第29話 由美のカレー
病院での手当が終わった後、真人と真人の父は、ほとんど強制的に由美が待っているマンションまで連れてこられた。
「病院まで送っていただいただけでも申し訳ないのに、夕食までだなんて……」
「娘には4人分でと頼んでしまったのでな。むしろ来てもらえないと困る」
由美は家を出る最後まで、不安げな表情をしていた。会う事で安心させてあげられるのなら。と真人は思う。
「ありがとうございます。楽しみです」
「真人。少しは遠慮しなさい」
「いいんだ。由美を気遣ってくれてるんだろう?」
「大して頼りにもなりませんけど。心配をかけてしまったみたいですし。それに……」
真人はそう前置きをして、本音を語る。
「正直、浜野さんの料理が楽しみなんです。家政の特待生だと聞いていますので。絶対に美味しいんだろうなあ。と」
「そうなんだ! 由美の料理は美味しいぞ。沢山食べて行くといい」
喜び方もなんだか由美に似ている。バックミラー越しに笑う浜野父を見て真人はそう思い、思わず笑を零した。
「何を作ってくれてるか楽しみだ。北川くんも遠慮せずに食べるんだぞ」
「あ、ありがとうございます……」
緊張からか少し固くなって、康臣は恐縮そうに返事をした。
。。。
マンションの部屋に戻ると、カレーのいい匂いが玄関先まで漂ってくる。
「おかえりなさい。お父さん」
父親のスーツのジャケットを受け取り、由美は真人と康臣へと目をやった。
「はじめまして……。浜野由美です。父がいつもお世話になってます」
由美がぺこりとお辞儀をすると、由美は康臣のジャケットも受け取ろうと近づいた。
「あ、す、すみません……」
戸惑いつつも素直に世話をされた父を見て、真人は笑いを堪えるのに必死だった。
「こちらこそ、浜野署長にはいつもお世話になっております……。それに、お嬢さんには真人がお世話になっているとか」
「そんな事ないです。私の方がいつもお世話になってますから……!」
由美はそう言うと、少し照れくさそうにはにかんだ。
銀次が先導して、ダイニングへと足を踏み入れた。すると、カレーのいい匂いが更に濃くなる。
ぐぅー
「あ、ご、ごめん…なさい」
ついお腹を鳴らしてしまって、真人は恥ずかしそうに謝った。由美も銀次も特に気にした様子はなく、むしろ少し嬉しそうな表情でくすりと笑ってくれた。
「出来てるから。どうぞ座って」
「い、いや……。運ぶの手伝うよ」
照れた表情はなかなか戻らず、真人はカレーの入った器をテーブルに置き終わるまではしゅんとしおらしくなっていた。
「「いただきます」」
3人で同時に手を合わせて、挨拶をする。由美が期待した眼差しで見つめてくるので、真人達は緊張しつつカレーを口にした。
予想通りではあったが、由美のカレーは絶品だ。カレーの香辛料が効きすぎず、決して薄味では無い絶妙な味に整えられていた。じゃがいもや人参の大きさは丁度よく一口大。浜野家の煮込み時間は長めなのか、噛むと溶けるようにホロっと崩れていく。まろやかでとても美味しい。
「美味しい……」
「お嬢さんは料理上手ですね。署長が羨ましいです」
「そうだろう? 由美の料理は絶品なんだ」
由美もはにかんで嬉しそうにしているが、それ以上に銀次がデレっと口元を緩ませた。先程までは警察官として引き締まった顔をしていたものだが、やはり家に帰ると普通の優しい父親になるようだった。
「うちは私も息子も料理が出来ないので、本当に凄いですよ。どこかで習われたとか?」
「あ、えっと。私、レストランでバイトをしているんですけど、そこの店長とは元々の知り合いで……。教えて貰っていた時期があるんです」
それを聞いて真人は納得した。由美の作ったカレーは、どことなくほしのねこの味付けに似ていたのだ。この前ほしのねこで頼んだ夏野菜カレーも、こんな絶妙な味をしていた。
「確かに似てるね」
「やっぱり? カレーのルーも、店長が愛用してるのと同じ物を使ってるんだよ。私も気に入ってるの」
「そうだったんだ……。ほしのねこのカレーも美味しかったけど、俺は浜野さんのカレーの方が好きかも。野菜の柔らかさが、特に俺好みなんだよね」
ほしのねこの夏野菜カレーは、野菜の食感を活かすために煮込みをわざと甘くしている。真人としてはくたくたの野菜が好みなので、由美のカレーの方が美味しいと感じた。
「嬉しい。沢山作ったから、おかわりもあるんだよ!」
「貰っていいなら有難いけど…浜野さん家のご飯だし……」
形だけでも遠慮してみるが、むしろ由美は食べてもらうことが嬉しいようなので、遠慮せずに食べて欲しい。と言うことくらい、真人にも分かっていた。由美が案の定勧めてくれたので、真人は一度だけカレーをおかわりする。
「無遠慮でごめんね」
「たくさん食べて貰えると、嬉しいから!」
「ありがとう」
2人でほのぼの話していると、晩酌中の銀次がふとこんな事を言った。
「まるで夫婦だなあ……」
その発言に驚いているうちに、またこんなことを言う。
「いつか嫁に言っちゃうのか……。寂しいなあ……」
「もう! お父さんったら、お客さんの前なのに酔っ払っちゃって!」
「北川くんももっと飲んでくれ。この酒は美味いんだぞ」
「あはは。ありがとうございます……」
上司の勧めを断れるはずもなく、康臣はちまちまと酒を口に含んだ。
「父さんも程々にしなよ? そんなにお酒に強くないだろ?」
「わ、わかってるさ」
とは言うが、頂いた酒が本当に美味しくて、もっと飲みたくなってしまう。
「北川くんのお父さんは怪我してるんでしょ? あんまり飲ませたらだめよ?」
と最後に注意して、由美は真人を見つめる。
「ごめんなさい……。うちのお父さん、いつもひとり酒だから楽しいみたい」
「ううん。気にしないで。怪我もかすり傷程度だったみたいだし。大掛かりな治療は何もしてないから、飲んでも平気だと思うよ。本当に弱いから程々にして欲しいけどね」
と、真人は苦笑しながらそう言った。酔っ払った父親の世話をするのは真人なのだ。
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