練習試合

第32話 応援の約束

 7月の下旬には、サッカー部でも柔道部でも、大会が控えていた。少しずつ部活動が忙しくなり、ほしのねこではお互いに会えない日々が続いている。


 水曜日にいつもの河原で少しだけ会って、お互いの練習具合や、成果を話し合うだけになっていた。


「土曜日にサッカーの練習試合があるんだ」


 そう言いながら、真人は石を川に向かって投げた。


 真人も由美も、河原に来ると平たい石を投げて水切りをするのが恒例になっていた。段々と2人の腕は上がっていき、話しながらなのに真人の石は7回も水を切っている。


「そうなの? 練習試合はどこで?」

「グラウンドは向こうの学校を借りるってさ。上条かみじょう高校。あっちの方が広いんだ」


 藤波学園も洋極学園も、姉妹校であるお互いの学園を組み合わせれば大きな学校なのだが、ひとつの校舎ではグラウンドも、生徒数でも一般の学校より規模が小さい。そのせいで、練習試合で自分達の学校を使うことはほとんど無いのだった。


「相手は強いの?」

「強いよ。強豪って言われてる。うちのサッカー部も赤組とかスポーツ選考の人が多いけど、向こうもスポーツ推薦で入っている生徒が多いんだ」

「わあ……。それなら、気合いを入れなきゃね!」


 由美の方が気合いたっぷりで、グッと両手を握ってガッツポーズをとる。そして、真人をジッと見つめる。


「北川くん、頑張ってね!」

「…………あ」


 満面の笑みで応援されて、真人は口を開けたままにしてしまった。由美の笑顔に見とれてしまった…という訳では無い。


 真人は唇をキュッと噛むと、小さな声でお礼を言った。


「頑張るよ」


 真人はすぐにそう言って笑顔を返したので、由美は気が付かなかった。真人が見せた、ほんの一瞬の悲しげな表情に……。


。。。


 金曜日の昼休み、いつも通り4人で食事をしていた由美は、茉莉から試合の応援に行かないか。と誘われる。


「私も行きたいけど、明日は午前練習があるの」

「何時まで?」

「8時から11時までよ」

「サッカーの試合、お昼を挟んで2試合やるみたいよ。間に合わない?」


 茉莉が少し心細そうな顔をするから、由美は先程までよりももっと応援に行きたくなる。

 

「2試合までには間に合いそう。1試合目も、もし間に合いそうなら合流しようかしら」

「うん」


 由美の言葉を聞いて、茉莉は嬉しそうに笑った。


。。。

 

 昼に練習試合の会話をしたばかりだから、由美は部活中も真人のことを考えていた。明日の予定をもう一度頭に思い浮かべて、改めて見に行けるかどうか思案する。


(確か、上条高校は駅から遠いのよね……)


 考え事をしながら、由美は他の柔道部員達と一緒に外周を走る。そして閃いた。走ったら時間が短縮できるのでは無いか。と。


 駅からは遠いが、ここからはさほど離れていない。電車で言うと2駅ほどだが、車で行けば10分で着く距離だ。走っても30分かかるか否かといったところだろう。


 由美は体力作りも兼ねて、明日は上条高校まで走って向かう事にした。


。。。


 一方、真人達洋極学園のサッカー部では、明日の練習試合に備えて、ウォーミングアップ程度の小さな試合を少人数で行っていた。試合形式は2on2ツーオンツーで、ゴールも小さいものを部室の倉庫から持ってきて使っている。


「幸雄」


 真人は幸雄と組んで練習しており、今は丁度幸雄へとボールをパスしたところだ。コートを狭く利用していることもあり、展開が早い。奪われそうなボールが真人の元に返ってきて、少しずつ前にボールを出す。


「よっしゃ!」


 という声とともに、ボールを取られてしまった。先程からお互いのチームに得点は無い。膠着状態が続いていた。現に、今真人がまたボールを取り返して、幸雄へとパスを出している。


「ゴール!」


 こちらのゴール付近でボールを奪い返したお陰で、少し遠くにいた幸雄がゴールを決める。やっと得点が入って、真人と幸雄はハイタッチした。


「くっそー。さっきの惜しかったなあ……」

「北川の奴、動きが素早すぎて奪ってもすぐ追いつかれちまう」


 相手の2人は、息を切らせながら真人に近づいてくる。


「ねずみみたいにチョロチョロしやがって」


 軽く文句を言われつつも、明日の試合では味方なので頼りにしてる。と肩を叩かれた。


「よし、再開すっか」


 相手チームがボールを蹴り、ミニ試合はまだ続く。


 その後のゴールも幸雄が積極的に決めていき、4点目を奪う。相手の2人が真人ばかりをマークするので、隙ができるのだ。


ピーッ


「ナイス! 幸雄!」


 練習終わりの合図が聞こえた。スムーズに勝てた真人と幸雄は最後にまたハイタッチを交わす。最終的に、相手から取られた得点は1点だけである。


「いつもより動き素早くないか? コートが狭いからか?」

「ゴキブリかよ」


 相手からはまた軽い文句が飛んでくる。いや、文句にしても例えられたものが酷すぎる。


「おい。その例えは普通に傷つくぞ」

「悪い悪い。でもさ、本当に今日調子いいよな。北川」

「まあ、今日の試合は普段と違うからかなあ。藤波の声援がほとんど無いし、めっちゃ楽」


 一番の理由がそれか。とその場にいた3人が呆れた顔をして、真人を見つめた。真人は仕方がないだろう。と唇を尖らせて、拗ねるように視線を逸らした。


「明日、大丈夫かよ? 女子達に応援に行くね! とか言われてたじゃん」


 幸雄が微妙にそれっぽい真似をするから、真人の口端がひくっとひきつった。


「無視したし」

「でも来るだろ」


 真人は、女子達の声援を声援とは思えない。「頑張れ」という言葉では無く、「かっこいい」「こっち向いて」が8割を占めるのだ。その度に、真人は不機嫌そうに「俺はアイドルじゃねえ」とサッカー部員達…主に幸雄に当たり散らしている。


 今だって、真人は不機嫌になってしまい、「片付け行くぞ」と言ってその場から逃げて行ってしまった。

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ひび割れた時を君と 朱空てぃ @ake_sora_

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