第28話 真人の父
ウーウーウーウー
由美と、真人…由美の手元を見ているだけだが、2人がキッチンでカレーを作っていると、近くでパトカーのサイレンの音が鳴る。
「サイレンだ」
「まだ捕まってないのかな……」
2人は外の様子が気になって、窓の傍へと近寄った。
「うわ。マンションの前だ」
「え? 嘘?」
真人の言葉に驚いて、由美も窓から下を見下ろす。確かにマンションの目の前に、パトカーが何台も止まっている。
「こ、このマンションにいたりするのかな?」
「可能性はあるね。一応、もう一度鍵しっかり閉まってるか確認してくるよ。窓も全部閉まってるよね?」
「普段から閉めてるから、多分……」
由美も窓を確認しに行きたいが、野菜を炒めているところなので、この場にいなければならない。おろおろと窓の外を眺めている。
「すぐ確認してくるから、戻ってきたら少しの間変わるよ。流石に鍋を見てるだけなら、俺にもできるし」
「う、うん。ありがとう……」
真人が玄関を確認すると、扉の上下に2つある鍵のうち、下の鍵がかかっていなかったので、念の為に閉めておく。入った時にチェーンロックはかけていたので、それが外れていないかも確認した。
「浜野さん。もう1個の鍵も閉めちゃったけど、良かった?」
「うん。ありがとう。鍋、少しの間お願い」
「任せて」
由美はササッと全部の部屋の窓を確認し、閉まっていることに安堵した。キッチンに戻って、真人に閉まっていたことを報告すると、真人も多少緊張が解けたのか、口端を軽く上げる。
「お父さん…大丈夫かな」
由美はボソリとそう呟いた。心配なのだ。警察官は体力も力もいるし、犯罪者と対峙することもある危険な仕事だ。大きな事件が起こる度、由美は不安で仕方がなくなってしまう。
「浜野さん……」
真人も、当然父親が心配である。特に真人の父は警部でもあるので、捜査の上で責任が重くのしかかるのだ。二重の意味で、真人は父が心配だった。
ガチャガチャ
「ひっ!?」
突然玄関の方で音が鳴った。由美が体を強ばらせ、硬直する。危うく火にかけたままの鍋をひっくり返してしまいそうになったので、真人が慌てて鍋を押えた。
「俺が見てくるよ。覗き穴もあるし」
「え? でも……」
玄関へ向かおうとした真人の制服を、由美がキュッと掴んだ。涙目で真人を心配そうに見上げている。彼女の手が震えている事には、意識せずともすぐに気がついた。
「私も、行く」
由美はそう言うと、一度真人の服から手を離し、火を止めた。
真人は、震える彼女を連れて行っていいものか少しの間悩んだが、由美は絶対に付いてくるつもりであるとも分かった。仕方が無いので、真人は由美の手を握り玄関へと歩く。
カチャカチャ…カチャン
今度は鍵の開く音がした。由美はそれに安堵して、玄関へと駆け出す。
「お父さん!?」
「あ…由美。すまない! 急いでるんだ。開けてくれないか」
「うん!」
由美が扉のチェーンロックを外すと、由美の父親が顔を出した。
「ちょうど良かった。真人くん」
「え? 俺…何か……?」
「北川くん、君の父親が少し怪我をしてしまって」
「け…が」
真人は思った以上に動揺してしまった。先程の由美よりも震えているように見える。
「大したことは無いんだが、念の為に病院に連れて行くから、家族の君もいた方がいいと思ってね。車で待っていて貰ってるから、真人くんも」
「あ、はい……。あ、ありがとうございます……」
真人がちらりと由美を見ると、由美は不安げな顔で真人を見ていた。
「浜野さん、一人で大丈夫……?」
「大丈夫だよ! 北川くんは早く行ってあげなきゃ」
本当は1人になるのが心細い。しかし、真人の父も、真人の事も心配だった。心細い気持ちを隠して、由美はグイグイと真人の背を押した。
「由美。ご飯は4人分頼んでいいか? 犯人は捕まったが、我々が戻るまで今のように鍵をかけておいてくれ」
「……うん! 待ってる」
由美は父の言葉に少し落ち着いて、手を振って2人を見送る。
「……早く帰ってきてね」
。。。
真人が銀次に誘導されて車に辿り着くと、思ったよりも、いや、物凄く元気そうな自分の父親の姿に呆気に取られる。
「署長……。本当に大した事はありませんし、送っていただくなんて申し訳ないです」
「いいから。真人くんは彼の隣に」
「ああ。運転なら私が……」
「怪我人に運転させる訳にはいかない。手元が狂ったらどうするんだ」
手元が狂うような怪我をしているようには見えない。真人はそう思いながら、後部座席の父の隣に乗り込んだ。
「今日の運転は私に任せなさい」
温厚そうなふわふわとした由美の父はそこにはいない。やはりこの人は立派な刑事なのだ。真人はドキリとしてそう思う。
「父さん、思ったより元気そう……」
「ああ。ほんのかすり傷だ。それより、真人。いつから浜野署長のお嬢様と仲良くなったんだ?」
「おや? 話していなかったのか?」
「ええ、まあ。少し言いにくくて……」
真人はそう言って頬をかく。遠慮気味に父、
「ごめん。黙ってて」
「思春期だし…なあ……」
向こうも向こうで遠慮をしているのか、歯切れが悪い。康臣も真人と同じく後部座席に座っているというのに、2人は気まずそうに間をあけて座っている。
「そういうものか」
「お嬢さんはどうですか?」
「うちはそんな事ないかなあ。真人くんが家にいた時は隠し事をされたかと驚いたが」
初対面の時、銀次には由美と付き合っているのではないかと誤解をされていた。
「その節はすみませんでした」
「いやいや。風邪は引かなかったかい?」
どんどん出てくる息子と上司のお嬢さんに関する知らない情報。康臣は当然驚いたし、緊張した。
「う、うちの息子が迷惑をおかけしたのでしょうか?」
「そんな事はない。むしろ娘からは、いい話ばかり聞くんだよ」
「それなら良かったですけど……」
話をしていると、あっという間に病院についた。真人は父親と共に病院に入っていき、治療の間は控え室で待つ。
「傷が浅くて安心した?」
銀次に声をかけられ、真人は小さく頷いた。
「ええ、まあ……」
「家族の前では天邪鬼なのかな?」
ふふっと笑った銀次の顔は、由美に似ていた。真人は既視感と、どこかほっとするその表情に、今度は深く頷く。
「父とは2人暮しなので、強がってしまう事が多いかもしれません」
「……そうか。奥さんは若い頃に亡くなってしまったんだったね」
「はい。……恥ずかしいからってのもありますけどね……。その点、由美さんは素直で凄いですよね」
「君も、たまには素直になってみてもいいんじゃないかな」
「き、気が向いたら……」
銀次が、まるで本当に父親のような雰囲気で話すから……。真人は暖かい気持ちになって気恥ずかしくなる。その空気感が心地よくもあったので、真人は父が出てくるのを、自分で想像していたよりもずっと、落ち着いたまま待っていられた。
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