第26話 久しぶりの河原

 テストが終わって数日が経った。今日は全てのテストの返却日である。由美は緊張した面持ちで担任の先生と向かい合っている。そして、全教科分の答案用紙が入った封筒を持っている先生を、ゆっくりと見上げた。


「どうぞ」

「ありがとうございます……」


 全ての答案が入っている封筒を受け取ると、重たい足取りで自分の席へ戻った。


「…………」


 由美はゆっくりと封筒から答案を取り出し、点数を確認する。そして、思わず声を出してしまいそうになって、慌てて口を押えた。幸い、周りには気が付かれなかった。


「浜野さん。テストどうだった?」


 隣の席の高峯たかみね明菜あきなにそう聞かれる。白組の中ではそこそこ話す間柄だ。お互い、別のクラスに仲のいい友達がいるので、今はまだクラス内でだけの仲である。いつか2人で出かけてみたいね。なんて話をしてはいるので、これからもっと仲良くなれたらいいな。と、由美は期待している。


「いつもより良かったの。高峯さんはどう?」

「私はいつも通り。良く悪くもって感じ」


 明菜も由美と同じ理由で特待生になった。専門分野を伸ばした結果、特待生として推薦されたのだ。彼女の成績は、五教科に関しては平均的だった。


「ふふ。美術があれば、高峯さんは満点なのにね」

「浜野さんこそ。家庭科はピカイチじゃない」


 明菜の専門は美術だった。幼少の頃から何度も賞を取っており、学内の廊下に豪華な額縁で飾られている絵も、明菜の物だ。プロの絵描きという訳では無いが、ネットを通して作品を売ったりしている。そのため、一定数のファンもついていると聞いた事がある。


「次の期末は2人とも好成績だといいね」

「その時は、お互いの得意分野を教え合わない?」

「いいよ。テスト嫌いだけど…次は楽しみになっちゃった!」


 2人はそう言って笑い合う。


。。。


 今日の由美はずっと上機嫌である。昼休みにご飯を食べる時も、「いつもより点数良かったの」と茉莉達に話した。


「私も、数学少し上がったよ」

「白鳥くんのおかげだね」

「由美も彼に教えてもらったんでしょ?」

「うん。 北川くんのおかげで地理、いい点数取れたんだよ」


 4人の中では、里美が一番成績がいい。そんな里美と地理の点数が1点差だったのだ。由美は早く学校が終わって、真人に報告に行きたい。そう思った。今日は水曜日である。


。。。


 一方、洋極学園も今日はテストの返却日で、真人達は4人で返ってきた答案を見せ合っているところだった。


「やっぱり1位は拓真か」

「危な。真人と3点差じゃん」


 拓真は学年内で成績トップ。その次が真人だった。茉莉達に全員は成績上位。と紹介した通り、一番点数の低かった幸雄でも、学年10位なのだ。


「1位だから姉貴にご飯奢ってもらえる!」


 拓真はいつもより数段テンションが高かった。ニコニコと上機嫌に笑っている。拓真の姉は資産家の娘であるだけでなく、そこそこ名の知れた探偵である。そのため、金回りが良い。褒美に少し高めのところに連れて行ってもらえる。と、拓真は嬉しそうだ。


「高級料理が食べたいなら実家に遊びに行けばいいのに」

「そういえば、拓真の家は資産家なんだっけ?」

「高井家程じゃないけど、そこそこ金はあると思うよ」


 拓真はそう言って、純也に視線を送った。


 高井家はいくつかの会社を持つ企業家だし、そうでなくても日本一のお金持ちである、本宮家の分家だ。今は独立してひとつの家門となっているが、他の家との結び付きも強い。純也は正真正銘、良家のご令息なのである。


 拓真の視線を受けた純也は、少しだけ困ったように笑った。

 

「あはは。俺ん家でも今日はいい所に連れて行ってくれないかなあ」


 純也の家の人は仕事が忙しいので、あんまり外食に連れて行っては貰えない。お金を貰って自分で食べに行くことはあるが、家族での食事の機会はあまり無いので、少し寂しかった。


「次の休みに俺らと食いに行こうぜ」

「わあ。嬉しい。拓真も行くでしょ?」

「そうだね。今は落ち着いてるし、いいよ」


 そう約束を取り付けて、真人達はテストの反省へと話題をシフトチェンジする。


。。。


 放課後。先週の水曜日はまだテスト期間で会えなかったので、今日はやっと由美と真人が気兼ねなく会える日だ。2人とも、学校では早々に帰り支度を終わらせて、素早く学校を出ていた。


 お互い、会うのは久しぶりに感じていた。


「北川くん!」


 真人を見つけた由美が、嬉しそうに笑う。


「こんにちは。浜野さん」

「こんにちは。あのね、北川くんに言いたいことがあって!」

「何?」


 由美は、まるで飼い主にしっぽを振る犬のように、キラキラとした瞳で真人を見つめている。そんな由美を見て、真人は思わずくすっと笑みを零した。


「今回、地理が78点だったの。いつもは50点くらいしか取れないんだけど……。北川くんのおかげで上がったよ!」

「そっか。それは良かった」

「ありがとう。北川くん! テストの前日にもチャットで教えて貰っちゃったし、お世話になりました」

「気にしないで。成績が上がったなら、俺も嬉しいよ」


 由美はテスト返却の時間からずっと、早く真人に直接会って報告をしたいと思っていた。やっとお礼を伝える事ができた由美は、とても嬉しそうだ。もうしっぽは振っていないが、可愛らしくはにかんでいる。


「北川くんは? 勉強得意だし、やっぱり点数良かったの?」

「そうだね。浜野さんに教えたおかげか、俺も良かったよ」

「何点だった?」


 2人は河川敷にいつものように座って、世間話を続ける。


「地理は95点」

「凄い……。私、一教科も勝ててないんじゃないかなあ」


 由美は、今度は少しだけ唇を尖らせて拗ねるようにそう言った。


「ふふ。一番良かったのは?」

「国語。ピッタリ90点だったんだ」


 由美は五教科の中でも、国語と英語は得意な方だ。その変わり、社会が本当に苦手で、理数もあまり得意では無いのだが……。

 

「凄いね。得意なんだ?」

「うん。北川くんが得意なのは?」

「得意なのは理科なんだけど、一番良かったのは数学だな。満点だったから」

「えっ! 凄い! 私、家庭科以外で満点なんて取ったことないよ」


 由美はやはり家庭科の授業が得意なようだ。家庭科ならば余裕で満点を取れる自信はあるが、他の教科はそうもいかない。由美は得意教科以外で満点を取る真人に驚いてしまった。


「ふふ。ありがとう」


 コロコロ変わる由美の表情を見て、真人はつい、小さく笑って和んでしまった。


「じゃあ、期末の時は俺も家庭科、教えてもらおうかなあ? なんて」

「任せて。家庭科は大得意だから!」

「楽しみにしてる」


 一通りテストの話で盛り上がった後は、話が変わって最近の天気や、学校での話になった。


「もうすぐ大会があるんだ」

「サッカーの大会? 私ももうちょっとしたら、柔道の大会があるよ」

「そういう時期だもんね」

「うん。応援するわ!」

「ありがとう。俺も応援してる」


 真人はそう言って、嬉しそうに微笑んだ。由美はそれを見届けた後、照れた表情で真人を見つめて、呟くように言う。


「観に行ったら、迷惑…かな?」

「え?」

「ま、茉莉と一緒に……!」


 聞き返されて、由美は途端に恥ずかしくなる。そして、誤魔化すように茉莉の名前を出してしまった。


「……うん。嬉しい。幸雄も喜ぶよ」

「あ、白鳥くんもサッカー部なんだ」

「そうだよ。知ってたんじゃないの?」


 茉莉の名前が出てきたから、幸雄がサッカー部だと知っていて、茉莉を連れてきてくれるのだと真人は思っていた。しかし、そうでは無いらしい。

 

「えっと……」


 茉莉の名前を出したのは口実のようなものだったので、由美はもじもじと照れくさそうに手をいじった。


「私が、北川くんの応援したいなぁって……」


 由美が恥じらいながら言うものだから、真人にまで照れが移る。恥ずかしそうに頬をかいて、真人は小さな声でお礼を言った。


「代わりに、俺も浜野さんの応援に行ってもいい? 柔道大会の」

「来てくれるの?」

「うん。だめかな?」

「ううん! 嬉しい!」


 由美はさっきまでの恥じらいを忘れ、無邪気に笑う。また真人はつられてしまい、いつもよりも砕けた笑顔になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る