第30話 2人の父親

 真人と由美はダイニングに2人の父親を残して、食べ終えたカレー皿を片付ける。


「せめて洗い物くらいはさせてよ。料理はだめだけど、流石にこれくらいは俺も出来るしさ」


 作ってもらったお礼に。と、真人はほとんど無理やり洗い物をさせてもらう。特別なこだわりがある訳では無いが、由美は自分とは違う皿洗いの方法が少々気になった。つい手元に注目してしまう。本人は至って真面目に丁寧に洗っているつもりなのに、少々大雑把になってしまっているところが微笑ましい。男の子らしいと感じた。しかし、全く嫌な気持ちはせず、やはり真人の厚意が嬉しかった。


 隣で皿を洗っている真人を眺めながら、由美は嬉しそうにはにかむ。


「ありがとう。北川くん」

「こちらこそ。カレー美味しかったよ」


 2人がほのぼのとしている間も、後ろで2人の父親の酔いはかなりヒートアップしている。明日の仕事に支障が出ないかと不安になるほどだ。


「ちょっと、父さん。明日も仕事だろ」

「そうだよ。お父さんだって!」

「大丈夫だって」


 真人が皿を洗い終えた後も、父達の晩酌は終わりそうになかった。由美はリビングでくつろいでいよう。と、真人を連れて隣の部屋に移動する。ダイニングも見えるので、時間が経ったら止めに入ろうと見張りつつだ。


「長居してごめん」

「いいの。うちのお父さんが飲ませるのが悪いのよ」


 由美と真人は、3人がけのソファに隣合って座り、世間話で暇を潰す。


「そう言えば、宿題とかないの? 今日ずっとそんな機会なかったでしょ」


 真人がそう言うと、由美は思い出したかのように「ある」と言った。明日提出の数学の宿題だった。


「北川くんは? もしあったら一緒にやろうよ」

「暇だしね。やろうか」


。。。


 由美と真人が宿題をやっている間、銀次と康臣はその様子を見て子育て話に花を咲かせていた。ただ酔っ払っているだけではないのだ。


「いい子ですね。お嬢さん」

「ああ。真人くんも、素晴らしい子じゃないか。由美からよく聞いてるよ。最初はナンパから助けてもらったって。友達の付き添いでよくカフェに来てくれるとも。こないだのテストでは勉強を見てもらったそうだ。君の息子は頭がいいんだってね」


 銀次は酒の入ったグラスを傾けながら、康臣をジッと見つめた。康臣はグラスを揺らして、口に含むのを暫し休んでいた。

 

「そのようです。実は、息子は洋極の特待生でして……。論文が大学教授の目にも止まった。なんて聞いた時は驚きましたよ。いつの間にこんな凄いことができるようになったんだろう…なんて」

「由美も、いつの間にか家政の特待生になっていて、驚いた記憶がある。確かに家事はほとんど全て任せ切りだったのだが……。子どもの成長は早いな」

「本当ですよ」


 宿題を進めている2人を暖かい瞳で見つめ、銀次と康臣は話に花を咲かせる。


「なあ、北川くん。人のプライベートだし、答えなくてもいいんだが……」


 話の途中、ふと銀次が真剣な顔をして、康臣を見つめた。康臣は相当酔っているのか、真面目な話だとは気づかずにグラスを揺らし続けながら、返事をした。

 

「はい。なんでしょ?」

「彼に恋人がいるとか、好きな女性がいるとか、聞いた事あるか?」

「えー? 息子ですか? 恋人は…絶対にいないですよー……」

「何故、絶対だと?」


 銀次の真剣な目が更に鋭く光る。

 

「真人は…………」


 酒が入っているせいなのか、上司の質問だからなのか、康臣の口はつい軽くなってしまっている。


「そういうわけなので、彼女はいません」


 泰臣の話を聞いて、銀次は何かに納得し、また、悲しくなってしまった。そっと視線を落とした銀次は、小さな声で呟く。


「どうりで…………」

「誰に似たんでしょうねぇ……。私も妻のことは今でも愛していますが、真人程じゃない……」

「難しいものだね。私個人としては、2人はお似合いだと思うんだけどなあ……」


 銀次は伏せていた頭を上げて、真人と由美の方を和んだ表情で見つめ、そう言った。


「お似合い、ですか……。お嬢さんにはもっと素敵な人が見つかると思いますけどねえ。真人の取り柄と言えば勉強くらいですし」

「そうかな? 礼儀正しいし、コミュニケーション能力は高いと感じたがね」

「確かに友達は多いけど、友人と社会に出た時の同僚や先輩は違うものですから」


 康臣も真人と由美を振り返り、和んだ。息子が誰かと仲良くしている様を見ると、やはり嬉しいと思う。親には絶対に見せない一面が見れたりするからだ。


(あんなに優しい笑顔をするんだなあ……。このまま吹っ切れてくれたらいいのだが……)


 そう思いながら、康臣は銀次に向き直る。


「もし本当にお似合いだと言うなら、嬉しいですね」


 康臣はそう言うと、グラスに長時間入ったままになっていた酒を、やっと口に含んだ。


。。。


「2人は今、何をしているんだい?」

「お父さん」

「宿題をしてました」

「ほう、偉いね」


 リビングに入ってきた父親達に声をかけられ、2人は顔を上げた。


「真人は成績がかなり良いので、何時でも利用してやってください」

「凄いですよね! 私は苦手な教科も多いので、テストの時は助かりました」


 先程聞いた通り、テストの時に勉強を見たと言うのは本当のようだ。と康臣は思った。


「真人くんはそんなに成績がいいの?」

「そうなんですよ。確か…今回は2位だったんだっけ?」

「大体いつも2位だよ。拓真がぶっちぎりで1位をとるから」


 真人はそう言って苦笑する。普段から勉強せずに女遊びに勤しんでいる拓真に、真人はいっつも勝てないのだ。

 

「そうそう。こいつの友達も頭がいいんですよ。もしかしたら影響を受けて勉強するようになったのかもな」


 康臣はそう言って、真人の頭をグリグリと撫でる。


「ちょっと、やめてよ」


 真人はわざと不機嫌に見せているが、言うほど嫌がっていないのが周囲には伝わっている。嫌がる素振りもなんだか微笑ましく見えて、由美と銀次は似た顔で微笑んだ。


「そこで和まないでよ」


 と照れた顔で反発してみるが、それすらも微笑ましげに見つめられてしまい、真人は唇を尖らせた。


 そんな姿すら、なんだか微笑ましかった。由美の前では頼りになる人。優しい表情で見守ってくれるような暖かさがあるのだが、今の真人はなんだか子どものようで可愛らしい。


「珍しいなって思って…つい」

「もう」


 真人は困ったような顔で軽くため息をつくと、父親の手を制した。


「酔いが覚めたら帰るからね。明日も仕事なんだから、夜遅くまでいるのは迷惑だろ」

「私としては泊まりでも構わんのだがね」


 銀次の言葉に真人は驚いて目を見開いた。康臣も驚いて固まってしまっている。きっと酔いが覚めたことだろう。


 いくら親が同伴でも、流石に同じ空間での寝泊まりは良くない。部屋は別に用意されるだろうが、それでも同い年の異性の家という認識に間違いは無いのだ。


 驚くような発言をした銀次は、ヘラヘラと笑っていた。それを見てやっと、真人はほっと息をついた。

 

「ご冗談を。年頃の娘がいるんですから、父親がそんな事を言わないで下さい」


 銀次の言葉が冗談だとわかったから、真人は安心して言葉を返すことが出来た。

 

「あはは。真人くんがしっかり者だから、ついね。またいつでも遊びにおいで」


 康臣もやっと冗談だと理解したらしい。落ち着きを取り戻して、ぺこりと丁寧なお辞儀をした。

 

「浜野署長。本日は大変お世話になりました。ご馳走様です」

「ああ。また明日も仕事、頑張ってくれ」

「ありがとうございます! それではお疲れ様でした。失礼致します」


 真人も康臣に倣って、丁寧にお辞儀をしてから由美と銀次を交互に見る。

 

「浜野さん、ご馳走様。父のこと、ありがとうございました。お邪魔しました」


 由美と銀次は同じような動作で手を振って見送ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る