悪女が将来の王妃になることを懸念する崇高な方がいらっしゃるはずです!



そして舞踏会が始まりました。

私は案の定みすぼらしい格好をした聖女フィーナを見つけ、恥ずかしい、よく顔を見せられましたわね、そんな古臭いドレスを着て、あなたの世話を命じられた貴族は正気ですか、などとヘイトを撒き散らしておきました。


なぜかフィーナの近くで震えている女性がいましたが気にしてもしょうがないでしょうか。

まぁいいです。これで踊るときにはきっと性格ブスな私には王子の相手は相応しくないと私からレオン王子を奪う方が出てくるでしょう。


もしくはとばっちりですがレオン王子をすら"ざまぁ"するような強力なザ•主役が出てくるでしょう……ドキドキワクワク。


「さぁメルテナ。私とともに踊ってくれ。今宵の君はより美しいな。その崇高な愛を受ける栄誉を私に」

そのような歯の浮きそうなセリフを吐きながら私の手を優雅に取っていただき、優しくリードしながら踊ってくださいました。

あぁ、なんて美しい王子。

思わず我を見失い、幸せな時に浸ってしまいました。

王子の胸に顔を埋めながら……。


そして気づけば周りの貴族たちもレオン王子と私に見入っています。


って、あれ?

大丈夫でしょうか?

1曲終わってしまいました。

もしもーし、"ざまぁ"実行者さん。何をしているのですか?


あっ、そういうことですね。わかりました。

今は私達を上げるタイミングなのですね。そこから劇的に落として"ざまぁ"するために。

ですよね〜ゾクゾクします。

こんなにいい気分から、まるで豚の餌かのように粗末に乱暴にぶちまけて貰えるのですね……うっとり。



それにしても聖女フィーナはどうしたのでしょうか?

舞踏会の前に散々罵っておいたのに、どこに行ったのでしょうか?

そして、何をおとなしくしているのでしょうか?


私は不満を感じながらもこの場を見渡しました。

あっ、いました……って、えぇ?

聖女フィーナは筋肉ゴリラと踊っていますね。

はは〜ん。なるほどです。そういうことですね。


聖女を捨てて私のような悪女を選んだレオン王子はきっと罰を受けて廃嫡となり、新たに聖女を選んだ筋肉ゴリラが王となるのですね。

そしてレオン王子と私は田舎に送り飛ばされる"ざまぁ"を受けると……。


わかりました。心の準備も万端です。

ほら、筋肉ゴリラと聖女が前に出てきます。

ファイトよ!


「兄上、婚約おめでとうございます。そして私とフィーナのことを支援いただきありがとうございます」

なぜかレオン王子にお礼を言う筋肉ゴリラさん。

なにか雲行きが怪しいですね……。


「いいのだ。似合ってるではないか」

「ありがとうございます」

その筋肉ゴリラを褒めるレオン王子と素直に礼を言う筋肉ゴリラ……あれぇ?


「レオン王子、私からもお礼を。お互い様ではあるのでしょうが、私の意見も尊重してくださってありがとうございます。おかげでルドルフ様と話し合い、理解を得ることができました」

そしてフィーナ聖女までもがレオン王子に丁寧にお礼を述べ、頭を下げています……なんで?


「メルテナ様も。私が婚約破棄で不利な噂を流されたりせぬよう悪者のように振る舞ってくださって……」

なっ、何を言い出すのでしょうか、このアホ聖女は。違います。皆さん違うのです。


私はれっきとした悪女で"ざまぁ"されるべき人間なのです……ってもう誰も聞いてくれなさそうですね……。


私はどこで間違えたのでしょうか。聖女フィーナが何か言っていますが頭に入ってきません。


「今日もフィーナが嫌がらせのように押し付けられて着ていたドレスを罵ることで私が用意したものを手渡すきっかけをいただきありがとうございます」

筋肉ゴリラも私にまで頭を下げながら何か言っていますが頭に入ってきません。


「そうだったのかメルテナ。流石だな。婚約破棄のときは何か考えがあってやっているのだろうとは思いつつ、ルドルフの発言が許せず邪魔してしまってすまないと思っていたのだ。しかし、さすがに今日も罵るのはなんでだろうと思っていたが、そうか、聖女フィーナに嫌がらせをしている勢力があることを読んで、さり気なく着替える……しかもルドルフが用意したものに変える機会を作っていたのか。見事だな。それでこそ私が選んだ妃だ」

もう泣きそうです。

きっともう私には"ざまぁ"は回ってはきません。


理解してしまいました。


レオン王子はとてもいい笑顔で弟である筋肉ゴリラのルドルフ王子や聖女フィーナ、他にもこの場にいる様々な貴族たちから祝福の言葉を受けています。


しかし、私は皆から罵られ、"ざまぁ"されるという妄想に別れを告げなくてはならず、祝福の言葉が耳に入ってきません。



そんな失意の私をよそに、聖女フィーナと筋肉ゴリラが愛し合っているということもまた衆目の知るところとなり、そちらも祝福されています。



どうしてこうなったのでしょうか。




私はどこで間違えたのでしょうか?




鳴り響く拍手はいつまでもいつまでも止むことはありませんでした。




これはこれで幸せなので悪くはないですね。

そう思いながら万雷の拍手の中、レオン王子のキスを受け入れました。

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