第20話 協力要請
由美は、あれからずっと大人しかった。体は今もまだ震えているし、顔色も悪い。
真人は、ふらつく足どりで歩いている由美を一番そばで見守り、ゆっくりと救護室へと送った。
「失礼します」
「はい、こちらにどうぞ。怪我ですか?」
「俺は付き添いです。彼女の対応をお願いしたいんですけど」
真人が由美をちらりと見ると、養護教諭の先生も由美の顔色を伺って驚いた。
「まあ」
かなり青白い顔をしている由美は、やっぱり震えが止まらなくて、養護教諭は急いで由美を座らせてやる。
「何があったんですか?」
「……あの。私、怖…くて」
由美はゆっくりと、たどたどしく言葉を紡いでいく。先生も由美の言葉を待っていてくれたし、真人も自分が連れてきた以上、勝手にその場を離れることはしない。一歩離れた場所に立って、由美を見守っていた。
「倉庫で…暗くて……。明るい所に出たら、大分落ち着いて来ましたけど……」
今は養護教諭の目の前に座って脈を取ってもらっている。言葉にしていく度に、少しずつ由美の震えは落ち着いてきた。
「倉庫? 大掛かりな準備は洋極の子の仕事でしょう?」
体育祭は毎年、競技の設営や準備は洋極が、記録は藤波が担当している。適材適所といった振り分けだ。
養護教諭は由美から真人へと視線をずらし、視線だけで説明を求めた。
「彼女は、俺が忘れてしまった鍵を届けてくれたついでに、手伝う。と申し出てくれたんです。厚意に甘えて倉庫で手伝ってもらったんですけど、第三者によって閉じ込められてしまいました。それで、彼女は混乱してしまったのです」
真人がそう答えると、養護教諭は納得したのか、こくりと頷いて由美の肩に手を置いた。同情するような表情で、できるだけ優しく由美に声をかける。
「どうしましょう。辛かったら休んでいきますか?」
「えっと、そこまでではないです。さっきも、扉が開いた事にほっとしたら、気が抜けて。それで腰を抜かしちゃっただけで……」
「そう? 確かに、ここに来た時よりは顔色も戻ってきているみたいですね」
「はい……」
「じゃあ、一度戻ってみて、やっぱり無理そうだと思ったらまた来てください。それと、競技に出るのが厳しければ、この紙を担当の先生に渡して見学をするのがいいと思います」
養護教諭が見せた紙は、体育祭の見学許可証だった。由美はそれを受け取ると、お礼を言って立ち上がる。まだ少しふらついていたが、先程よりは断然、足取りもしっかりとしていた。
「上に戻るまでは一緒にいるね」
「ありがとう……」
真人は由美を茉莉達の元へ送り届けると、拓真だけを連れてまた施設の中に入っていってしまう。
「遅かったね」
「……何かあったんだね。大丈夫?」
「うん。大分良くなったから」
純也が親身になって心配してくれるので、由美は心配かけまいと笑顔を作った。
「何があったの?」
「えっと、色々あって……」
なんて説明をすればいいのか分からず、由美は言葉を濁す。さっきの洋極の先生のように、また真人が懐疑の目で見られるのは嫌だった。それに……。真人が「自分のせいだ」と言ったから、余計に正直に話す事が躊躇われたのだ。
「拓真を連れていったってことは、何となく何が起きたか予想が着くよ」
幸雄は小さな声でそう言った。
「そう言えば……。真人、相当怒ってたね」
「拓真に頼む。だなんて、普段なら絶対に言わない言葉だもんね」
幸雄と純也は由美を。また、真人を心配してそっと目を伏せた。
。。。
一方、下に戻った真人はさっきの出来事について、拓真に全てを話す。
「え? 由美ちゃんが!?」
「ああ。だから、俺がフッた藤波の女の中で、俺を恨んでる奴を探して欲しいんだ」
「その情報だけだと特定に時間がかかるよ。他に何か特徴的なものは無いの?」
真人は、一瞬考えるように軽く目を伏せてから、拓真に視線を戻す。
「髪が長かった。体育祭だからかもしれないけど、髪型はポニーテール。背丈は女子にしては大きめだったな。160後半だと思う」
「わかった」
真人は拓真も連れて、先生に指定された管理室の前に行く。既に午後の競技は始まっているので、先生はそこで待っていてくれていた。
「
「ああ。久谷も一緒か」
「はい……。今回のことで少し、協力してもらおうと思って」
真人がちらりと拓真を見ると、伊藤先生は深々と頷く。
「久谷は頭がキレるからな。それで、北川。鍵なんだが、管理人に報告をしたところ、落ちていたものを小柄な生徒が届けてくれた。と言っていた」
「そうでしたか。すみません、俺の管理不足で……」
「そうだな。差しっぱなしは良くなかったかもしれないな」
真人はもう一度丁寧に謝って、先生にも先程の出来事を詳しく話した。
「女子生徒か……。それなら、鍵を届けてくれた生徒は違うな。小柄な男子生徒だったそうだから。きっと、その女子がその辺に捨てたんだろう」
伊藤先生の言葉に、真人も拓真も同意して頷いた。
「そう言えば、北川の彼女は大丈夫なのか?」
「……今のところは。大分落ち着いたみたいです」
そう言ってから、最後に彼女という部分を否定した。話の流れには関係ないが、誤解されたままなのも由美に悪いと思ったからだ。
「そうだったか。なんにせよ、落ち着いたなら良かった。が、疑っている訳では無いのだが、不埒な真似は本当にしていないだろうな?」
「当たり前です。彼女の髪や服が乱れているように見えましたか?」
真人の方は思い切り服を掴まれていたので、多少服が乱れた。しかし、由美の方は目を少し腫らしたくらいで、着ている服や髪に一切の乱れは無かったはずだ。
「そうだな。北川に限ってそれは無いよな」
真人は教師陣にかなり信頼されている。その信頼は伊藤先生も例外ではないようで、彼は何度も頷きながら納得している。
そして、拓真を横目に呆れた顔をした。
「久谷じゃあるまいしな」
「ちょっと」
「そうですよ」
と真人も同意すれば、拓真の表情がムッと不機嫌になる。
「友達なら否定してよ」
拓真はムッとしたままの顔で文句を言うが、普段の行いのせいなので、2人とも知らん顔をした。
「その女子の特定だが、久谷。今日中に出来るものなのか?」
「声は聞いてないんだっけ?」
「ああ。全く」
「今日は体育祭だし、髪をポニーテールに縛っている女子は多いんだよなあ……」
拓真はうーんと唸って、悩む。
「正直薄暗かったし、顔は見えなかった」
「わかった。何とかやって見るよ……。先生。その、生徒が見つかったら、どうするんですか?」
「当然、藤波の方に報告を入れて何らかの罰を与えてもらう。これはおふざけの域を超えた悪質な行為だ。6月のじめじめとした暑さの中密室に閉じこめるなど、下手をすれば命に関わっていたかもしれない。その上、ここは学校ではない。借りた体育館の備品を危うく紛失するところだったんだ。恐らく厳しめの処分が下るだろうな」
下手をすれば来年の行事にも悪影響を及ぼしていたかもしれない。学内だけでの問題なら、まだ厳重注意やお互いの話し合いで済んだのかもしれないが、今回はそう言う訳にはいかないのだそう。
「話も聞いたし、もう行っていいぞ。こちらでも犯人探しをしておく。久谷は協力よろしくな」
「はい」
拓真が返事をして、2人で皆の元へと合流する。
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