第21話 犯人特定
由美はなかなか元通りという訳にもいかず、今もまだ落ち込んでいるように見える。しかし、真人が合流すると多少ほっとしたような姿を見せてくれた。
「幸雄にも協力してもらうべきだよ」
拓真がそう言うと、真人もこくんと頷いて、幸雄を見つめる。
「そうだな。幸雄に少し調べて欲しいことがあるんだけど」
「いいけど……。俺の情報が高いのは真人も知ってるよね?」
「……ああ。依頼として捉えてもらってもいいぞ」
真人が真剣な顔でそう言うと、幸雄は面白くなさそうに唇を尖らせた。
「嘘なのに……! 俺はそんなに友達から金取るような奴に見えるのか?」
「その気になってるんだから、貰っとけばいいのに」
真人も小さな声で、少しだけ不満げにそう呟いた。幸雄は軽くため息をつくと、真人にビシッと指を指す。
「次、ほしのねこに行った時は奢りね!」
「それでいいのか?」
「うん、いいよ。調べて欲しい事ってのも大体予想が着くし」
「わかった。頼むよ」
真人が頷くと、幸雄はすぐにスマホを操作し始めた。首を傾げる由美や茉莉達、藤波の生徒には、純也が説明をしてくれる。
「詳しい話を聞いても大丈夫?」
「……え? 私?」
幸雄が真人ではなく由美に向かって聞くので、由美は驚いた。隣にいた茉莉や里美も不安そうに由美と幸雄の2人を見比べている。
「被害が真人1人のものなら俺達に当たり散らして終わりだけど、こいつがこんなに怒ってるって事は、由美ちゃんに何かあったんでしょ? 由美ちゃん、さっきから元気ないしね」
幸雄の言葉に、由美はおろおろと視線をさ迷わせる。しかし、苦い顔をしている真人と目が合うと、由美はきゅっと拳を膝の上で握って、頷いた。
「うん。さっきの事、話すね」
さっきの出来事を全て話した後、由美はあらぬ誤解をされていないか。と、心配そうに真人とその周囲を見渡した。由美の心配に気づいたのか、純也は隣で調べ物をしている拓真の肩に優しく手を添えて、ニコッと笑った。
「一緒にいたのが拓真じゃなくて良かったね。真人なら不純なことは絶対にしないし」
「先生にも同じこと言われたけど、酷くない?」
「日頃の行いだろ」
真人の言葉に、純也も幸雄も同意する。誰も拓真の味方をする人はいなかった。
「俺だって、同意のない女の子には手ぇ出さないよ」
拓真はムッと眉を寄せてから、目の前でスマホをいじっている幸雄を見つめる。
「アカウント作れた?」
「ああ。洋極と藤波の生徒も、わかるアカウントは粗方フォローした」
幸雄はそう言うと、拓真を見つめ返して言う。
「準備万端」
「じゃあ…………」
結論から言うと、幸雄と拓真の企みが効果覿面で、犯人はすぐに見つかった。
SNSでこの体育祭での事を投稿している生徒は多かったのだ。そこにひとつ、簡単なリプライを送るだけで情報がどんどん集まってきた。
「これでしょ」
「リストの情報からも可能性は高いかなあ」
拓真は真人と関わりのあった生徒をリストアップしてアリバイ情報を集めていたので、幸雄が特定したSNSのアカウントと照らし合わせを開始する。
「流石だな……」
依頼をしたのは真人だが、流石の手腕に少々引き気味になっていた。慣れている真人がそうなのだから、初めて見る由美達藤波の生徒は呆気にとられてぽかんと口を開きっぱなしにして、間抜け面を晒している。
「
「えっ? う、ううん……。知らないわ」
由美は首を振ると、不安げに真人を見上げた。真人はそっと視線を地面に向けると、話し始める。
「中学の時、俺と同じクラスだった。俺達は中学からの持ち上がりだし、藤波の生徒にも知り合いは結構いるんだよね」
「そうだね。俺も覚えてるよ。宮川ちゃん、真人の事が大好きだったよねえ」
拓真はそう言うと、真人を煽るように見つめた。お前の行いのせいだ。と瞳が言っている。
「…………」
真人は顰め面で握りこぶしを固く閉じる。そして、悲しげな顔で由美を見つめた。
「ごめん。予想通りだけど、俺のせいだ」
真人がそう言って頭を下げると、由美は慌てて手を横に振る。
「謝らないでよ。北川くんも被害者だわ。悪いのはどう考えても宮川さんって子でしょ」
「……心当たりはあるんだ」
真人の言葉にドキリとする。由美は目を丸くして、固まってしまった。思い出すのは、朝のバスでの会話。
〈北川くんって由美には優しいけど、他の子にはそうでも無いのよ〉
〈告白したうちのクラスの子が、泣かされたって言ってたし〉
由美にとっては信じられない情報だった。しかし、真人を見ているとドクンと胸がざわついた。
「な、泣かせた…とか?」
由美がそう聞くと、真人はきょとんとした顔で真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「怒らせたけど、泣いたかどうかは知らない」
真人がそう言うと、その周囲で男子達3人がこそこそと話し始めた
「でも、あれは宮川が悪かったよなぁ……」
「ああ……。まあ、普段の真人の態度も相当だったけど、真人が苛つく気持ちはわかるし」
男子達の話している声は、真人の耳にも、由美達の耳にも入ってくる。
「宮川さんって黒組だよね。あんまり詳しくないけど、評判は良くないよ」
その会話に和実も入る。由美は噂話はあまり信じない方だ。自分の感じたものを大切にするし、見てもいない人のことをとやかく言うのは好まない。
由美がパッと顔を上げると、真人と目が合う。
「泣かせた子がいるのは事実なんだけどね。宮川は……」
真人は少しだけ言うか迷ったが、由美を巻き込んでしまった事もあり、中学時代に真人と宮川薫の間であったことは全部教えてくれた。
「まるでストーカーね」
茉莉がぼそっと呟いた。
男子4人から聞いた話によると、薫は真人が何度言っても付きまとい行為を止めなかったらしい。真人に近づく他の女子には牽制や、時には嫌がらせもしていたと言う。自分のせいで他人が被害を受けた。という事実を聞いた真人は、彼女を叱責したこともあるそうだ。しかし、その後も彼女の態度は変わらず、限界を迎えた真人は彼女に対してかなり冷たく接していた。その頃の真人は苛立っていて、男女問わずにあまり近づきたがらなかったそうだ。その後、真人は告白される直前に彼女を手酷くフり、こんなにも好きなのになんでわかってくれないのか。と逆ギレをされてしまったのだと言う。
「そんなの…やっぱり宮川さんが悪いと思うわ。北川くんのせいじゃない」
話を聞いていた由美が自分の事のように憤っているので、真人はまたきょとんと目を丸くした。そして、柔らかく笑顔を見せる。
「怒ってくれてありがと」
由美の眉は今もつり上がっている。ムスッと唇を噛んで、何かに耐えているようにも見える。嫌な目にあったのに。と真人は罪悪感を拭いきれないのだが、由美が人のために怒れる優しい人だと知って少しだけ、気持ちが緩んだ。嬉しいと思ったのだ。
「じゃあ、俺達は先生に報告に行きますか。幸雄も行こう」
「俺はいいよ。彼女の仕業だって証拠だけ拓真に送るから」
「いいの? 情報の特待生として箔が付くだろ?」
幸雄は情報の特待生だ。今回の幸雄の行動は、特待生としての活動として報告できるものだと、真人は言う。しかし、幸雄はふるふると首を横に振った。
「あんまり目立ちたくないからね。学校側に目をつけられたくないし……」
情報屋としての活動を学校側は知らない。情報関係に強い生徒。というのが、幸雄に対する学校側の認識だった。今までは学業や専門分野に関するニュースだったり新しい情報をまとめてデータ化することで学校側に活動を報告をしていたのだ。今回の事は目立ちすぎている。
それに、もしも情報を流して金を受け取っていると知られたらどうなるのかわからないと言う不安感もあるのだ。情報屋の仕事は、幸雄が安心して生活するためにしている事なので、制限をかけられたらたまったものではない。だからこそ、幸雄は学校では必要最低限の活動だけをして、あまり目立たないように行動している。
「わかった」
真人はこくりと頷いて、次に由美を見つめた。
「浜野さん」
「ん?」
「浜野にも謝らせたいし、一緒に来てくれる?」
「……うん。わかった」
最初は戸惑ったが、ケジメを付けることは大切だと思う。由美は重々しく頷いて、硬い表情で真人達について行った。
「気をつけてね」
「なんなら、由美からもガツンと言ってやんなよ!」
と、茉莉達に見送られながら、由美は少しだけ勇気を貰う。
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