第19話 もう何も聞きたくない
由美が鍵を持って体育倉庫に向かうその途中で、引き返してきた真人と鉢合わせになる。
「浜野さん……」
「北川くん。会えて良かった。鍵を忘れたから届けに来たの」
由美はそう言うと、体育倉庫の鍵を差し出した。
「え!? ありがとう。丁度取りに戻るところだったんだ。わざわざごめんね」
「ううん。折角だから、私も準備手伝うわ」
「え? いいの……?」
「うん」
由美は真人について行き、体育倉庫に辿り着く。この付近は人気が少ない。たまに教員や体育館の管理スタッフが行き来しているそうだが、今は誰もいなかった。
ガチャ
鍵を開けて大きな扉を開く。まさに体育倉庫と言った感じの道具が沢山置いてあった。入口付近に置いてある石灰のせいで少し煙たい。
「何を持っていくの?」
真人のすぐ後ろで待機している由美に、真人が持っていく物を見せようと振り返る。その直後だった。
「おい!? 何やってんだ!?」
「ひっ!」
真人が突然叫ぶので、由美は驚いて耳を塞ぐ。
バタンっ……ガチャ
由美をすり抜けた真人が扉に近づくが一歩遅く、扉は閉められ、しかも鍵までかけられてしまう。真人は扉を叩きながら、外にいる閉じ込めたであろう犯人に向かって大声で訴えていた。
「おい! どういうつもりだよ、開けろ!!」
しかし、相手からの返事は無い。既に遠くへ逃げてしまったのだろう。真人は大きな舌打ちを最後に、叫ぶのを止める。そして、やっと気がついた。放置してしまった由美の存在に。
「浜野さん?」
「……ぁ」
由美からの返事は小さすぎて、何も聞こえない。閉じられた倉庫は真っ暗なので、由美の居場所も把握しきれていなかった。
真人は少し不思議に思い、少し大きめに名前を呼んでみる。すると……。
「もうやめてっ!」
由美が突然そう叫ぶ。そして、柔らかいものが真人に突撃してきた。急に与えられた衝撃に驚いて、真人はそのまま扉に体をぶつける。
「いっ…!? たぁ……。浜野さん?」
「嫌なの。もう嫌。…もう何も聞きたくない!!」
その声を聞いてやっと気がついた。由美はかなり混乱してしまっているようだ。真人に抱きついたまま、ぶるぶると体を震わせている。
「嫌…嫌だぁ……。怖いよぉ…………」
か細い声が真人の体を貫通する。真人はどうすればいいのか、震える由美の背を撫でながら考えた。
(暗いところが苦手? いや、何も聞きたくないと言った。俺が大声を出したのが怖かったのか……)
真人の目が段々慣れてきた。だから、由美の表情にも当然気がつく。
(泣かせちゃったな……)
暗闇の中でも、「嫌だ」と呟きながら、段々呼吸が荒くなるのと、鼻をすする音も聞こえてきていた。目に見えなくても予想は着いていたが、実際に見てしまうと心が痛む。
「ごめん。浜野さん……」
「……っ」
「もう大きい声、出さないから。大丈夫だよ」
そう言ってゆっくり落ち着かせていくしかない。悪いと思いつつ、由美が安心出来るように優しく抱きしめた。
「大丈夫だから」
「っすん…北川くん……」
「うん」
由美はよっぽど怖いのか、ぎゅうっと強く抱きしめてくる。それに応えるように、真人もゆっくりと由美の背中を撫で続けてやった。
「…私、暗いところが怖いの」
「そっか。準備が進んでないから、きっとすぐに気づいて外の光を届けてくれるよ」
電気のスイッチは外付けなので、ここにはない。ちなみに、この倉庫は内からも、鍵が無ければ開けられない仕様になっている。鍵は外に差しっぱなしにしていて、その鍵も抜いて持っていかれたらしいので、ここに来てくれる誰かを待つしかない。
「大きな声もあまり得意では無いわ」
「うん。ごめんね。怖がらせて」
「1人だったらもっと怖かった……。北川くんがいてくれて良かったわ」
「それは良かった……」
由美が冷静さを取り戻すと、真人はそっと距離を置こうとする。しかし、由美がそれを許してくれなかった。
「待って。は、離れたら嫌。1人は怖いの」
「あ…ああ。わかった」
真人は密かに暗くて良かったと思う。体が、顔が少し熱かった。表情を見られなくて良かった。と、そう思った。
「取り乱してごめんなさい」
「…いいよ。元はと言えば、俺のせいだ」
今思い返してみると、最初に大きな声を出した時も由美は怯えていた。耳を塞いで、その場に蹲っていたでは無いか。その時は冷静ではなく、扉を閉じた犯人に対して憤っていた。とはいえ、怖がる女性を放置してしまった罪悪感も強く感じている。
「扉を閉じたのは女子だった」
心当たりがあるかないかで言えば、多分「ある」と答えるのが正解だろう。真人は藤波学園の女子生徒を何人もフッてきた。しかも、冷たい言動で、だ。そのうちの誰かだった可能性は高い。
「ごめんな……」
真人の悔しそうな声が聞こえる。由美はそっと顔を上げた。暗くてよく見えないが、この近さなら表情くらいは分かる。
真人の眉は下がっている。唇を噛んでいる。
「北川くんが悪いわけじゃないんでしょ?」
「俺が……。多分、俺が告白を断ったから」
「でも、北川くんはその子を好きなわけじゃなかったんだもの。それでこんなことするなんて、逆恨みじゃない」
由美は震える手をそっと真人に伸ばす。由美は怖いながらも、真人の顔を良く見つめた。悔しそうにしている真人の顔を見て、きゅっと胸を痛める。
「…俺は」
ガチャガチャ
扉が開けられようとしている音が背後に聞こえる。真人は一旦扉から離れ、由美はそんな真人の後ろに怯えるように隠れている。
「北川。いるか?」
「準備担当の先生だ」
由美に小声でそう伝えてから、開かれた扉の方に進みでる。
「いるじゃないか。急いで準備しないと間に合わないぞ」
「先生。すみません……。鍵を盗まれました」
真人はそう言って頭を下げる。後ろにいた由美は、やっと明るくなった視界にほっとしたのか、気が緩んだのか、歩くことが出来ずにその場でしゃがみこんでしまう。
「藤波の生徒……? 北川。二人で何をしてたんだ?」
訝し気に見つめてくる先生に、真人はやはり。と思った。疑われることは分かっていた。
「手伝おうとしてくれた生徒です。二人で倉庫に入ったところ、差しっぱなしにしていた鍵で倉庫に閉じ込められました」
「ふむ……。君、立てるか?」
「えっと…………」
腰が完全に抜けている。困ったような顔で真人を見つめ、真人はそれに応える。真人の差し出した手をしっかりと握り、由美はやっと立ち上がる事ができた。
「すみません……」
「…彼女は暗いところが苦手だったようです。ずっと取り乱していましたし、藤波の養護教諭の先生に対応をお願いしたいんですけど……」
「そうだな。準備は俺がやっておいてやる。北川。鍵の件もあるから、終わったらすぐに管理室に来てくれ」
「はい。本当にすみません」
真人はそう言うと、由美を連れて救護室として借りている部屋まで由美を連れて行った。
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